スライムを拾った②

 さて、と俺は棺の縁に腰を下ろした。


 その振動で、棺の中の金貨の山がじゃらりと崩れた。


 改めて、手の平に視線を落とす。


 骨だ。


 紛うことなき、見事な白骨だ。


 さっきまでは何も感じなかったが、今はぼんやりとこの骨が自分の体だとわかるようになっていた。


 グー、パー、グー、パー。


 体の動きも徐々に滑らかになってきている。


 よし、落ち着いてきたし、状況を整理しよう。


 ランドダークの北の地にある人類の拠点、要塞都市は居住できる人数が決まっていた。


 孤児だった俺は、十五歳の時点で学業か武道で優れた成績を収めていなければ城壁外の村へと追放される決まりとなっていた。


 そして、俺は文武どちらの才能にも恵まれなかった。


 十五歳で俺の光ある道は断たれ、命じられたのは城壁外の草むしりだった。


 雨の日も風の日も、日の出から夕暮れまで俺は草をむしり続けた。


 むしってもむしっても、草が枯れることはなかった。


 草をむしって得られる給料は僅かで、日々の暮らしで一杯一杯だった。


 元々人付き合いの苦手だった俺に友達と呼べるような存在は居なかったし、当然彼女を作る余裕もなかった。


 俺はそんな生活を十五年間続けた。


 人生の半分を無為に過ごしたといっても過言ではなかった。


 そんなある日、このままじゃいけないと思った俺は、なけなしの貯金を手に酒場を訪れた。


 そこで俺は勇気を振り絞って、一人の女性に声をかけた。


 俺が上擦うわずった声で「同席いいですか」と聞くと、「大丈夫ですよ」と快く了承してくれた。


 その時の笑顔が堪らなく可愛かった。


 緊張で心臓が破裂しそうなくらい脈打ち、痙攣する足を必死に押さえつけていた記憶は残っていた。


 しかし、そこから先の記憶が曖昧だった。


 料理を注文して、先に麦酒が運ばれてきて、乾杯して、それから……。


(ダメだ、思い出せない)


 結局、俺はあの女性とどうなったのだろうか。


 俺の眉間には、剣でも突き立てられたのかというような穴が開いていた。


 死因はやはりこの傷なのだろうか。


 最凶最悪の魔王が討たれたというのは本当だろうか。


 そして、俺はどうしてその魔王を討ち滅ぼした伝説の冒険者の墓で眠っていたのだろうか。


 色々気になることは山積みだが、目下の疑問は別のところにあった。


 俺のユニークスキルは『収蔵しゅうぞう』である。


 ただ物を蓄えるだけで、戦いには何の役にも立たなかった。


 草むしりの最中、ポーションの原料となるシュンカイ草を見付けては『収蔵』し、小銭を稼ぐくらいにしか役立てられなかった。


 そして今、その『収蔵』にあり得ない量のマナが満ちていた。


 マナとは、スキルを発現させる際に必要なエネルギーのことである。


 ちなみに、俺のユニークスキルだと、物を『収蔵』したり取り出したりする際に、微量のマナが必要になる。


 仮に生前の『収蔵』量を100とすると、今は10000を軽く超えていた。


 正直、自分でも全貌を把握できていなかった。


 把握できているだけで100倍あるのだ。


 そのざっと100倍以上の容量に、マナが満ちていた。


 自分でもぞっとする力の塊である。


 ここからは推測になるが、俺が死んだ後も、『収蔵』をつかさどる部分だけはずっと活動を続け、この山――恐らく霊峰れいほうミツルギ――のマナを吸い上げ、拡張していったのだろう。


 理論的にはそれで説明が付くのだが、そうなるまでの時間は想像すら付かなかった。


 100年、200年、あるいはもっと。


 俺が死んでから、ここは何年後の世界なのだろうか。


 そもそも、脳みそのないこの空っぽの頭で、俺はどうやって記憶や自我を保てているのだろうか。


 眼球もないのに視界は鮮明だし。


 何なら生前よりも目は良くなっていた。


 意識すれば、自分のつるつるの後頭部だって俯瞰ふかんすることができた。


(ひょっとして――)


 俺は一つ、ひらめいた。


 視界と同じ要領で、声を出したいと意識すればいいのではないか。


「あ、あ、赤巻紙黄巻紙青巻紙」


 やはりそうだ。


 しかも、生前はできなかった早口言葉をこんなにもすらすらと。


 口を動かしているわけではないので、噛む心配はなかった。


「よし、行くか!」


 俺は気合いを入れて立ち上がった。

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