第6話 牡蠣ラーメンデート

 時は流れて週末。今日は、セシリーと約束した、牡蠣かきラーメンを食べに行く日だ。僕も、牡蠣ラーメンはとても楽しみなので、今から待ち遠しい。


 ピンポーン。インターフォンが鳴ったと思ったら、どたどたどたと駆けて来て、僕に飛びついてくる。


「んー。会いたかったわよ。キョウヤ♪」


 正面から思いっきり抱きしめられて、僕の胸板に頭を擦り付けられる。今は他に誰も見ていないから、ちっとも遠慮がない。


「よしよし」


 僕も抱きしめ返しつつ、髪を撫でてあげる。髪はサラサラで、よく手入れしているのがわかる。


「いい匂いだね。また、別の香水?」

「ちょっと今日はフローラル系にしたみたの。どう?」


 セシリーは、期待するような瞳で見つめてくる。


「いい匂いだよ。よく似合ってる」

「ありがと。嬉しい」


 猫だったら、ごろごろと言いそうなほどの上機嫌だ。


「ん。ちゅ」


 と思ったら、口づけて来たので、こっちもお返しに口づけをする。


「はあ。ん」


 少しずつ、彼女の顔が上気してきたけど、肝心な事を忘れているような。


「あ、そういえば、今日はデートに行くんだったよね」


 危うくデートを忘れて、そのままイチャイチャするところだった。


「あ、そうよね。じゃ、この続きは、ラーメン食べた後にね?」


 中断されたせいか、セシリーはご不満な様子。


「じゃ、行こうか」


 手早く準備をして家を出る。空を見ると晴れていて、ぽかぽかと暖かい。


「んー。デート日和よね」


 伸びをしながら言うセシリー。ご機嫌なようで何より。


「春は暖かくていいよね。暑くもなく、寒くもなく」

「私は、キョウヤが一緒ならいつでもいい♪」


 まだ周囲に人が居ないせいか、堂々としたものだ。


 しばらく歩いていると、大通りに出る。


 セシリーもさっきまで絡めていた腕を離して、控えめに手を繋いでくる。恥ずかしがりながらも、やっぱり手をつなぎたいと思ってくれているのは嬉しい。


「どうしたの?」


 何か考えているのが伝わったのか、疑問顔だ。


「セシリーは相変わらず可愛いなって」

「も、もう。だから、今はそういうの止めてってば」


 ほら。すぐ、顔が真っ赤になる。


「そういう反応するから、僕も言いたくなるんだけどな」


 恥じらう彼女にちょっとしたイジワルをするのは最高の贅沢だ。


 そして、地元の駅から電車に乗る。電車はそれなりに混んでいて、さすがに僕もこの状況で大胆な行動は取れない。


「んー。楽しみ。ぐるろぐで☆3.6くらいだったのよね」

「レビューコメントも好評だったしね。期待できそう」


 訪れる予定のラーメン店の話をしながら、時間を潰す。牡蠣ラーメン、さぞかし美味しいんだろうな。


 地下鉄で3駅、それから歩いて5分くらいの裏路地にラーメン屋さんはあった。


麺屋余市めんやよいちか。草書体そうしょたいね」


 看板に書かれた、字体をみながら、ふむふむと分析するセシリー。日本好きが高じて、猛勉強したおかげで、セシリーは漢字の字体までわかる。


「そんなに並んでないね。これなら、10分くらいで入れそうだ」


 狭い店内の少し外まで列は出来ていたけど、この分なら今のお客さんが出れば席が空くだろう。ラーメン店をいくつも回っている内に、だいたい何分くらいで列がはけるかわかるようになった。


 そして、予想通り、10分とちょっとで列がはけて、僕はすばやく、「余市特製 牡蠣ラーメン」の券を買って、席に着く。セシリーはというと、僕の頼んだのと同じのに加えて、牡蠣ご飯まで頼んだみたいだ。


