キスの回数。—— あなたのキスを数えましょう。
あの人は、あまりキスをしない人だった。
だから、もしかしたら、数えようとすれば数えられるかもしれない、なんて思った。
この曲が流行り出したのは、ちょうど、あの人と会わなくなったころ。
聴くたびに、キスの回数はもうこれ以上は増えないんだ、という事実を噛みしめた。
***
キスをあまりしないことが、何を意味してるのか——。
そういえば、時々ふと、考えたりしていたな。
潔癖性なのかな、とか、そんなに愛情はないのかな、とか。
単にこの人のスタイルなのかな、とか、何か遠慮があるのかな、とか。
別に私も、キスがことさら好きっていうわけでもなく、だから、しないことで特にモヤモヤしたわけじゃない。
行為の前後に、形式的になされる軽いキス。
いま思えば、未来のない私たちの関係には、それくらいがちょうどよかったのかもしれない。
***
そんな関係でも、あの人と会わなくなったあと、私の奥底にはしっかりと「悲しみ」が澱となって沈滞していて、たとえばこの歌を聴く時に、それはゴボゴボと湧き上がってきた。
♪〜あなたのキスをさがしましょう あんな近くに触れたのに……
手を伸ばせば触れられるところに、あの人はいた。
もっともっと抱き合えば、こうならなかったのかな。
キスして。
って言えば、よかったのかな。
***
奥底の悲しみを呼び覚まして、わざわざ傷口を広げるように、私は好んでこの曲を聴くようになった。
♪〜あなたのキスを忘れましょう
嫌いになって 楽になって 夜を静かに眠りたい……
眠れない夜、なぜか涙が出て、そんな自分に苦笑する。
ほんとだ。
忘れちゃえばいいのに。
離れてよかったって、思えたらいいのに。
なのに
♪〜すごく好きだったよ
それだけは 変わらない事実……
そんなシンプルでストレートなフレーズに、射抜かれる。
「そうだ、私、あの人のことすごく好きだったんだ」って。
わざわざ悲しくなるために曲を聴いて、そのことを何度も確認する。
***
あの人のキスのこと、なかなか忘れられなかった。
あまりしないこと、あるいは、軽くすることの意味を、
何となくずっと考えていた。
遠慮だったのか、言い訳だったのか。
それとも深い意味はなかったのか。
そんなことをいつまでも考えていたって、何の意味もないと吹っ切れたのはだいぶ経ってからだった。
もう終わったことだし、
何より、私がすごく好きだったことの重みは、キスの回数でははかれないのだから。
そう思えてやっと、あまりにストレートに突き刺さっていた歌の呪縛から、私は解放された。
♪「あなたのキスを数えましょう」小柳ゆき
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