第84話 キリスト問答?

(永禄5年 (1562年)3月下旬)

魯兄者、そんな声が聞こえた。

廊下でとたとたと足音を立ててお市が駆けて来て、そのまま飛び込んできた。

思わず抱き締めたがお市の勢いで吹き飛ばされそうになる。

背丈も大きくなり、俺と余り変わらない。

15歳だというのに小さい頃の儘だ。


「魯兄者、今日から解禁なのじゃ」

「あぁ、判っている。連れて行ってやる」

「魯兄者の為に一杯頑張るのじゃ」


俺はお市の頭の上に手を置いて嗜めた。

まったく悪意のない眼差しを俺に送ってくれる妹だ。

兄上 (信長)に負けず、俺も過保護だ。

千代女がぼそりと「過保護ではなく、身内に甘々過ぎます」と呟いた。

お市もちょっとむっとしたようだ。

俺の弱点…………そうではない欠点だ。


「頼むから大人しくしてくれ。俺としてはここに残って欲しいくらいだ」

「それは駄目なのじゃ。千代に負ける訳にいかないのじゃ」

「妙な所で張り合うな」

「わらわが一番魯兄者の役に立つのじゃ」

「はぁ、ならば秀吉の言う事を聞け。我儘はなしだ」

「もちろんなのじゃ」


満面の笑みでそう答えるが、お市の『もちろん』はアテにならない。

そして、お市のお目付け役であり、お目付けられ役でもある輝ノ介はもっと期待できない。

柱を背に輝ノ介も俺を待っていた。


「余を置いて、よもや海戦になるのではないかとハラハラしたぞ」

「敵が動けば、置いてゆきます」

「少しは融通を利かせろ」

「京に送り返さなかっただけでも感謝して下さい。その気になれば、琉球王の返事を薩摩で受け取っても良かった。その意味は判るでしょう」

「ふん」

「輝ノ介、魯兄者がそんな酷い事をする訳がないのじゃ」


お市のその絶対的な信頼はどこから来ているのだ?

この猛獣もうじゅうらの扱いは難しい。

秀吉に押し付けるつもりだが、今一つ御し切れていない。

早く猛獣もうじゅう使い秀吉になって貰わないと俺が疲れる。

お市に連れられて評定の間に入った。


 ◇◇◇


評定の間には鎧を外した戦装束の武士がずらりと並んでいた。

俺達が中に入ると一斉に頭を下げて出迎えてくれた。

まず挨拶だ。

それが終わると、これから出陣する事を告げた。

出陣の前に平戸の問題を片付ける。


『宣教師らをここへ』


畿内から呼んだ宣教師を入れた。

その中央を通って黒い宣教師の服を身に纏ったコスメ・デ・トーレス、ガスパル・ヴィレラ、ルイス・デ・アルメイダ、ロレンソ了斎りょうさいらが入ってくる。

トーレス司祭はインドでイエズス会の創設メンバーの1人であるフランシスコ・ザビエルから日の本を任された。

この日の本に限って言えば、ザビエルが亡くなって以降、実質の東南アジアの統括者となったインド管区長代理フランシスコ・カブラル司祭と対等と言ってもいい。


また、アルメイダ神父も九州に来訪し、平戸や府内で活動を続け、宣教師として洗礼を行い。あるいは医師として多くの患者を助けて信頼を得た一人だ。

アルメイダ神父を慕うキリシタンが平戸には多くいた。


ガスパル・ヴィレラはインド管区副管区長メルシオール・ヌーネス・バレトと共に府内に来日した。

ザビエルにより指名されて日の本に来たバルタザル・ガーゴ神父が平戸の仏教徒と対立して松浦-隆信まつら-たかのぶから退去を命じられると、代わりに平戸に入ったのがガスパルであった。

その後に龍造寺りゅうぞうじ-隆信たかのぶの強引な仲裁が入って、ガスパルは府内に戻った。

残念ながら一緒に来日したメルシオール・ヌーネス・バレトは、コインブラの神学教授であり、ザビエルからバサイン学院長に指名され、インド管区副管区長を務めた者だが、すでにゴアに戻っている。


バルタザル・ガーゴ神父もまたザビエルに指名されて日の本に来た一人だ。

平戸で1,500人もの洗礼を行った。

しかし、精力的な活動が仏教徒の目に入って対立し、松浦-隆信まつら-たかのぶから退去を命じられて府内に移った。

バルタザル・ガーゴ神父が府内に来た事で、トーレス司祭は俺に洗礼を受けさせる事を目的として拠点を畿内に移した経緯がある。

その頃からローマ教皇に従って俺を邪教徒と見る幕府対立派は平戸と佐嘉を拠点とし、俺に洗礼を受けさせてローマ教皇との仲介を考える幕府融和派は府内と畿内を中心に活動するようになった。