 カウンター席に並んで座って、待っていると、5分程して、牡蠣ラーメンが運ばれてきた。牡蠣でとったらしい出汁は白濁していて、その上にふんだんに煮た牡蠣が添えられている。ネギや三つ葉、海苔といった薬味も控えめな彩りがよく合っている。


 セシリーの頼んだ牡蠣ご飯も、大量の牡蠣に、三つ葉とネギが添えられていて、美味しそうだ。


「いただきまーす」

「いただきます」


 食前の挨拶を済ませて、まずは麺を一口とスープをすする。


「凄い濃厚な牡蠣の味がするね。ご飯が合いそうだ」


 一口食べた正食な感想がそれだった。なるほど、券売機にご飯のみがあったのはそういうことかと今更納得する。


「スープも美味しいわね。幸せ……」


 多幸感からか、とろーんとした目つきになるセシリー。空腹のせいもあり、瞬く間に食べ尽くしてしまい、スープも飲み干してしまった。


「ここのスープは飲み干したくなるよね」

「ご飯を入れても美味しそう♪」


 ふと、セシリーの頼んだ牡蠣ご飯に手がつけられていないのに気がつく。


「セシリー、牡蠣ご飯食べないの?」

「あ!ラーメンが美味しすぎて、忘れてた」

「おっちょこちょいなんだから」

「うん。こっちも美味しいわ。ほんと、贅沢よね」


 幸せそうな顔をして、箸で牡蠣ご飯を口に運ぶセシリー。


「美味しそうだね。僕も頼めば良かった」


 まだ、腹に入りそうだったので、ついそう思ってしまう。


「キョウヤも食べる?」


 食べかけの器をこちらに寄越してくるセシリー。


「それじゃ、遠慮なく」


 パクっと一口牡蠣ご飯を口に運ぶ。煮込まれた牡蠣の濃厚な味わいとご飯がよく口にあって、その濃厚さを三つ葉やネギがうまく中和していて、ほんとに美味しい。


 その後、残った牡蠣ご飯をシェアしあって、満足して店を後にしたのだった。


「これは当たりだったね」


 牡蠣ラーメンなんて初めて食べたけど、こんなに美味しいとは。


「でしょ?私の目に狂いは無かったわ」


 彼女はどこか自慢げだ。


「さすがセシリー」 


 彼女のラーメンに関する嗅覚は本物で、一緒に行くラーメン屋は大抵当たりだ。


「これ、Ramen Walkersで取材しない?」

「うん。ありかも。後で電話で聞いてみよう」


 Ramen Walkersでレビューする店は、許可を取って、ぶっつけ本番で行くこともあるけど、こうやって、下調べした店を紹介することも時々ある。


「そういえば、まいにも知らせなきゃ」


 思い出したようにセシリーが言う。


「今度、着いて来たいって言ってたしね。危ない危ない」


 舞が来るといつもとノリが違うから、構成を考えておかなきゃ。


「じゃ、そろそろ帰りましょ?」


 腕を引いて、帰ろうとするセシリーだけど。


「せっかくだから、もうちょっと色々見て回ろうよ。映画館とかもあるし」

「キョウヤのイジワル」


 セシリーは何故か、不満げな顔だ。


「ひょっとして、早く二人だけになりたい?」


 彼女が早く帰ろうなんて言う時は、大抵そうだった。


「うん……」


 頬を赤らめて、俯くセシリー。こんなおねだりには応えたくなってしまうけど。


「やっぱりもうちょっと見ていかない?イチャイチャは思う存分、後でできるし」


 二人だけで過ごす時間も好きだけど、こうやって外を一緒に回るのも好きなのだ。


「わかったわ。その分、後で期待してるからね?」


 上目遣いで、その青い瞳でじっと見つめられる。純真無垢な子どものような瞳だけど、不思議と色香がある。


「うん。約束」


 小指で軽く指切りをして離す。約束をする時の僕たちの間のルール。


 でも、この調子だと、二人っきりになったら、凄く甘えて来そうだ。そんな時間も大好きだから、どっちにしても不満はないのだけど。


 こうして、土曜の一日は過ぎて行くのだった。

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