第22話 彼女の憧憬

「うーん。こことここは切り取って……と」


 今は、動画編集ソフトで、先週撮った特別回の編集作業中。撮った部分全てを放送すると長くなり過ぎるので、どうでもいい部分はカットしていく。


「ほえー。なんだか、手慣れてるね」

「キョウヤも始めてから長いもの」


 そして、それを見つめるまいとセシリー。


「でも、Ramen Walkers始めたのって1年前じゃなかったっけ?」

「そうなんだけどね……。それ以前から、動画いじりが趣味で、よくゲームのプレイ動画なんかをユーチューブに上げてたんだ」

「それ。初耳なんだけど!」


 舞が驚いたように言う。


「言ってないからね。それに、言うほどの趣味でもないし。ツイッターとかユーチューブとか色々、動画を見て面白そうだなーって始めただけ」

「それでも、誰でも出来ることじゃないと思うけど」

「慣れだよ、慣れ。ソフトの使い方とか、あと、実況する時は発声練習とかしたけど。それくらいかな。それに、3年もやれば、ね」

「そんなにやってたんだ。良かったら見せてよー」

「うーん。ちょっと色々気恥ずかしいっていうか……」


 特に、初期の動画は色々喋り慣れてないし。


「キョウヤ、見せてあげたら?私には見せてくれたじゃない?」

「それを言われるとつらいな」

「ふーん。キョウ君、セシリーちゃんには見せてたのに、私には見せてくれないんだー」


 ジト目で睨まれる。


「わかった。わかったよ。じゃあ、『サバ・フロンティア 1時間クリア実況動画』で。初めて投稿した奴なんだけどね」


 僕のユーチューブアカウントを開いて、動画を見せる。


「これ、何の動画?」

「昔出た、サバ・フロンティアってRPGがあってね。一時期、最速クリア動画が流行ったんだけど、真似してどれだけの時間でクリアできるか試してみたんだ」

「そのゲームって、1時間でクリアできちゃうの?」

「普通は無理。だから、色々裏技を使う必要があるんだ」


 動画を高速で再生して見せる。このゲームでできるだけ素早くクリアするには、不要イベントのスキップに加えて、ボス戦以外の戦闘を極力避ける必要がある。そういった工夫をした結果の最速クリアタイムが1時間だった。


「ほえー。ボスがあっという間に死んじゃった」

「普通はやらないプレイだからね」


 ゲームを楽しむ目的から言えば邪道だ。


「あの時は楽しかったわ」

「君は、やたら口出したがったよね」

「だって、見てるだけだと楽しくないんだもの」


「動画編集のときも、ここはカットした方がいいとか、キャプションがとかわいわいやったよね」


「うんうん」


 わずか3年前の事だけど、少し懐かしくなる。


「やっぱり、羨ましいな。誘ってくれれば良かったのに」


 どこか遠くの存在を見るような目で舞が言う。


「ごめん。舞はあんまりRPGやらないから、退屈させちゃうかなって」

「そうそう。それに、キョウヤのプレイ見てるだけよ?」


 なんだか仲間外れにしてしまった気がして、慌てて弁解する。


「大丈夫。そんなに気にしてないよ」


 舞は笑っているけど、その表情はどこか儚げだった。


「じゃあ、気を取り直して、動画編集に戻ろうか」


 ブラウザのタブを閉じて、動画編集ソフトを再度いじる。


「うーん。ここの英語キャプションだけど、どう思う?」

「ちょっとイマイチね。貸して?」


 英語のキャプションはネイティブであるセシリーにチェックしてもらっている。

 日本人的な不自然な英語だと申し訳ないし。


「ここも。ここもね」


 テキパキと僕が作った英語のキャプションを書き換えていく彼女。


「やっぱり、僕の英語力はまだまだだね」

「別に気にする程じゃないと思うわよ?」

「そうかなあ。英語が即座に出てこない時点でまだまだだと思うんだけど」


 なんてわいわいとやっていたら。


「二人、いつもそんな風にしてやっていたんだね」


 ぼそっと舞の声。自分には届かない何かを見つめている気がした。


「あのね。私は、ずっとキョウ君と一緒にもっと何かやりたかったんだ」

「「え?」」

「でも、やっぱり無理だったのかなあ。肝心なところで仲間外れ。昔っからそう」

「え、えーと。そういうわけじゃなくて。そうだ。食べ歩きとか一緒にしたよね。こないだも一緒に出演したし」

「こないだだって、お客様扱いだったよね。気を遣って、英語を翻訳して……」

「いや、そのままだとハブにしてるみたいでしょ?だから……」

「ごめん。八つ当たりだったよね。ちょっと、頭冷やしてくる」

「え?ちょっと、舞」

「明日には元に戻ってるから。セシリーちゃんと仲良くね?」


 泣きそうな顔をしながら、舞は去って行ってしまった。

 二人取り残された僕たち。


「お客様扱い、か……」


 そんなつもりはなかったけど、彼女が疎外感を持っていたのは事実だ。


「私も、ついはしゃいじゃってごめんなさい」

「いや、僕が悪かった。舞が気を遣い過ぎるのがもどかしかったんだけど、裏目に出ちゃったみたいだ」


 大切な友達だと思っていたのに、二人で勝手に盛り上がって。

 彼女を傷つけてしまって。ちょっと凹む。


 それに、僕に対する態度。うぬぼれじゃなければ、舞はきっと……。

 とにかく、話さないと。


「ちょっと、舞と話してくる」


 どの道、最近の関係が少し歪だったのだ。

 一度、二人でじっくり話す時間が必要だと思っていた。


「うん。言ってらっしゃい。舞には謝っておいて?」


 しょぼんとしたセシリー。彼女にこんな顔をさせてしまった事が申し訳ない。


「セシリーは悪くないけど。言っておくよ」


 それだけ言って、僕は家を出たのだった。

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