庚申待ち(完全版)

雁鉄岩夫

第1話 庚申待ち

庚申とは、干支と呼ばれる十干と十二支の組み合わせから成る60日を周期とする数詞の中で57番目の事である。


十干の庚と十二支の申はどちらも陰陽五行説の陽の金であり、これが重なることからそれに相当する年や日には金気が充満し人の心が冷酷に成るとされる。


庚申の日に眠ると人の体の中に住んでいる三尸と呼ばれる虫が体から抜け出し宿主の人間の悪事を閻魔に伝えその内容に応じて人間の寿命を縮める為、三尸が抜け出さない様に徹夜で起き続ける。これを庚申待と言い、大勢が集まって夜が明けるまで宴会や酒盛りをした。


***


江戸時代の武蔵国の山奥の村。


 三年前の五月に俺はまだ12歳で、幼馴染で一つ年上のテルと山で山菜を採ってきた帰り道、思いの外沢山採れたので時間を忘れてしまい、気付いたら日が陰り始めていた。


 急いで山を降り、なんとか日が暮れる頃に村に続くあぜ道に着き村に向かって歩いていると正面から真っ暗な中、10個ほどの光の列がこちらに向かって進んでくるのが見えた。


光の正体は村の男達で、ムシロに包まれた駕籠を運んでいた。


「やじ坊にテルじゃねえか」


 声をかけてきたのは庄屋だった。


「こんな時間にどうしたた」

 

 怪訝そうな顔をしながら聞かれ、テルが。


「夜の為に山菜を採ってたら遅くなって」と言いながら俺の背負ってる背負い籠の方を見た


「おお、そうかそりゃあご苦労だった、もう遅いからきおつけて帰れよ。もう用意を始めとったでな」笑いながらも少しせわしなく言うと、俺の方を見た。


「やじ坊、テルのこと頼むぞ」と言った後、思い出したように「ああ、これ持ってけ、もう暗いからな」と持っていた提灯を渡した。


  別れてしばらくすると、テルの足音が止まったので振り返ると、テルは遠く見える提灯の列を眺めていた。


「弥次郎、あの籠の中何が入っとると思う?」と呟く。


「えっ?」


「何でもない、はよ帰ろ」


「うん」


提灯の弱く揺らめ光がテルの顔で揺らめいた。


***


三年後 春


 日が暮れ庄屋の家では10人ほどの男が囲炉裏を囲んで集まっていた。


 春だと言うのに夜から冷たい風が吹き始め、家の中では雨戸の間から隙間風が吹いていて男達は自在鉤から掛かっている猪汁を飲みんでいたが誰一人として言葉を発しず神妙な面持ちで猪汁をすする音だけが家の中に響いていた。


