雨の降る窓
冴草
1
友人のKと久しぶりに会った。同じ県内の大学で同じ学部に通い、ともに実家からの通学であるというぼんやりした共通点をきっかけに知り合った彼とは、互いに卒業し家を出て、就職してからも遊ぶ仲だった。それが一年くらい前から急に、連絡しても応じてくれなくなったのだ。そんなKと土曜日、駅前通りでばったり出くわした。雨の降る夕方のことである。
声をかけると、長い間連絡を寄越さなかったのが不思議に思えるほど、明るく応じてくれた。だが笑みや声には、どこか無理しているようなものがある。またKはしばらく見ないうちに、げっそりと痩せていた。中高時代は陸上部で鳴らしていて、就職後はサイクリングを趣味にしていた彼が自慢にしていた太腿は、今や平均的な成人男性のそれを持つ僕より細く見える。顔色も悪く、目の下の隈は傘が彼の顔に落とす影より暗い。
彼に今日はこれからどこかへ行くのかと尋ねると、特にすることもない、ただ休日に家にいるのがどうにもいたたまれなくて、人の多い所をぶらついているのだと言う。その返答に少し違和感を覚えた。大学の頃は人混みを嫌って、週末は呼び出しても家から出ないような男だったのに。
これはもしかして、仕事かなにかで相当追い詰められているのではないか。どうにも心配になった僕は、お節介だと承知しつつも、「この後飲みに行かないか」とKを誘っていた。
それから、僕とKは居酒屋で酒を酌み交わした。正直、断られるかと思っていたのだが、彼は二つ返事で承諾し、縋るどころか追い越すような勢いでついてきた。今は卓を挟んだ向こう側で、機嫌よくビールを飲み進めている。寧ろ昔より酒量は増えたというか、無理して飲んでいるような危うい雰囲気すらあった。
初めに乾杯して一時間ほど経つが自分の話は一切せず、こちらの近況ばかり訊いてくる様子も、僕の不安を煽る一因だった。僕の知っているKは話し上戸で、酒の席で一度火がつくと自分の事を止めどなく語りだすような男だからだ。何度となく酒宴を共にしてきたが、今日の彼は明らかに自らの近況を語るのを避けていた。
話が途切れたところで、僕は思い切って尋ねた。どうして連絡が取れなくなったのか。随分やつれたが、最近何かうまくいっていないのか。もしやとは思うが、持病でもあるのか。それとも職場で何か、所謂ハラスメントの類に曝されていたりするのか。
すると彼は苦笑しつつ、即座にかぶりを振って否定した。身体に異常はないし、一年ほど前に仕事を辞めたが、職場には何の不満もなかった。蓄えがあるから二、三年は問題ない。再就職さえできればまた元の通り働けるだろう、と。それから連絡が途絶えた件については「スマホ、濡らしちゃってさ」とだけ答えた。
僕はその、『さえできれば』という言い方が気になった。それに一年前というと、連絡が取れなくなった時期と一致する。健康体で、職場でも問題がなかったなら、どうして彼は仕事ができずにいて、これほどげっそりしているのか。
素直に疑問を口にすると、彼は途端に黙り込んでしまった。先程までの変に気張ったような笑顔すら剥ぎ取られると、本当にやつれて見えた。右手に掴んだジョッキを持ち上げて、半分ほど残っていた中身をぐいと煽る。店員を呼び、ビールのおかわりを頼んで、卓上のナスの浅漬けを一切れ齧ると、お冷で口を潤した。
そうしてKはようやく、重い口を開いた。
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