頑張れ、受験生
もうこの景色には見飽きた。
電車の窓から覗く景色。高校時代からなにも変わっていない、いつもの景色である。まぁその方が、安心なのかもって思ったりするけど。でも、電車通勤してるとさすがに見飽きた。
今日は比較的空いてて、僕はつり革を持ちながら立っていた。そして僕の前には、分厚い本と真剣ににらめっこをしている男子学生が座っていた。
彼はきっと高校三年生だ。僕が行っていた高校の制服に似たやつを着ているし、そして彼の鞄には、「合格」と書かれた手作りのキーホルダーが付いているからだ。
さらには、彼が持つ本はきっと英語の単語集である。それも、僕が使っていたのと同じ物だからだ。
あれから、なにも変わっていないのがよく分かる。
彼は、赤いペンを片手に持ちながら、もう一つの手で本を開けて持っていた。チェックをつけているみたいだ。僕もよくやっていた。もうほんと、赤色で見えなくなるくらいに。
その時だった。電車は急に急ブレーキをかけた。つり革を持っていても、僕は倒れそうになった。何かあったのだろうか?
そして、ふと前を見ると、彼は本とペンを持ちながら倒れていた。恥ずかしそうに周りを見ながら、姿勢を直して、また本とにらめっこを始めた。
何事をなかったのだと安心して、視線を外そうとしたときに、彼はペンを膝に置いて頭を抱え始めた。何があったんだ!?!?
「はぁ……」と大きくため息をつく彼の本をちらりと見た。ああああああっっっ!!!!
思わず声が出そうになった。危ない危ない。
彼の本には、横に真っ直ぐ、本の端から端まで赤い線がひかれていた。あちゃー。きっと急ブレーキで倒れた衝撃でひいてしまったのだろう。頭を抱える彼を見ると本当に可哀想だと思った。
だが、青年よ。きっとその真っ直ぐな赤い線は思い出になるよ。君が、行きたい大学に合格して、いつかその本をふと開いた時、「そうだ、こんなことあったな」ってきっと笑えるよ。きっと、笑い話になるはずだよ。
だから、今は頑張って。けど頑張りすぎないで……
頑張れ、受験生。頑張れ、後輩くん。
僕は心の中でそう祈って、降りた彼の後ろ姿を見つめていた。
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