第12節 涙と焦り

「僕のことはもういいでしょう。終わりです終わり!」


 グラフォスがそう言い切ると、自然と二人の視線は少女に集まる。


「私は……鈴木緋音といいます」

「スズキ……」

「アカネ……?」


 あまり聞き覚えのない名前にミンネは眉を寄せながら、グラフォスは首をかしげながら彼女の名前を繰り返していた。


「もともと==の==というところで授業を受けていたんですけど、気づいたら大きなお城の中にいて……」

「ああちょっと待った。もともとどこにいたのかが聞き取れなかった。もう一回いいかい?」


 ミンネがアカネの話を中断して尋ねる。聞こえなかったのはグラフォスも同じだったため、よく聞こうと耳を傾ける。


「え、はい。私==の==というところに……伝わってます?」


 二人揃って頭にはてなを浮かべたような顔をしているため、アカネは話をやめて二人の反応をうかがう。


「いや、それが聞こえないんだよねえ」

「そうですね。ノイズが走ったような、いや言葉を発している限りそんな音が聞こえてくるのはありえないと思うんですが、何か魔法の効果に遮られている……とか?」

「そんな魔法聞いたことないけどね」


 二人は戸惑う中、その後何回かアカネに同じ話をしてもらったが、結果はすべて一緒で確かにアカネの口は動いているのだが、特定の部分でノイズが混じったような音になってしまい、何を言っているのか聞き取ることができなかった。


「このままじゃらちが明かないね。まあこの問題は後にしようか。実害があるわけじゃなさそうだしね」


 ミンネはあきらめたように前のめりになっていた身を後退させ、背もたれに深く埋もれた。


 聞き取れない言葉、場所? 言語? どうしても気になったグラフォスは隣のミンネの目を盗み、今の一連の流れを本に書き込んだ。

 少女はそんなグラフォスの様子に気づいていたが、特に突っ込むこともなく話を続ける。


「不思議ですね……。===だからかな」

「また聞こえなくなりましたね。やっぱり何かの条件で引っかかっているんでしょうね。その何かがなんなのかはわかりませんが」

「フォス。答えが出ないものにいつまでも悩むのは愚行だよ。答えがわかるヒントが出るまでは保留にしときな。その方がいい時もある」

「……はあい」


 グラフォスが彼女そっちのけで深い思考にはまりそうになっていたところを、ミンネの一言で現実に引き戻されて、意識を再びアカネのほうに向けた。


「えっと、それで……見たことないお城の中に同級生とかといっしょにいたんです。それで……いろいろとあって……逃げようと思って……気づいたら森の中にいたんです」


 きっと彼女は重要な部分をいくつも省いているのだろう。でもそれを特に問い詰めるようなことをしようとは思わなかった。話を続けるうちにアカネの体は震え始めて、顔がどんどんと強張っていった。


「それで……もうだめだと思ったんです。本当にもう死んじゃうんだと……そう思って」


 何とか話を続けようとしていたアカネの言葉は突然遮られる。彼女の体をミンネが優しく抱いたのだ。

 ミンネは優しくアカネの体をその細身な体で包み込むと、優しく頭をなでる。


「悪かったね、つらいことを聞いちまって。別に怖かったら話さなくてもいいんだよ」

「うう……ううう……」


 アカネは体を震わせながら嗚咽をこぼす。

 確かに精神の安定はミンネの魔法によって行われたため、アカネの精神状態は正常にまで回復した。しかしそれはあくまでも精神上の話だ。


 ミンネの魔法で彼女が歩んできた記憶が消えるわけではない。ストレスで髪の色素が抜けてしまうほどの経験を彼女はまだ記憶としてしっかりと覚えているのだ。


「頑張ったんだね」


 ミンネはそんな彼女にゆっくりと声をかけながら頭をなで続ける。彼女の涙は止まることなくむしろ勢いを増して、泣き声もどんどんおおきくなっていた。


 グラフォスはそんな二人の様子を見ながら少し居心地が悪そうに前髪をいじっていた。



 時間にすれば数分だろうか。目を真っ赤に泣きはらしたアカネはゆっくりとミンネの胸から顔を離し、自分の涙やら鼻水やらでぐしゃぐしゃになっているミンネの服をみてひたすらしきりに謝っているのが今の現状だ。


 そんな光景をグラフォスはどこか冷めた視線で見つめていた。

 もちろん彼女の心境は自分が察せられるレベルの体験をしてきたのだろうし、そこは本当にかわいそうだなと思う。


 しかしグラフォスは実際にそれを見たわけではない。この目で確認したわけではないのだ。基本的に自分の目で見た物しか信じない。


 そして彼女はグラフォスたちに何かを話したわけではない。彼の知識欲は満たせていないままだ。

 グラフォスはアカネがどこから来たのか、どういうことがあったのかそれに興味がある。


 よく言えば彼女のことをもっとよく知りたいのだ。まあグラフォスにとってはただの知識欲からくる興味ではあるのだが。


「それで、どうしてこの子に拾われたんだい? しかも森の中でさまよっていたってのに無傷だっていうじゃないか」


 え、ちょっと待ってほしい。

 その話題に突っ込むつもり?

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