 張り詰めた空気の中「みんなよく集まってくれた」と庄屋が言うとみんなが庄屋の方を一斉に向いた。


「何とか明日の庚申待までに クギとジサを決めないといかん」と言うと若い男が遮る様に話し出した。


「俺は、ジサだったから知らないが、どうやって決めるんだ」


「ああ、与太郎もよく来たな」と気まずそうに庄屋が言う。


「クギは生娘でジサはその娘に近しい中から私たちが話し合って選ばれる事になっとる」


与太郎はそれを聞くなり立ち上がり周りの男達を見回しながら庄屋の方へ歩き「じゃあリンを選んだのはあんた達ってことか」


「掟だ」与太郎の顔をしっかりと見て言った。


 それを聞くと与太郎は庄屋に飛びかかり押し倒し、他の男達が間に入って止めに入ろうとするが、与太郎は男を振り払いながら


「なんでそんな事平然と言えるんだよ、リンはあんたの娘だぞ、あんたは俺と違ってリンに何が起こるか知ってたんだろ」


「ああ」


「じゃあなんで」


「お前も見ただろアレを」


と言われた与太郎はハッと息が吸って、男達が庄屋から引き剥がしそのまま柱に投げ払った。


「アレが村に来たらどうなる」


与太郎が声を絞り出す様に「侍でもなんでも連れてくればいいじゃねえか」


「どこにそんな金があ。それに、野伏に頼んだら村の娘も危なくなる」


与太郎はむっくりと起き上がり何も言わずに出て行った。


庄屋は起き上がり与太郎が出てって開けたままの雨戸をそっと閉めた。


「すまなかったなみんな、奴をあんまり攻めんでくれ。まだ立ち直れておらん」


それを聴き終わった男達の一人が「俺達はあんたの方も心配だ、毎回こんなことさせてしまった」


「大丈夫だ、でかい家に暮らしてんだ、それだけの責任を果たす」


***


 朝起きると庄屋の小間使いに家まで来るよ様に言われたのですぐ向かった。


 家に着くと客間に通されしばらくする庄屋が部屋に入ってきた。


「朝早くからすまなかったな。朝飯は食ったか」


「まだで。」


「そうかなら食ってけ。」と言い土間の方に向かって「おい」大声で言うと細身で初老の庄屋の奥さんが入ってきた。


「なんでしょーか。」


「ああ、やじ坊に握り飯でもつくってやってくれ、朝早く呼んだから飯も食ってないらしいんだ」


「そうですか、じゃあ昨日の猪汁が残ってんでそれも持ってきましょう」


「すまんな」


障子ぴしゃりと閉まると、庄屋はこちらを見て


「本題なんだが、今日呼んだのは、今日は庚申待なのは覚えてるな」


「はい。」


「次の庚申待が、庚申塔を立ててから18回目でな。お前にジサになってもらいたい」


「ジサですか?」と言うと庄屋は少し目をそらした。


「ああ、何をやるか知ってるか」


「クギの世話をするってことしか」


「ジサの役割は、今日から次の庚申待まで、他のみんなと一切会うことができないクギの身の周りの一切の世話をすることだ」


「クギは誰ですか」


「テルだ」と言われ頭が真っ白になり何も言えなかった。


「やじ坊、大丈夫か」と言いながら庄屋が俺の体を揺すった。


***


テルは庄屋の家の離れに居て俺はすぐにそこに行きテルがいる部屋の障子の前に来た。


「テル、おるか」


 聞くがなかなか返事がこない。


「テル入るぞ」


 障子を開けると、布団が敷いてあり、赤い襟のついた白襦袢を着たテルが仰向けで寝転がっていて虚ろな目をしていた。


「テル、大丈夫か?テル」


 テルに近寄って肩を揺すりとこちらをの顔に目を向け、ろれつが回らないのか「ヤジ」とだけ言った。


「どうした、調子悪いのか?」


「力が入らなく・・・」


 最後まで話し終わる前に目を閉じた。


「テル、おいテル、大丈夫か」と言いよく見るとスヤスヤ寝息を立てて眠っていた。


***


  ジサに選ばれてから20日ほど経った。


 テルの食事は村の近くにある猿田彦明神を祀るお宮で、村の人間が作る物を俺が庄屋に運んでいた。


 お供え物を使って作っているのか、自分達の食事より随分豪華で何種類ものおかずがあった。


「テル、入るぞ。」


 障子の前まで料理を持っていき、声をかけるが返事は来ない。

 