「ようやく拝謁が叶い。嬉しく存じ上げます」

「久しいな。少し老けたか?」

信照のぶてる様は立派になられました。嬉しく存じ上げます」

「日の本の言葉が流暢りゅうちょうになったな」

信照のぶてる様がしゃべられましたポルトガル語の流暢さに及びません」

「そんな事はない。約束通り、多くの苗と種を送ってくれた事を嬉しく思う」

「いいえ、キリスト教を保護して頂きまして、厚く御礼を申し上げます。そして、この度の不祥事を謝罪させて頂きます」


まずは堺で会った頃を懐かしみ、互いに約束を果たした事を確認した。

トーレス司祭は保護と言っているが、寺社に実力行使を禁じたのみだ。

擁護も協力も一切していない。

ただ、取引をして定期的に献上品を尾張に送れば、織田家の保護下にあると世間では見なされた。

少なくとも堺や京では、強硬な手段で排斥されることはなかった。


後ろには、高山たかやま-図書ずしょ、バルタザル・ガーゴ、ジョアン・フェルナンデスと共に多くの神父・修道士が控えていた。


牢から出された図書ずしょを平戸に籠ったキリシタンとの交渉人に指名した。

しかし、交渉は巧く進まない。

唐津で捕えた宣教師を付けたが好転せず、フランシスコ・カブラル司祭が平戸を去っても崩せずにいた。

その内に大村-純忠おおむら-すみただが逃亡してくると、交戦派が息を吹き返して攻勢に転じた。

しかし、攻勢は失敗する。

この大敗北で純忠すみただは没落したものの、まだ完全降伏とはいかなかった。

だが、多くの負傷者が出た。

青空の野戦病院が造られたが、医薬品もなく助かる命が消えてゆく。

元々食糧が少なく、なんとか山や海から調達していたが、その人手が減って女子供が炉端で倒れる姿が多くなった。

その頃から図書ずしょは平戸へ籠るキリシタンに同情するようになり、救済と慈悲を求めるように変わってきたのだ。


「太閤様、村を追い出された者は帰る場所がございません。何卒、温情をお願い致します」

「武装を解き、幕府に臣従せよ。すべてはそれからだ」

図書ずしょ、何の為の交渉と考えているのですか。対等な和議なのではありません。敗者はただ従うのみ。それを判らせなさい」

「千代女様、そう言われずにお願い致します。彼らも望んで反旗に加わった訳ではございません。御慈悲を!」


飢えて悲惨な状況になりつつあった平戸の救済が図書ずしょの使命となり、キリシタンの代弁者となっていた。

無能過ぎると千代女は図書ずしょを見限り、北九州のキリシタンを鎮静化したバルタザル・ガーゴ神父に変えた。

バルタザル・ガーゴ神父は平戸の宣教師とは仲が悪かった。


この北九州でバルタザル・ガーゴ神父の存在が大きい。

ローマ教皇の命令を絶対とし、幕府打倒を目指す平戸の幕府対立派と意見が割れていた。

バルタザル・ガーゴ神父を支持するディオゴ・ヴァス・デ・アラガン神父、その他にジョルジュ・デ・ファリア、メンデス・ピント、ディオゴ・ゼイモト、クリストバ・ボウリョら修道士が北九州のキリシタンの説得に尽力してくれた。

