楽園追放Ⅰ 僕の儚くも浅ましきイデア
高坂悠貴
1章 Anthem
1章0話 - プロローグ
「
ふたたびカインの指先が、
その数は、数千、数億
「逃げて!」
自分はどうなってもいい。だから君だけは逃げて。生きのびて。
金の少女にむかって、ヒロは叫ぶ。
だがカインの言葉を借りるなら、ここは残酷な狩人が
騎士。そう、騎士だ。いくら血と戦塵にまみれ、獲物と
「E pero leva su
(立ちあがるのよ)」
騎士は
「vinci l'amba s c ia co n l' animo che vince ogne battagl ia se col suo g rave corpo non s'a cca scia
(もし魂が肉体の重みに耐えるなら、あらゆる戦いに打ち克てる!)」
賭ける。
運命の心変わりではなく、シャロンという命の可能性に。
どうか私こそが窮状を打破する、ひとすじの光輝であらんことを。
「ああァあぁああぁぁぁッ……!」
少女は駆けた。光となって駆けた。
怒りが血を
――シャロン・アシュレイがそう〈定義〉した。
「フン。その根性論でどこまでイけるか試してやるよ」
あきらかに様子の変わった獲物をまえに、だがカインの余裕はくずれない。
しなやかな腕が、
たちまち
騎士は逃げない。逃げられない。彼女の背後には、ただの一般人でしかない少年と運命の少女がいる。戦闘能力がなく、逃げる手段や道のりも持たない彼らは、敵の手中にあらずとも人質同然。
よって
「parole gravi, avvegna ch'io mi senta
(もとより私は、たとい命運に激しく撃たれようとも)
ben tetragono ai colpi di ventura;
(怯み、たじろぐ者ではありませぬが)
per che la voglia mia saria contenta
(それゆえ、いかなる災禍が迫るのを)
d'intender qual fortuna mi s'appressa:
(聞くは我が本懐とするところ)」
黄金の濃霧に、紅がきらめいた。
何千何百の兇弾をたたきおとす、その火花が、一面に火光の色を
「che saetta previsa vien piu lenta(迫ると知った矢など、当たるに弱し)。……軽いのよ、あなたの兇器は」
破砕物はみな彼女の足元に
圧倒的で、幻想的な光景だった。カインの攻撃が野性的で原始的な
勝てる。これなら血で血を洗う地獄をとめられる。
そう確信した直後だった。
「だから
「――か、は……ッ」
なんの予兆もなく、シャロンの足下から氷の乱刃が現れる。存在理由すべてを殺傷につぎこんだ
悲鳴らしい悲鳴を待つことなく、
――……少女もろとも砕け散った。
しん、と。
死の静寂がみちる。
「あっけねぇ。もうイっちまったのか」
太陽を
「……ぁ、」
ヒロのくちびるから
「……死ん……? あ、ぁ……ああッ? そ…んな……?」
「ハッ、雑魚一匹死んだことがそんなに信じられねェか? だったらてめえが抱きかかえているそれはなんだってんだ?」
騎士という
騎士が命を賭してまで守りたかった銀の幼子は。
――ヒロの腕のなか、枯れ木のように干からびて絶命していた。
「……え?」
「なにもしてねェのに、どうしてだって
呆然とするヒロの頬をつかみ、カインは無理矢理に顔をあげさせる。研ぎ澄まされた
「そうだ、てめえはなにも為さず、なにもできやしない。目を閉じ、耳を塞いで、手で
……そうだ。逃げなかった。足手まといにしかなれなかった。
「ましてや誰も救えねぇ。この惨状を見て、悲鳴を聞いて、手をさしだすことも、武器を
……返す言葉もない。戦わなかった。彼女たちを逃がすための時間稼ぎにもなれなかった。
「だが、それはしょうがねェ話だ。てめえは
ヒロが唯一
存在することで、彼女たちを死に追いやった。
「あばよ。――オレ様が死ぬのも、てめえのせいだ」
カインはヒロの手をとり、頬に導き。
「――……」
生きている者は誰ひとり存在しない。
銀の幼子も、金の少女も、残酷な青年も、みな死に絶えた。
「…………ああ、そうか」
たったひとりで佇みながら、ヒロは呟く。
「知っていたじゃないか……。僕が存在するだけで、みんなが争うんだ。僕が存在するだけで、みんな苦しみながら死んで逝くんだ。だから、だから、僕は――……」
「願ったんだ。死なないでって……どうか犠牲は僕だけであるようにって……」
祈っていた。願っていた。希い、かくあれかしと望んできた。
けれどその祈りは、夢だから、現実には成りえないから望んだわけじゃない。吹けば飛ぶような軽い気持ちで願ったわけじゃない。
ここは夢のように非現実的な世界で、けれど夢とも現実とも違う場所だから。なによりただ見殺しにするしかなかった頃とは違い、人間として生きた記憶が今のヒロにはあったから。
この現実を変えてしまえばいいのだ。
世界を。世界の在り方を。その方法を知っている。
だから紡ぐ。言葉を。意志を。
「……この世界を〈
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