第15話 ラーメン好きなお父さんっ子との出会い(1)

「なんだか、今日は暑いね……」


 午後の強い日差しを浴びながら、新宿駅前でつぶやく。

 今日はRamen Walkers特別編だ。


「最高気温は25℃みたいよ」

「そりゃ、暑いわけだ。夏服にすれば良かったかな」


 時は4月、季節はまだ春。春の装いで来たのだけど、少し失敗だったようだ。


「私は天気予報見て、準備してきたから平気かな」

「私も平気ね」


 舞の服装を見ると、ショートパンツに短い袖のシャツと完全に夏の装いだ。

 セシリーはミニスカートに、同じく短い袖のシャツ。


「確かにちょっと失敗だったね……はあ」


 耐えられないほどではないけど、ジャケット脱ごうかな。

 そう思って、何気なくジャケットを脱いだのだけど。

 セシリーと舞が視線をそらして顔を赤らめている。


「どうしたの、二人とも?」

「急にキョウヤが脱ぐから……」

「脱ぐって、別に裸じゃないでしょ?」


 何がそんなに恥ずかしいのだろうか。


「だって、キョウ君鍛えてるでしょ。そういうの見ると私もドキっと来るよ?」

「そうなの?セシリー」

「私に振らないでよ!でも、そうね。肉体美というか」


 イマイチぴんと来ないけど、そういうものか。


「にしても、チェルシーさん、遅いね」


 腕時計を見ると、待ち合わせの13:30からもう10分経っている。


「ちょっとチャットで聞いてみるわね」


 ぱぱぱっと何やらスマホを操作しているセシリー。


「電車にちょっと乗り遅れた。15分くらい遅れる、だそうよ」

「初来日だしね。仕方ないか」

「東京の電車網はcrazyだ、なんてイギリスの友達から聞いたことあるわ」

「crazy?イギリスにも電車はあるよね。アメリカも」

「イギリスと東京だと、路線図の複雑さが段違いなのよ」

「そういうものなのか。イギリスに行ったら実感できるかな」


 今度の長期休みにロンドンへ案内してくれることになっているのを思い出す。


「チェルシーさん、どんな人なのかなあ。すっごく綺麗だったよね」


 と舞が言った側から、


『Hi, Cecilia』


 その声に振り向くと、まさにその当人が立っていた。

 綺麗なブロンドの髪と碧眼、長身に出るところは出ているモデル体型。

 実物を見ると、写真より遥かに美人さんで一瞬言葉を失ってしまう。


「キョウヤ!」


 何やら不満そうな表情だ。


「なに?って、痛い痛い……」


 急に脇腹に痛みが走ったと思ったら、セシリーにつねられていた。


「やっぱり、胸の大きい子が好きなの?」


 一瞬、彼女の胸に視線が行ったことを鋭く見抜かれていたようだ。

 しかし、それくらいは許してほしい。


「つい見ちゃっただけだよ。セシリーが最高なのは変わらないって」

「わかってるけど。やっぱり、私だけ見てて欲しいの」


 なんとも可愛らしい嫉妬。

 嫉妬らしい嫉妬をあまりしない彼女だけに、少し新鮮だ。

 ギュっと抱きしめて、「好きだよ」とささやく。

 「うん。私も」なんて返してくるものだからますます愛らしい。

 そんなことをしていると、


「セシリーちゃん、キョウ君。チェルシーさんが気まずそうだけど」


 その声に我に返ると、なんともいえない表情のチェルシーさん。

 揃って僕らは黙り込んでしまう。セシリーまで人目を忘れるとは。


『ごめんなさい。初めまして、チェルシーさん。私がセシリアよ』


 そう英語で自己紹介するセシリー。


『実際に会うのはこれが初めてですね。私がチェルシーです。よろしくね』


 そう言って、握手をする二人。

 セシリーの背が低いので、大人が子どもと握手しているようにも見える。


『そこの男の人は、セシリアの彼氏ですか?』

『ええ。ちょっと恥ずかしいところを見られちゃいましたけど』


 頭の中で日本語に翻訳しながら、彼女たちの会話を聞く僕。

 丁寧な感じか、フランクなのかは未だに迷う。


『あ、僕はキョウヤと言います。セシリーから聞いてます?』

『ええ。アシスタントだと聞いてますが、彼氏なのは初耳です』

「そうなんだ。セシリー?」


 日本語に切り替えて、セシリーに聞く。


「初対面の人に彼氏が一緒に来るから、って言うの恥ずかしいじゃない?」

「言われてみると、そうかも」


 なんて言い合っていると、


「あのー。ちょっと説明してくれると助かるんだけど」


 会話についていけていない舞が、気まずそうに聞いてきた。


「ごめんごめん。ちょっと自己紹介をしてただけ。で、僕がセシリーの彼氏なのか?って話があってね」

「ああ、さっきの様子見たら誰でもそう思うよね」


 舞も苦笑いだ。


「さっきのは悪かったよ。ほんと」

「反省してるわ」

 

 二人揃って、少し落ち込む。すると、


『そちらの女性は……?』


 チェルシーさんからの質問。


『あ、こちらはマイ。今回のゲストで、私達の友達よ』

『メールで聞いていたマイですね。よろしく』


 そう言って、舞に手を差し出したチェルシーさん。


「え、ええと?」


 困惑した様子の舞。


「自己紹介の挨拶。よろしくだって」

「あ、そういうこと」


 納得が行った様子の舞。


『Hello, Chelsea. My name is Mai Shinjo』

(こんにちは、チェルシーさん。私の名前は新庄舞です)


 と、少し固さの残る英語で挨拶をして、握手をかわしたのだった。


「録画は、店の前に行ってからでいいのよね?」

「うん。それまでは、特に気にしないで」

「了解したわ」


 風景まで含めて録画するというのもアリだけど、そんなに面白くもないだろう。


「さっきのキョウ君とセシリーちゃんのやり取り、録画してあるよ?」

「いつの間に。スマホのアプリ?」

「うん。私も録画してみたくなって。で、これ流すの面白くない?」


 悪戯めいた表情で、僕とセシリーの恥ずかしいやり取りの録画を見せてくる。


「僕はいいけど、セシリーがね」

「ダメダメ、そんなの。恥ずかしすぎるわ!消しなさい!」


 慌てて、舞のスマホを奪い取ろうとするセシリー。

 

「わかったよ。でも、私が残しておいてもいいよね?」

「僕はいいけど。後で送ってね」


 考えてみると、動画でさっきのような可愛らしい様子を収めたものはなかった。


「うん。じゃあ、また後で送るね」

「駄目よ。消して!」


 対照的なやり取りをする僕たち。


『何がなんだかわからないけど。仲がいいんですね』


 なんだか微笑ましい表情のチェルシーさん。


『失礼しました。つい、こっちで盛り上がっちゃって』


 反射的につい謝ってしまう。


『友達と仲がいいのはいいことだと思いますよ』


 そう言ってくれるチェルシーさん。

 ゲストを放置で盛り上がるのは良くないな。うん。


『じゃあ、そろそろ案内するわよ?』


 いつの間にか立ち直っていたセシリーの声。


『日本のラーメンは初めてなので楽しみです』


 わくわくした感じのチェルシーさん。


「ぜんっぜん聞き取れないんだけど」


 少し悔しそうな表情の舞。


「必要だったら、セシリーが通訳してくれるから。ね?」


 彼女をなだめる僕。


 そうして、Ramen Walkers特別編が始まったのだった。

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