第19話 2組のカップル 後編

東神奈川駅の改札の先で、コンビニで買った軽食をつまみながら、俺とヒカリは待っていた。理愛華の方もついて来てくれるという事で、ここで待ち合わせている。

因みに今日は自転車で来てはいない。合流する事を考慮して、公共交通機関を利用して学校へ向かった。

今、改札の先にいるのも、大学から横浜駅まで行って、そこから電車でここまで来たからだ。


勝幸「理愛華の方はもうすぐで着くみたい」

ヒカリ「お〜、案外早いね」


理愛華達が乗っている電車が、もうすぐ着く。タイミングの良い事に、風葉の方も後10分程度で到着する予定だ。

俺とヒカリは、エスカレーターでホームまで上がって待つ事にした。


ヒカリ「ね〜、そう言えばさ」


ふと、ヒカリが問い掛けて来た。


ヒカリ「何でヒカ達に会って欲しいの?」


ヒカリは表情を一切変えずに、こちらを向いて聞く。

彼女は結構不思議な面があると言った。しかし、それは性格のみではない。

この、真の意図を読み取れない表情もそうだ。表情を変えないまま、彼女は様々な事を話す。

深い意味や目的はあるのか。何となく話しているのか。それが中々分からない。彼女が装着しているパープルのカラコンが瞳の裏をぼやかしているようだ。

だが、それを読み取れなかった故に俺が損した、という例はパッと考えた所ではそこまで思い浮かばないし、俺は今回も何となく思った事を答える。


勝幸「そうだな……お前らは信用しているし、これからも深い付き合いになるだろうし、ってとこかな…………」

ヒカリ「ふ〜ん、そっかあ……ふふ……」

勝幸「な、何だよ」

ヒカリ「ふふっ、何でも〜?」

勝幸「クソッ……気になる…………‼︎」


本当に、ヒカリは考えている事が分からない。何で笑ったのか、理由なんてないんじゃないかという程に分からない。

彼女の感情は声のトーンで判断しているが、それでもしっかりとは予測がつかない。


勝幸(ま、嬉しそうな感じだけど……)


俺は小さく溜息を吐き出して、少しばかりの笑みを浮かべた。



各停の電車が止まって、ホームとの間で人が出入りする。俺とヒカリは、その中から見慣れた2つの人影を見つけた。


勝幸「理愛華、利根ちゃん‼︎」

理愛華「あら、2人共」

ヒカリ「ヘ〜イ、淳ちー、理愛ぴん」

淳一「うぃっす」


久しぶりに4人全員が一堂に会した。最後に集まったのは風葉と出会う前だろう。


淳一「ヒカ、聞いてよ〜‼︎コイツ昨日さ、やっとバイト来たんだよ‼︎」

勝幸「そういや、9日ぶりって言われたな」

淳一「サボり過ぎだお前。畜生すぐる」

勝幸「いやぁ悪かったって。理由はもうそろ説明する」


実は、俺と利根ちゃん───利根淳一────はバイトの同僚同士で、俺達は同じような時間帯にとある喫茶店で共に働いている。なので週に何度か会うため、久しぶりとは言ったが、個人同士で考えると3人には日常的に会っている。

利根ちゃんは昨日会った時に、俺がバイトを休み続けた事に少しばかり怒ってた。休んでいた理由は勿論、風葉の件でバイトなどする余裕がなかったからだ。風葉がいなかった月曜は行けたのに、店が臨時で休みだったからなぁ……


さて、そろそろその理由となった少女が来る筈だ。駅に着いたら連絡するように言っておいたので、もうそろそろ携帯が震えるだろう。


淳一「ヒカ、それ一口食わせてクレメンス」

ヒカリ「え〜、やだ」

淳一「酷いンゴ……」

勝幸「しゃーないから俺がやるよ」

淳一「マジか‼︎あ、ありがてぇ……‼︎」


俺はパンを渡すと、利根ちゃんは嬉しそうに一口かぶりついた。

こういうのを見てると、正直だし面白いし、利根ちゃんは一緒にいて飽きない人間だ。それでいて、いざという時には頼れる奴なので、俺も大きな信用を置いている。だから、こいつに風葉の事を話しても、しっかりと理解を示してくれると思う。

と、その時、携帯に通知が来た。


勝幸「来たってよ」

理愛華「風葉着いた?」

勝幸「3番ホームだとよ。行くか」


俺達は階段を登って、電車から降りて来た人の中から風葉の姿を探す。

歩いていると、ふと、『そば うどん』と書かれた看板のそばに、ちょこんとたたずんでいる少女を見つけた。お洒落な薄手のコートを羽織り、中にはアイボリーのセーター、下にタイトスカートを身にまとっている。初めて会った時のイメージとは違い、服装からは子供らしさを全然感じさせなかった。


勝幸「…………風葉‼︎」

風葉「あ……勝兄‼︎」


俺は、その少女の方へ歩み寄った。



≪≫


淳一「ロリコン……」

ヒカリ「ペドフィリア……」

勝幸「うーんヒカリの言葉が痛い‼︎」


皆で電車に乗り、俺は風葉の事を2人に説明した。その感想がこのザマだ。

ひとまずは俺の家に向かって、もっと詳しい話をする事にしたので、現在電車を降りて家に向かっている。


ヒカリ「へ〜、山梨かぁ。なんか観光に向いてる場所ってある?」

風葉「う〜ん………………富士山?」

淳一「はは、テンプレやな。じゃあさ、歴史的建造物とか多くない?」

風葉「う〜ん……行った事ある所で言えば、石和温泉の辺りなら………………」


その間、利根ちゃんとヒカリは風葉と会話を続けていた。俺の事をああは言ったものの、家出してきた16歳の少女なんて珍しい。そんな風葉に対する興味もあったのだろう。

俺の家に着くまでそのまま会話は途切れる事なく、2人は風葉に質問を送り続けていた。その様子からして、ヒカリと利根ちゃんはこの件に関しては恐らく問題ないだろう。反対する素振りもないし、理解を示してくれているようで良かった。