対立派からすれば、融和派の裏切りによって追い詰められた。

今回も邪魔をされたと思っている。

敵である俺より味方の裏切りが許せないようだ。

松浦-隆信まつら-たかのぶらとの関係は好転したが、今度は平戸の宣教師らが妥協しなくなった。

難しいモノだ。


という訳でトーレス司祭らを呼び出す事になった。

トーレス司祭は畿内で謁見する為に奮闘したが、洗礼の話など聞きたくないので俺は拒絶し続けた。

それに俺には暇がない。


また、トーレス司祭が入っても宣教師らの活動は畿内や東海で苦戦が続いていた。

理解者は増えても洗礼者の数は奮わない。

尾張では飢えている者もおらず、子供は寺子屋で教育を受けているので神仏への信心深く、長屋に教会を建てたが洗礼者ゼロの日が続いていた。

尾張の宣教師からは、空を飛ぶか、海の上を走るくらいの『神の奇跡』でも見せないと入信者は期待できないと本国に向けて報告が送られている。

さり気なく、織田家の機密が漏れていた。

しかし、敢えて届かせないような真似はしない。

なぜならば、伊勢湾の周辺に住む者らが知っている事なので最早機密とも呼べないからだ。


堺の診療所で勤めているルイス・デ・アルメイダは医師や看護婦から俺の噂を聞いて、『泥烏須デウスから遣わされた使徒』であり、聖人とするべきだと持論を転換していた。

聖書に書かれている『エデンの東』、約束の地が日の本であり、日の本にいる神々や仏達は泥烏須デウスの天使達の末裔であり、洗礼が帰依という行為に変貌した。

この間違った教えを我々の正しい教えを広める事で正すべきだ。

我々を神がここに遣わされた理由はそこにあると言う。

独特な解釈に周りの宣教師も付いて行けない。

アルメイダは俺をアイドルでも見るような目できらきらと眼差しを向けていた。

俺からの呼び出しと聞くと、トーレス司祭に付いてやって来た。

今もトーレス司祭がアルメイダを制止しながら話を続けていた。


「不幸な事件が重なりましたが信照のぶてる様が洗礼をお受けになれば、キリシタンを説得し、さらにイスパニア艦隊を返してみせます」

「平戸の説得を任せたいが、イスパニア艦隊はその限りではない」

「ですが…………」

『黙りなさい』


千代女が怒りを露わに、口を挟んできた。


「トーレス、余計な事に口を挟むな。太閤様はこれまでの恩義を感じて接しておられるが、国事に口を挟むなど、もっての外と心得よ」

「申し訳ございません。しかし、千代女様。このままでは…………」

『黙れと申した』


その怒気にトーレス司祭他、皆が怯える。

千代女の演技が様になる。

俺は仏を演じて温情を掛け、千代女は荒神となって恐怖を与える。

名護屋で隔離していた施設の一部で叛乱が起こった。

閉じ込めた一角に油を注いで家屋と共に500名が焼死した。

騒ぎを起こしたのは数十名でしかないが、それを抑えられないならば連帯責任で燃やされた。

他の家屋に閉じ込められている者らは恐怖に引き攣った。

騒ぎを起こした奴らが討ち取られ、抗議する熱心なキリシタンの首も飛ばされ、総勢数百名の首が俺に差し出された。

生き残る為には何でもやってくる。

この話が図書ずしょから平戸まで伝わると、従順になる所か、逆に恐怖で投降を渋り出す始末だ。

交渉の結果は頑なな拒絶となっていった。

降伏した瞬間に幕府軍が押し寄せて皆殺しにされる。

そう思われている。

その雰囲気を取り除く為に千代女が一芝居を打っていた。

俺はキリシタンを擁護しているが、周りはそうではないという演技だ。


「マタイの書に『右の頬を打たれたら左の頬を差し出せ』とあります。すでに右の頬を叩かれた一万人を超える殉教者がいます。平戸のキリシタンには左頬になっても問題ないと思われませんか?」

「それは余りにも無体なお考えでございます」

「どこがですか?」

「5万人もの信者に死ねと言われた事です」

「貴方も同じ事を言ったではないですか」

「言っておりません」

「何を言っているのです。太閤様が洗礼を受ければ、裏切られたと激怒した日の本にいる数十万人の仏教徒が蜂起して根絶やしにせねばなりません。貴方はそれらを殺せと言ったではないですか」

「彼らにも正しい教えを知らしめれば」

「正しい教えを知るキリスト教の宣教師ですら二派に分かれるのに、1,000年も続いてきた仏教徒らを簡単に説得できると思うのですか。仏教徒は何千万人もいるのですよ。強硬派のみとしても数十万人を殺す事になるでしょう。貴方はそれを望んだ。違いますか?」


千代女の言う通りだ。

始めから洗礼など受けるつもりはないが俺が改宗すれば、数千万の民が動揺する。

熱烈な仏教徒が蜂起する。

内乱に再び火を放つのと同義だ。


「周防でザビエルがキリストを説いた時に、洗礼を受けていない祖先はどうなっているか尋ねた事を忘れたのですか? 全知全能の神にしてはお粗末ですね」

「これは手痛い」


畿内より戻り、周防 (山口)で教会を建てる事を許されたザビエルは民衆に洗礼を受けるように奨めた時に、農民の一人が聞いたらしい。


“洗礼を受けていない先祖はどうなっているのか?”


