第15話 民法第766条
勝幸「親が……離婚、だと…………⁉︎」
風葉から告げられた言葉に、俺は耳を疑った。
何故だ。
確かに俺は和解に成功した筈だ。それなのに、どうして離婚という結末が待っていたのか。どのように転んだらそんな事になるのか。
勝幸「冗談じゃ、ないんだよな……?」
風葉「うん。本当だよ」
決して明るい表情ではないが、淡々と、風葉は言葉を返した。
一体どうして、そんなにも淡々としているのだろう。彼女は、全てを受け入れたかの様な表情をしている。
まるで、こうなる事を彼女が予測していたかの様に。
いや、
流星「お、おい勝幸‼︎」
ふと、後ろから声がかかる。
そうだった。この場にいるのは2人だけじゃない。1人、俺らの事を見ていた奴がいる。
流星「どういう事なんだ、お前…………」
流星が、理解出来ない状況を前にしているからなのか、いつもとは違う
ここまで来たら、話すしかない。こいつは、最も信頼のおける友人だし、きっと俺の意志に反して公にバラす事はないだろう。
理解を示してくれれば、嬉しいのだけど。
勝幸「済まん流星、実はな………………」
俺は流星に、今までの事を話した。
話を聞いている時の流星からは、驚き、失望、その他色々な表情が見て取れた。
流星「そうか、そんな事があったんだな…………」
勝幸「悪い、あまり他人に話すべき事じゃないと思ったからさ…………」
流星「いや〜しかしね、トラブルで困っていた女の子を拾うなんて、お前のやりそうな事だな」
勝幸「褒めてんのか
流星「ま、大変なんだな〜ってさ。でもこの事態に関しては、俺は
勝幸「あぁ……その方がありがたいな」
いかにも軽そうな感じだが、こいつの目は真剣さと穏やかさが同居しているかのようで、それは俺らの話を信じている事を示している。
親友が話を分かってくれてそうなのは、こちらとしても非常に嬉しい。
流星「んで、これからどうするんだよ?」
勝幸「理愛華も大学から帰っていたから呼んだ。そろそろ来るだろ」
そう、俺に付き合ってくれた理愛華にも、風葉の話を聞く権利、いや聞く必要がある。
この前は理愛華にかなり助けられた。今回も、理愛華に来てもらう方が対処しやすいだろう。
そして数分後、俺の言葉通り、(再びドアが激しく開かれて)理愛華が登場した。
人が揃った所で、風葉は家に戻ってからの、ここ数日の事を話した。
どうやら、離婚をしたのはしっかりとした理由があったらしい。
風葉の父親が、仕事の手を緩める事は出来ないと言って、でも自分には親としての務めを果たせないからと離婚を切り出したらしい。
詰まるところ、俺は和解に失敗した訳ではなかった。和解の上での、中津川家にとっての最善策だったのだろう。
父親は東京の郊外の、空港にも大月にもアクセスが悪くない場所に引っ越すらしい。離婚しても、関係性をシャットアウトする訳ではないという事だ。
一方で、母親と妹さんは大月に残って、父親の仕送りで生活するらしい。広さの割には家賃もそこまで高くはないし、わざわざ引っ越して、新しい土地で女2人で生きていくのも大変だという理由のようだ。
お互いに離婚という手法で和解して、新しい生活を始めていこうとしている。それは和解を手伝った俺にとっても、衝撃的ではあったが、とても嬉しい事だ。
しかし、そこで1つ、気になる事がある。
勝幸「お前は……どうするんだ…………?」
俺は目の前の少女に向かって言う。
風葉は父親と母親、どちらの下で生きるのだろうか。
ただ、父親の方だと1人ぼっちの時間ばかりになり、母親の方だと再び喧嘩の日々になってしまうだろう。
どちらにも大きなデメリットがある、悲しい二者択一だ。
風葉「ウチは………………」
風葉はどちらを選ぶのか。それはこいつが決める事であって、そこに俺が干渉する権利はない。
だから、俺は何も言わず、この子の言葉を待っていた。
風葉「勝兄、お願い……なんだけど…………」
唐突に、風葉は俺に何かを頼み込もうとする。
俯き加減だった目線を俺の方に上げて、アングル的に上目遣いになる。そして、弱々しく、なのに真っ直ぐと俺の目を見ている。
そして、途切れそうな、崩れそうな、そんな表情と声で、風葉はたった一言だけ放った。
風葉「ここに、住まわせて………………」
俺ら3人は、何も言えなかった。
突然のお願いに、2〜3秒、本当に言葉を絞り出す事が出来なかった。言葉の意味すら、俺は理解に時間がかかった。
その沈黙を破るようにして、理愛華が口を開く。しかし様子と声色からして、戸惑いを見せているのは明白だった。
理愛華「え、えっと……風葉……?こないだ、法律で一緒には住めないって……勝幸が、言ってたよね…………?」
理愛華に乗じて、俺も説得する。
勝幸「そうだぞ、親権と監護権は、基本的にはお前のお父さんとお母さんにあるって、前に説明……し……た………………」
その時。
何かが弾け飛んだ感じがした。
俺は"悲しい二者択一"だと考えていた。
だが、果たして本当にそうなのだろうか?
悲しいかどうかではない。二者択一なのかどうか、そこが疑うべき点だった。
一つの記憶の回路が繋がり、たった一つ、たった一つだけの知識が頭の中に浮かんだ。
勝幸「民法766条……『父母が協議上の離婚をするときは、子の監護をすべき者、父又は母と子との面会及びその他の交流、子の監護に要する費用の分担その他の子の監護について必要な事項は、その協議で定める。この場合においては、子の利益を最も優先して考慮しなければならない』…………‼︎」
一つの条文が、状況を180度変えてしまった。
理愛華「それって………………」
勝幸「解釈するならば、監護権に関しては第三者が持つ事も可能である、という事だ……‼︎」
あの日、俺は風葉を説得する時に、『親権と監護権は、例外を除いて、一致して父母にある』と言った。
その例外こそが、親の離婚なのだ。
そして、一応は成人である俺は、その"第三者"になり得る。
理愛華「勝幸が……監護者に……?」
流星「お前も……なれるのか…………⁉︎」
勝幸「あぁ、そして監護者は子供の住居の指定が出来るんだ。つまりは………………‼︎」
他に必要なのは、親御さんとの協議の上でのリーチコンセンサス。
それさえ達成すれば……
勝幸「俺がここに風葉を住まわせる事が……出来る‼︎」
風葉を守りたいと思った。
風葉と一緒にいてやりたいと思った。
湧き出るこの感情の水源は分からない。それでも、俺がこいつを笑顔に出来るのなら、こいつが新しい人生を始めて、幸せになれるのなら。
勝幸「風葉‼︎明日、お前の家に向かうぞ‼︎」
風葉「………………うん‼︎」
俺は、動こう。
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