数分歩いて、マンションに着いた。


勝幸「よし、入れ」


俺は、鍵を開けて風葉達を入れる。

荷物を置いて手を洗い、やがてリビングに5人が集まった。

俺は冷蔵庫に向かい、扉を開ける。


勝幸「何が飲みたい?」

理愛華「勝幸に任せるわ」

風葉「ウチも何でもいいよ」

勝幸「ん、了解」

淳一「ワイはコーラで」

勝幸「お前、俺が嫌いなの知ってるだろ」

ヒカリ「ヒカはね〜、コニャックの水割りがいいな」

勝幸「…………冗談だよな?」


2人が面倒なので、結局水とお茶で済ませた。本当に、変わった奴らだ。

まぁ、取り敢えずは全員分の飲み物も用意したので、俺も座って会話を始める。


勝幸「それじゃ、風葉の話について…………」

淳一「うわっ、スワローズ5回6回で8失点してるンゴ……誰だよ先発と中継ぎ」

勝幸「……っておい‼︎勝手にテレビの電源入れて日本シリーズ見てんじゃねぇ‼︎」


リモコンを取って電源を消す。

何だか今日はツッコんでばかりだ。それもこれも、この2人がいるからだろう。


風葉「……ふふっ」

勝幸「……?」


ふと、風葉が小さく笑った。


勝幸「風葉、何かおかしいか……?」

風葉「うん、ちょっとね。勝兄達、楽しそうだなぁって………………」


指先を口元に当てるようにして小さく笑い、風葉は続ける。


風葉「何だかさ、中学の時は私もこんな感じで友達と話してたのを、思い出したんだ」

勝幸「風葉…………」


少し目線を落として、それでも微笑みを崩さないで、風葉はそう言った。

でも、その時の彼女は、少し寂しげな様子に見えた。俺はこんな顔を前にも見た。過去を振り返った時、きっとこんな表情をしていた気がする。

でも、俺はその瞳の裏の過去を詳しくは知らない。知ってるのは、家出するまでの経緯いきさつのみだ。そこに、どこまでこいつの友人との関係が関わっているのかも分からない。

でも、それが暗い過去ならば、俺はそれを一緒に乗り越えていきたい。その瞳を曇らせたくない。生活を共にしていく者として、俺にはその義務がある。


ふと、ヒカリが風葉の方を向いた。


ヒカリ「そういや〜、いきなりだけど、風葉ちゃんに聞きたいんだけどね」

風葉「あ、はい」


その時、ヒカリが俺にさえ難しい問いを投げ掛けるとは思いもしなかった。



ヒカリ「……ここに住み始めて、風葉ちゃんは具体的に何を目指すの?」

風葉「………………‼︎」



その言葉は、俺と風葉の同居の本質を問うていた。

何の為に俺は風葉と一緒に生活するのか。ただ単に軋轢あつれきが生まれた家族から引き離すため?そんな事はない。俺はこいつが幸せな生活が出来るようにしていこうと思ったんだ。

だが、それはアブストラクトな思考でしかない。具体的に何をすべきなのか?その問いに俺は何も答えられないだろう。

沈黙が続くかと思ったが、風葉は案外早く言葉を返した。


風葉「特に……考えてないです」

ヒカリ「………………そう」


とは言え、風葉も答えられなかった。そんな彼女を見て、ヒカリが小さく呟いたのが聞こえた。そして、お茶を一口飲むと、少し体を乗り出すようにして、優しい声と表情に変わる。


ヒカリ「……でもね、別にいいのよ。実際に住んで、そこで2人で見つけていけば」

風葉「見つけて……いく…………」


ヒカリの表情は変わってなかったが、大学から一緒にいた時の雰囲気とは全く違う。僅かにもトーンは変わっていて、それ程真剣な様子である事の裏返しでもあった。そして、それが風葉にも届いたようだった。

それにしても、ヒカリは不思議な奴だ。いつもは深く考えてなさそうな様子なのに、こういう時には突拍子とっぴょうしな質問をかましてくる。

しかも、大切な問い。今回は保留となったが、俺と生活して、風葉は結局何をしていくのか。一緒に生活を送る上で、この問いは避けて通れない。

そしてその答えを、俺は風葉と探していく必要がある事を、ヒカリは教えてくれた。


ヒカリ「いしずーも頑張って。でも、ヒカ達にも出来る事があったら、相談してね」

勝幸「あぁ、ありがとな」


俺は申し訳なさそうに感謝を述べた。こうやってサポートしてくれる奴らがいるのは、本当に頼もしい。それに、こういった奴らは、俺が気付かない点にも目が届いたりする。

これは自分1人で何とかするものじゃない。周りの人の支えを受けながら、俺も風葉の生活をよりよくさせていこうと思う。

その為にも、他の親しい人に、どんどん風葉の事を言ってかないといけない。


淳一「あ、そうだ……なぁいしずー」

勝幸「何だ?」


ふと、利根ちゃんが俺の方を向いて、話し掛けてきた。その言葉は、ヒカリとは違って軽い言い方な筈だった。



淳一「お前のパッパとマッマってこの事知ってるの?」

勝幸「………………あ」

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