スライムを拾った④

「そんなに寂しいなら、故郷に帰ればいいじゃないか」


「一人で帰れるなら、とっくに帰ってるわよ! でも、水がないと乾いちゃうの! それにあたしがどこから来たのかもわからないし……」


「ふーん、大変なんだな。それじゃあ、俺はそろそろ行くよ」


「ちょっと待ちなさいよ、冷たすぎじゃない!? 聞くだけ聞いてさようならは酷いわよ!」


 スライムは慌てて俺を引き留めた。


「お前が勝手に話してきたんだろ」


「それとも、急いでいるの?」


「いや、別にそういうわけじゃ」


 俺は馬鹿正直に答えた。


「それじゃあ、どこに行こうとしているの?」


「とりあえず麓の町かな」


「悪いことはいわないから、止めておきなさい。ちょっとは腕に自信があるんでしょうけど、スケルトン一匹で行っても返り討ちに遭うだけよ」


「誰が攻めに行くなんていった? 物騒ぶっそうなこといわないでくれるか?」


「おやおや、知らないんだ。あそこの町は古い風習が残っていて、魔族というだけで石を投げられるのよ」


「それって当たり前じゃないのか?」


 魔族が人間に近付こうものなら、剣で斬りかかったり弓矢を射たりするのは普通の行動である。


「当たり前って、いつの時代の人なの?」


 スライムは呆れるようにいった。


「なあ、今って来光歴何年だ?」


 俺は逆にそう聞き返した。


「んー、確か2320年くらいじゃない?」


「2320年……? マジで?」


「マジよ」


 俺が三十歳の誕生日を迎えたのが2020年のことである。


 スライムの言葉が本当なら、ここはあれから300年後の世界ということになる。


「もしかして人間だった頃の記憶が残っているの?」


「ああ、しっかりとな」


「すごーい!」


 スライムは驚きの声をあげた。


「ちっともすごくない」


 俺はつまらなさそうにいった。


「ううん、すごいよ! ただのスケルトンは人間の頃の記憶なんて持ってないもん! だからあなたはただのスケルトンじゃないのよ!」


 一応褒められているので悪い気はしないが、超嬉しいかといわれれば微妙な気持ちだ。


 いきなり三百年も経ったといわれたショックが大きすぎるからだ。


「ところで、町まで下りて何をしに行くつもりだったのよ」


 久し振りの話し相手ができて嬉しいのか、スライムの口は止まらなかった。


「少し調べたいことがあってな」


「調べたいことって?」


「自分がどうして死んだのかとか」


「くすくす、何それ変なの」


 俺の答えに、スライムは笑い出した。


「どうして笑うんだよ」


 俺は口を尖らせた。


「だって、あなたはまだ死んでないじゃない?」


「それは生死に対する価値観の相違だな」


 想定外すぎる言葉に、俺の口元は思わず緩んでしまった。表情は骨だからわからないかも知れないが。


 本音をいうと、俺も自分が死んだといまいち実感できていなかったので、ツボに入ってしまったのだ。


「ねえ、どうせ暇なら、あたしも連れていってよ」


「話を聞いていたか? 俺は自分がどうして死んだのか調べに行くんだぞ」


「だったら別に危険を冒して麓の町に下りる必要もないじゃない? 人と魔族が一緒に暮らしている町だっていっぱいあるんだし」


「人と魔族が一緒に暮らしているのか、この300年の間に随分と変わったんだな」


 俺はそう独り言を呟いた。


 俺の生きていた時代、人間が魔族と交流を持とうものなら、一族郎党いちぞくろうとう人里から追放されたからだ。


「それはそうかも知れないが、お前を連れて行く方法が――」


――ある。


 俺のユニークスキルは一部の例外を除いて、あらゆるものを『収蔵』することができる。


 当然、生き物も『収蔵』することができるの。


 スライムと大量の水を『収蔵』すれば、水槽の完成だ。


 問題があるとすれば、相手の動きを封じられるわけではないので、体内で暴れられると大惨事である。


「その顔は、あたしを連れて行く方法がありそうね」


 スライムは目敏めざとくいった。


 この骨の顔の表情を読むとは、なかなかやるな。


「でも、俺にはお前を連れて行く理由がない」


 俺はきっぱりと断った。

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