第11節 ミンネと居候

「……助けてくれてありがとうございました」


 テーブルの上に置かれていた大量の料理が空っぽになりミンネとグラフォスが食後の余韻に浸っていた時、突如少女は口を開き深々と頭を下げた。


「それと逃げてしまってごめんなさい」


 少女は頭を下げてうつむいたまま謝罪をする。


「まあ逃げちゃったもんは仕方ないからね」

「目が覚めてミン姉が近くにいたら逃げたくなる気持ちもわかりますよ」

「フォス? 私はそんなに怖いかい?」

「いいえとんでもないです」


 ミンネは最初困ったように苦笑いを浮かべながら頭をかいていたが、グラフォスの言葉を聞いて鬼の形相でグラフォスをにらみつける。


「まあばかなフォスはおいといて、逃げても今は無事にここにいるんだ。特にとやかく言うつもりはないよ。逃げた理由も聞かないつもりだ」

「え、聞かないんですか?」


 グラフォスは少し驚いた様子でミンネを見るが、無言の殴りによりそれ以上言葉を重ねることはなかった。


「それでもあんたのことがどういう人となりをしているのかは知っとかないとね。犯罪者ならすぐにでも出て行ってもらわないといけない」

「はい……」

「ま、ゆっくりでいいからあんたのことを教えておくれよ。その前に私たちのことを話した方がいいか。私はミンネ。何の変哲もない書店の店主さ」


「何の変哲もない? ミン姉嘘はつかない方がいいですよ。いくつもの高等魔法を平然と使えるくせに、こんなところで平々凡々と暮らしているエルフを普通だとは言いません」

「魔法が使えるなんて当たり前なんだから見せびらかしたって仕方ないだろう」

「使える魔法のレベルが異常なんですよ」

「……ミンネさんは人じゃないんですか?」


 グラフォスとミンネの軽口のやり取りの間に少女が恐る恐る尋ねる。

 ミンネは少女の問いに苦笑いを浮かべるとその長い金髪をかき分けて耳を出す。その耳は人の耳としては異様に長く、そして先が鋭利にとがっていた。


「まあ人かと聞かれれば人じゃないだろうし、獣族かと言われればそんな特徴的な見た目もあるわけじゃない。エルフはまあなんというか、半端ものさ」

「人であろうが、獣族であろうがなんであろうがミン姉はミン姉ですけどね」


 グラフォスはミンネの説明が納得いかなかったのか、少し不機嫌そうに口を開く。

 そんなグラフォスの頭をミンネは少し照れくさそうに笑いながらがしがしとなでる。


「そのエルフって何か問題があるんでしょうか?」


「ん? ああ、エルフは昔から半端者として忌み嫌われることが多いのさ。魔法能力はなまじ高いものが多いから厄介者として扱われることも多い。まあ私は例外で魔力も少ないし、魔法もそんなに多種多様のものが使えるわけじゃないんだけど……。まあだからエルフということを隠して、人族として生きている者が多いのさ。この子みたいに気にしない人もいるけど、エルフは避けるかさげすむ人がほとんどさ」


「そうだったんですか。すいません、無神経に訪ねてしまって」

「気にしなくていいよ。この耳を見ても驚かれなかったのは久しぶりだったしね」


 ミンネはかき分けた髪を下ろして再び長い耳を器用に隠しながら笑う。


「ま、私に関してはこのくらいでいいだろう。で、この子が」

「グラフォス。ただのグラフォスです。家名とかは特にありません。このミン姉さんに拾われて居候しています。居候仲間としてよろしく」


 グラフォスはミンネの続く言葉を遮るように口を開いた。そして最後まで一息で言い切ると、軽く頭を下げる。


「居候? お二人は姉弟ではないんですか?」

「僕がミン姉と姉弟!? それはないですよ! 僕はこんなに暴力的じゃ」


 グラフォスが最後まで言い切ることなくその脳天に問答無用の鉄槌が下される。


「いっつー……。僕何も間違ったこと言ってませんよね?」

「まあこの子もこんなバカだけどいろいろあるのさ。聞けるタイミングがあったら聞いてみな。ほらいつまでもうずくまってないでしゃんとしな!」

「誰のせいで……引っ張らないでください、痛い痛い痛い!」


 グラフォスは頭を抱えてぶつぶつと恨み言を言っていたが、ミンネに首根っこをつかまれて無理やり立たされる。


「二人とも仲がいいですよね」


 少女は少し口角をあげながら二人の様子を眺めていた。


「まあ長い付き合いだからね」

「そういえばそうですね。あ、ちなみに僕の出身とかはわかりません。気づいたときにはこの街にいてこのヴィブラリーにいたので。選定職業は『書き師』です」


 グラフォスはミンネの手を払いのけながら椅子に座りなおす。

 少女は気になることがいくつかあるのか視線をうろうろとさせていたが、結局口を開くことはなかった。


「まあこの子は不器用だからね。まあ話しかけてやっていろいろと聞いてあげな」

「……わかりました」

「そこ納得しちゃうんだ……」


 グラフォスは腑に落ちず小さくつぶやくと、二人は思わずそんな不貞腐れた様子の彼を見て笑っていた。

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