 ここ最近食事の多くを残していたが、初日の虚な感じは少し和らいでいた。


  障子を開けるとテルはいつものように、布団の上に仰向けになって天井を見ていた。


 襦袢ははだけ、太ももは付け根あたりまで見え、胸元はパックリ開いていた。


「今日は食べれる?」


「少しだけ」と小さな声で呟いた。


「ちゃんと食べなよ」


「そうだやじ坊あんた、おにぎり作ってきてよ、それなら食べれそうな気がするからさ」


「ダメだよ。そんなのおみやで作られた物しか食べちゃダメなんだから」


 布団の横にお膳を置く。


「じゃあそれ食べさせて」と言われたので「じゃあ起きて」言った。


「このまま食べさせて」と仰向けのテルは下半身に掛かっていた布団を横へやった。


 最近のテルは、時々甘えるようなことを言うようになった。


 テルの横に座り、お粥のお椀持ってサジですくい彼女の口へ運ぼうとすると急に腕が下に引っ張られ粥が彼女の片方の胸にこぼれ、胸の谷間にしたたった。


「あっ」


「取って」とテルが言う。


「あ、ごめん」といいながら懐にある手ぬぐいを取り出そうとすると、テルは袖を軽く掴む。


「口で」と色っぽく言った


「えっ」言っているうちにテルの両腕がするりと俺のうなじを包むとそのまま優しく引き寄せてきて、その流れに従わず彼女の胸元に顔を埋め、テルの匂いと柔らかさを顔で感じ口元にある粥を舐め本能に身を委ねた。


顔をテルの顔の方へ動かしながら舌でテルの汗を感じ、片手でテルを抱き起こすと、反対の手は、襦袢の間から見える太ももを流れるように陰部の方へ撫でた。



テルがクギに選ばれてから60日目、庚申の日が来た。


夕方に、俺は白い着物に、で太腿まで裾を纏められた白いたっつけ袴を履いてテルに清潔な白い襦袢を持って行った。


テルは清めのため前日から食事を摂っておらず、その日の夕方に、神社で使われている白い徳利の中に入っているお神酒を飲んでよったのか、日暮れ前に、襦袢を持って来た時にはぐったりしていた。

「立てる?」


「・・・」


 返事も反応もなく、何とか起き上がらせ両脇に腕を入れて立ち上がらせた。


 何とか立ち上がったので、腰紐を解どくと、紐が畳に落ち襦袢が肌けた。

 

 肩に引っかかった襦袢を両手で外すとそれも畳にに落ちた。


 垂れながらヨロヨロと立っているテルの体は、立つための最低限の力しか入っておらず、それは人間とは別の生き物のように見えた。


テルの後ろから持ってきた襦袢をかけ、前に回って腰を下ろし腰紐を巻くと彼女の温もりを感じ、そのまま彼女に抱きつき着いてしまい涙が出た。


 するとテルは頭を優しく撫でた。


しばらくすると廊下からトントンと足音が近ずいてきて部屋の前で止まり。


「やじ坊、籠を庭に止めた、テルを乗せたら母屋まで呼びにきてくれ」庄屋の声がした。


テルをムシロの巻かれた籠に乗せて母屋に向かうと、俺と同じ白い衣装を着た男達が囲炉裏を囲んでおり奥に庄屋がいた。


  庄屋は俺を見るなり「おお、もう終わったか」と聞いた。


「はい」と言うと庄屋は皆を見渡し「じゃあ、みんな宜しく頼む。」と言うと男達が一斉に立ち上がった。

 一人の男が「与太郎が居ないみたいだがいいんですか?」と言った。


「しょうがない俺たちだけで行くぞ」と言ってみんなで庭に出た。


籠を中心に男達が列になってあぜ道を歩く姿は差し詰め葬列のようだった。


 道は次第に険しい獣道になり、籠は庄屋の指示のもと持つ人を交代させながらすすんだ。


 随分長く道を歩き続けていると急森に開け、広い草原に出る、草原の奥には再び深い森がありそこまで向かう途中には小川が一本流れていて虫やカエルの鳴き声が聞こえ、蛍のあかりが舞っていた。


