041 予定と作戦会議
その日の夜。
『じゃあ、通話かけるよー』
南井のそんなメッセージが、グループのトークルームに表示された。
それから、すぐに画面が『着信中』の表示に切り替わる。
グループ通話、というものが初めてなのもあって、俺は若干気乗りしない思いで、応答ボタンをタップした。
『もしもボックスー!』
『どこでもドアー』
「……」
『……』
俺はすぐにスピーカーモードに切り替えて、スマホを少し離れたところに置いた。
どう考えても、最初から耳元に当てていた自分がバカだった。
南井はともかく、
『おーい。
「……いるよ」
『い、います!』
『なにさー。いるなら何か言ってよね、ひみつ道具を』
「ひみつ道具かよ」
『が、ガリバートンネル……!』
『おお、渋いなぁ静樹さん』
「……」
いいから早く本題に入ってくれ。
そう思いながら、向こうに聞こえないよう、静かにため息をつく。
この通話は、今日の昼休みの話をちゃんとするために、南井が企画したものだ。
明日からテストが始まるということと、早めに状況整理が必要なこと。
この二つを理由に、今日のうちに話し合いを済ませてしまおうということになった。
つまり、それなりに真面目なイベント……のはずだ。
『静樹ちゃん、大丈夫だった? あの後……』
『は、はい……なんとか』
静樹の声は暗かった。
まあ、無理もないだろうが。
『なんか言われた?』
『い、いえ。なんとなく雰囲気が重くて、やっぱり気まずかったですけど……』
『そっかぁ。そうだよねぇ』
『はい……。でも心配していたよりは、全然平気でした。責められたり、問い詰められたりするかもしれない、と思ってましたから……』
「まあ、派手ガールズもそこまで子供じゃないだろ。べつに、ひとつのグループとしか付き合っちゃいけない、ってわけじゃないんだから」
『へぇ。悠雅もそういうこと考えてるんだな』
ふと、なぜだか嬉しそうな声で春臣が言った。
「なんだよ、そういうことって」
『学校での人間関係のことだよ。てっきり興味ないのかと』
『あー、確かにそうだね。悠雅っちーって、そういうの疎そう』
「普通のことだろ……興味なんて関係ない」
『まあ、そうなんだけどさー』
『そうそう。そうなんだけど、悠雅だしなぁ、って』
言って、春臣と南井は一緒になって笑う。
顔が見えなくても、うんうん頷いているのがわかった。
普通に失礼なやつらだ。
「……話を戻せ」
『あ、そうだった。ごめんね、静樹ちゃん。いろいろ考えたんだけど、あの場はああするしか方法がなくって……』
『い、いえ! 本当に、ありがとうございました……。みんなが来てくれなかったら、きっと私……』
『あたしたちも焦ったよ。静樹ちゃん、すごくつらそうな顔してたし』
『や、やっぱり、そうでしたか……?』
「してたな。心の底から嫌そうだった」
あの時の静樹は、合コンに行くって話をしていた時よりも、数倍は追い詰められた様子に見えた。
でなけりゃ、俺だってあんな行動に出たりはしない。
もちろん、出しゃばったことを正当化したいわけじゃないが。
『やっぱり静樹さんは、ピアスは否定派?』
と、今年の夏休みに両耳をぶち抜いた春臣が尋ねた。
『う、うーん……否定派ってわけではないんですけど、したいとは思いません。それに、自分の身体に穴を開けるんですから、やるにしても、もっと慎重に決めたくて……』
まあ、静樹はそういうやつだろう。
普段の性格からも想像できるし、顔にもしっかり表れていた。
『まあそうだよねー。チームギャルはノリでやろうとしてたけど、こういうのはホント、人によるからなぁ』
『私が、自分でしっかり断らなきゃダメなんですけどね……。前にユカちゃんがピアスを開けてきた時も、みんなに合わせて、羨ましいって言ってしまいました……』
『なるほどなぁ。だから、みんな乗り気で当然、みたいな空気だったのか』
