都市亜伝説
戯言遣いの偽物
『ぬいぐるみの猿夢』
これは夢だ。
私はわかっている。現実にこんなファンシーな列車はない。
私は周りを見渡す。内装が全てけばけばしい真っピンクだった。手すりもつり革も座椅子もピンクだ。座椅子には猫や熊などの可愛らしいぬいぐるみが座っていた。ただのぬいぐるみではない。動いている。隣のぬいぐるみと話すようなそぶりをしたり、本を読んでいたりしている。私は可愛いものがそれほど好きではないので抱きついたりしないが。
隣に座っていたウサギのぬいぐるみが肩を突いてきた。
「・・・なんだ。」
「・・・」
ウサギはしゃべらない。私もこれではどうしようもない。
『次はぁ・・・熊ぁ・・・引き裂きぃ・・・』
突然そんなアナウンスが流れた。声は某体重リンゴ3個分の猫だった。
「引き裂き・・・?なんのことだ?」
私がアナウンスの意味がわからず首を傾げていると、私の斜め前の熊がブルブル震えだし、やがて椅子から飛び降り、逃げ出した。
その時、列車の貫通扉がバンッと乱暴に開かれ、サルが現れた。いや、サルというよりチンパンジーか。周りのぬいぐるみとは違い、チンパンジーは目がギョロリと飛び出し、歯をむき出しにしたままという恐ろしい見た目だった。シンバルをパンパン鳴らすチンパンジーのおもちゃに似ていた。ただ、持っているのはシンバルではなく包丁だが。
チンパンジーは逃げ惑う熊を押さえつけると手に持った包丁で熊の背中を引き裂いた。熊は助けを求めているかのように手を伸ばすが、チンパンジーは止まらない。チンパンジーが裂け目に手を突っ込み、綿を掴んで引き千切った。そこで熊の動きは止まった。チンパンジーはギャアギャア叫びながら帰っていった。
「・・・」
私は声も出なかった。そして思い出した。似たような話を。
猿夢。
夢の中の電車内で人がどんどん殺されていく話だったはずだ。
しかし私は同時に疑問も湧いてくる。
なぜ周りがぬいぐるみなのだ?本来の猿夢なら人が無惨に殺され、恐怖を感じるのだが、これではほとんど怖くないではないか。
「いやいや、そんなことはどうでもいい。」
私はそう呟いた。
そう。そんなことはどうでもいいのである。重要なのは、これが猿夢、又はその類似とした場合、私も熊と同じ目に遭うのだ。それはまずい。
『次はぁ・・・亀ぇ・・・燃やし尽くしぃ・・・』
某リボンを耳につけた猫声のアナウンスがまた響いた。
今度は向こうでチンパンジーが現れ、亀のぬいぐるみを通路に引きずり出す。手にはバーナーを持っている。容赦なく亀の甲羅に着火した。亀は丸焼きになってジタバタしていたがやがて炭となって動かなくなった。またチンパンジーがギャアギャア笑いながらドアの向こうは言ってしまった。
「・・・まずいな・・・」
私は焦る。猿夢なら3回目に主人公に危害が加えられそうになって目覚めるのだ。
『・・・次はぁ・・・』
覚悟を決める間も無く某仕事を選ばず働きまくる猫の声がする。
「・・・ひっ!!」
『・・・兎ぃ・・・引き千切りぃ・・・』
「・・・へ?」
違った。なぜだ?そこも亜種故にか?
そんな思考している私をよそに、私を突いてきたウサギが文字通り脱兎の如く逃げ出していた。それも虚しく2匹のチンパンジーに捕まり、手足を掴まれる。
ギリギリと手足が引っ張られ、千切れそうになりながらもウサギは私をみた。
そしてこう言った。
「お前が殺したんだ!!地獄へ落ちろ!」
私が呆然としている前でウサギがついに引き裂かれた。しかし千切れた四肢の面からは綿ではなく赤黒い液体が漏れ出てきた。鉄臭い匂いがする。
「どういうことだ・・・?私は・・・」
喋らないはずのぬいぐるみが喋って、私を罵倒した・・・。そして千切れたぬいぐるみから血液が溢れている。
混乱する私の頭が掴まれた。強引に引き上げられた私が見たのはドアップのチンパンジーの顔だった。
気がつくと周りのぬいぐるみがチンパンジーに変わっていて、うるさいほどにギャアギャア叫び合っていた。そんな中私の頭を掴んでいるチンパンジーが私の声で言った。
「罪を思い出せ罪を思い出せ罪を思い出せ罪を思い出せ罪を思い出せ罪を思い出せ罪を思い出せ罪を思い出せ罪を思い出せ罪を思い出せ罪を思い出せ罪を思い出せ罪を思い出せ罪を思い出せ罪を思い出せ罪を思い出せ罪を思い出せ罪を思い出せ罪を思い出せ罪を思い出せ罪を思い出せ罪を思い出せ罪を思い出せ罪を思い出せ罪を思い出せ罪を思い出せ罪を思い出せ罪を思い出せ罪を思い出せ罪を思い出せ罪を思い出せ罪を思い出せ罪を思い出せ罪を思い出せ罪を思い出せ罪を思い出せ罪を思い出せ罪を思い出せ罪を思い出せ・・・」
*
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁ?」
悪夢から覚めた。しかし今いる場所は私がいつも寝る自室ではない。言うなれば病室のような部屋だった。
「・・・どこだ?ここ・・・」
やはり見覚えがない。私が少し考えていると私から見て左側にあったドアが開いた。白衣を着て黒眼鏡をかけた痩せた男だった。彼曰く医者らしい。
「
猿山。そうだ、私は猿山という名前だった。
「あの・・・先生。私は・・・」
「混乱されているのもわかります。あなたは事件に巻き込まれたのです。よければ話しますが・・・」
覚えていない。その事件を知ることは怖かった。何かが壊れてしまいそうで。でも、
「・・・お願いします。」
私は知ることを望んだ。
「そうですか・・・わかりました。」
医者はその事件の概要を話し始めた。×月×日、某所で3人の死体と1人の重体者が発見された。死体は
、
「・・・不思議な話ですね・・・」
「そうですね・・・。事件のことで何か思い出したら言ってくださいね。」
医者はそう言って出ていった。私は1人にしては広い病室に取り残された。
ふと傍のテーブルを見ると誰かが置いたかぬいぐるみが一つあった。灰色の兎だった。
「誰が置いたんだよ・・・」
私がそれに触ろうとしたその時、ぬいぐるみの目元が赤く染まった。正確には目であるボタンの下からダラダラと赤い液体が流れ出していた。
「ひぃ!!!」
思わず手を引っ込めた。その間にも赤い液体は流れ続け、灰色の体を赤に染めた。
「・・・」
私はそこでやっと思い出した。あのチンパンジーの言葉の意味もわかった。
今あの医者を呼んだ。私は彼が来たら思い出したことを全て話そうと思う。
頭の中であのギャアギャアというチンパンジーの笑い声が響いている気がした。
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