 奥の森に近ずくと大人の身長程の朽ちた鳥居が有り奥には森が裂けたような綺麗な一本道になっていて落ち葉ひとつ落ちていなかった。


 道を抜けると森の中の大きな穴が空いたような広場があり空には満月が雲の間から見え隠れしていた。


  ひろばの真ん中には丸の池があり、真ん中に小さな島があった。


 島の四方には石の灯篭が建っていて、島の中央には畳ほどの大きさの板があり、板の上には刃渡りが腕ほどの包丁が置いてあった。


  籠は池のほとりに置かれ、庄屋が池を歩いて越え提灯の火を灯篭に移した 。


  男達は広場の端にある横に有る倒れた丸太に座り庄屋も座る。


 皆籠の方を凝視して、暫くすると、籠の中からテルが出て来た。


テルは籠の周りに貼り付けてあるムシロの切れ目から這い出るように出て来て覚束ない足取りで立ち上がると徐ろに腰紐の縛り目を解き、肩を襦袢が流れ落ち、ふわっと地面に落ちる。


 テルの姿は灯篭の揺らめく炎によって艶めかしく見えた。


 するとテルは池に入り島まで歩き、木の板に仰向けになり目を閉じた。


 彼女が眠ると周りは一斉に静まり、何処からともなく強い風が吹き始めた。


 すると周りの木々から無数の「ヒャーヒャー」という獣の声がし、周りを見ると木の枝に目の赤い無数の猿が居た。


 テルの方を見ると島に大きな白い猿がテルを見下ろしていた。


 その猿は全身が白い毛に覆われ、顔は赤く花が長くて烏帽子を被っていた。


  猿の鳴き声が響く中、島の猿は右手で大きな包丁を持ち上げ左手で、まだ眠っているテルの両脇の間に小指と親指を差し込み、手のひらで顔を押さえつけた。するとテルが起きたのか腕から先や、腰や足を力なく動かした。


 猿は包丁の切っ先を、もがくテルの乳房の間に突き立てると包丁を突き刺し、刃をグリグリと動かしテルの体は糸の切れた人形のように動かなくなり傷口から吹き出したちで猿が赤く染まった。


 猿はその包丁を股の間まで切り終えると投げ捨て、縦に切り裂いた傷口を両手で開げ、顔を腹の中に突っ込み内臓を食べ出した。


 腹の中から赤く染まった顔を出すと、指で探るように照の体の中を探ると、下腹部のあたりから、袋の様なものを取り出した。


 猿はそれを親指と人差し指を器用に使ってし小さな肉塊の様な物を取り出しそれを食べた。


 その時バーンと対岸から方から大きい音がしたと思うと、グウォーと叫びながら猿が尻餅をつく。


 音の出所には何処から持ってきたのか火縄銃に弾を込める与太郎だった。


 猿は起き上がると太腿から血を流していた。


 与太郎は急いで弾を込めるが、猿が片足を引きずりながらも与太郎の方に走り目と鼻の先に来ると猿が急に倒れ、足が大きなトラバサミ荷挟まれていた。

 そこで与太郎は弾を入れ終わり、狙いを定め撃つと猿の首に当たり再びギャーと鳴きながら倒れ、傷跡から血がどくどく流れた。


 猿は立ち上がろうとするが動けず、与太郎は腰に下げた鉈も猿の首に何度も鉈を振り下ろし首を切断した。頃には周りの猿達の鳴き声は無くなっていた。


 与太郎は猿の烏帽子を拾い、被ると。再び火縄銃に弾を詰めた。


 一部始終を見て居た俺達は皆呆気に取られていた。 


 その時庄屋が与太郎の方に近付いて行き二人で戻ってくると与太郎がいきなり庄屋の首に鉈を振り下ろした後こちらのほうに走ってきた。


 それを見て皆が逃げるがその中の1人が打たれた。


 俺も逃げようとするが、迫ってきた与太郎に背中へ鉈を振り下ろされ倒れる。


 服を引っ張られ仰向けにされると、与太郎が顔を覗き込みながら顔をめがけて鉈を振り下ろした。























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庚申待ち(完全版) 雁鉄岩夫 @gantetsuiwao

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