『はい……。まさかホントに、みんなで開けようって流れになると思っていなくて……』
「派手ガールズはそういうとこ、思い切りよさそうだからな」
『だねー。でも、静樹ちゃんの立場が悪くなってなくてよかった』
安心したような南井の声。
思わず、俺も胸を撫で下ろしてしまう。
俺が一番気にしていたのは、まさにそれだったのだ。
あの場で静樹を助けることができても、グループ内での居心地が悪くなれば本末転倒だ。
祈ることしかできなかったが、問題なさそうでなによりだな……。
「もう、参加しなくて済みそうなのか?」
『は、はい。……冬休みの間は、ほとんど南井さんたちと遊ぶってことにしちゃいました』
『おっけー! じゃあそんな感じで話合わせとくね! 悠雅っちーと仙波くんもよろしくー』
「おう」
『了解。ま、俺は派手ガールズとは関わらないだろうけど』
『すみません……ありがとうございます、みなさん』
静樹が電話の向こうで、深々と頭を下げているのが目に浮かんだ。
正直、俺の行動が最善だったのかどうか、確証はない。
それに、この先どうなるかも、今はまだわからない。
だがこうして首を突っ込んだ以上、それなりの責任は負わなければならないだろう。
あの時は、俺だってそこまで覚悟して動いたつもりだ。
もちろん、なにも起こらないに越したことはないけれど。
『静樹ちゃんは、冬休みどうするの?』
『たぶん、家で大人しくしてると思います……。出かけて、ユカちゃんたちに会っちゃったりしたら、申し訳ないですし……』
『まあたしかに、それはヤバいなぁ』
『じゃあせっかくだし、冬休みホントにみんなで遊ぼうよ! テストのお疲れ会も兼ねてさ!』
『おー。ナイスアイデアじゃん、南井ちゃん』
『でしょー!』
南井と春臣は楽しげだった。
こいつらの図太さが、今だけは少し頼もしい気がしないでもない。
『クリパしようよ! クリパ!』
「なんだ、クリパって」
『えー、クリスマスパーティの略じゃん。悠雅っちー、知らないの?』
「知らん」
そんな言葉を聞いたこともなければ、ついでにクリスマスパーティなんてやろうと思ったこともない。
そもそも、なにをするんだその集まりは。
『ケーキ食べて、プレゼント交換して、お喋りじゃん!』
「……ふーん」
『ふーん言うな!』
楽しそうかどうかはさて置き、少なくとも俺には向いてなさそうだな。
『で、でも……いいんでしょうか。なんだか、マリコちゃんたちに悪いような……』
『いいのいいの! 先約があるって言って断ったんだし、なにもしない方がよくないって!』
『そうそう。それに、行きたくない誘いを建て前で断るなんて、あるあるだよ』
『それは……たしかにそうかもしれません』
静樹は若干不安げながらも、乗り気になったらしかった。
まあ二人の言う通り、派手ガールズに嘘をついてしまった以上は、実際に予定を作ってしまった方がいいかもしれないな。
『じゃあ決まりね! わーい! 楽しみー!』
「先にテストだけどな」
『ちょっと! 現実突きつけるの禁止!』
『大丈夫ですよ、南井さん。頑張ってたんですから、きっとうまくいきます』
『えーん! 静樹ちゃーん!』
南井の大袈裟な泣き真似のあとは、もう解散ムードになった。
テストの後、また改めて予定を決めるらしい。
通話を切って、英語の勉強に戻る。
おそらく問題はないけれど、最後まで気を抜くべきじゃないだろう。
“ピロリン”
「ん?」
もう静かになったはずのスマホに、メッセージが届いた。
しかもさっきのグループではなく、静樹からの個人メッセージだ。
『本当にありがとうございました』
文面はそれだけ。
なのに俺は、自分が思いのほかひどく安心しているのがわかって、しばらくなにも返事できずにいたのだった。
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