ザビエルは聖書にあるように地獄に落ちたと説くと、


“あなたの信じている神様とは、ずいぶん無能で無慈悲ではないか。全能の神というなら、我々のご先祖も救ってくれてもいいではないか”


と反論したのだ。

これまでそんな反論をする民に出会った事のないザビエルは驚いて答えられなかったと言う。

トーレス司祭もその場にいたので、論争に負けないように神道と仏教を学んで、その腐敗ぶりを説いて理解者を増やしていた。

洗礼を受けて数十万人の仏教徒を殺すくらいならば、ここで5万人のキリシタンを殺した方が被害も小さい。

そう千代女に諭されてトーレス司祭も理解したようだ。


「トーレス司祭が良く学んでいる事は理解しております。ですから、ここに呼ばれた意味も理解して頂きたい。太閤様は平戸のキリシタンにさえ、慈悲を与えようとしておられます。それすら判らぬ者らならば、将来への遺恨を断つ為にわたくしがすべてを根切りに致しましょう」

「申し訳ございませんでした。洗礼の件はとり下げさせて頂きます。もう一度、どうすれば良いのかを思慮し直します。平戸の件もお任せ下さい。しかし…………」

「しかし、“イスパニア艦隊はどうするのか?”ですか?」

「はい」

「それこそ無用な心配です。太閤様がその気になれば、海を割って船を沈める事も、火の雨を降らせて焼き尽くす事も容易い。何の心配も要りません」


アルメイダが目を輝かせて顔を上げた。

海を割るのは『モーゼの十戒』のような海を二つに割るような妄想イメージを持ったような気がしたが違う。

千代女が言ったのは“魚雷ぎょらい”の事だ。

ゼンマイを動力にスクリューを回して水中を走って敵艦を撃沈する。


『ゼンマイ式カラクリ魚雷』


巻き終わったゼンマイが次々に次のゼンマイに動力を委譲するのは芸術だ。

使い捨てとは勿体ない。

そう言いたくなるような一品だ。

試作を完成させて夏の間に合わせるつもりだったが間に合わなかった。


火の雨は『テルミット焼夷弾しょういだん』の事だ。

決して、神話に出て来る流星雨ではない。

マグネシウム96%とアルミニウム4%から構成されるエレクトロン合金を燃やして落下させる。

燃焼温度は摂氏2,000度から3,000度に達し、燃焼中は水や消火剤をかけても消せないのでただ燃え尽きるのを待つしかない。

ただ、マグネシウムとアルミニウムを明国からの輸入に頼る時点で量産化できず、虎の子の10発しか用意できなかった。

防衛の為に半分を残しており、持ってきたのは5発のみだ。


千代女はハッタリを噛ました。

だがしかし、ここで昔の話を混ぜた。

俺が今川方に使った爆弾の話だ。


「太閤様は今川義元が用意した三万人の大軍をただお一人の神通力で排除しました。その伝承を聞いた事がないとは言わせません」

「もちろん、聞いておりますが…………」

「事実です」

「…………」


トーレス司祭ら宣教師が目を白黒にする。

完全な脅しだ。

俺は疫病退散から空を飛ぶなどの伝説を色々と作ってきた。

意図して作った訳ではないが、尾ひれが広がって、その神様は“どこの神だ”と言いたくなる。

もちろん、真偽はともかくトーレス司祭らも聞いていたようだ。


「おぉ。やはり信照のぶてる様は泥烏須デウスが遣わされた使徒なのです。トーレス司祭、何も心配する事はございません。我らは使徒様に従って行けば良いのです」

「アルメイダ。お主のように楽観的になれる者は少ないのだ」

「何をおっしゃいますか。この日の本こそが、我らの求めた新天地だったのです。この我らは生まれ変わるのです」


アルメイダが良い事を言った。

そもそもキリスト教の腐敗が進み、ローマ教皇を頂点する“カトリック” に対して、マルティン・ルターがローマ・カトリック教会から分離し“プロテスタント”を産んだ。

それほど聖職者の腐敗が酷かったのだ。

そこで“カトリック”の改革に立ち上がったのが“イエズス会”であり、聖書に書かれている事を正しく行う事で、“プロテスタント”への流れを止める事になった。

宗教改革という点では、“プロテスタント”と“イエズス会”は同じだった。

違う点は、ローマ教皇を頂点とするかしないかだ。

教会に行って聖母マリア像があればカトリックであり、マリアを人間とみなすプロテスタントの教会にはない。

キリスト教も時代と共に変化している。


「この日の本には多くの教えが流れ着いた。元々あった神道に聖徳太子の時代以前に、孔子こうし孟子もうし荘子そうし墨子ぼくしの考えが流れ着き、『道徳』として国に根付いた。聖徳太子の時代以後に、空海くうかい道風どうふう佐理すけまさ行成こうぜいなどが仏教を持ち帰って、大日靈貴おおひるめむち大日如来だいにちにょらいに習合した。この意味が判るか?」

(大日靈貴は天照大神の異称)

「何の話でございますか?」

「今、アルメイダが言ったであろう。キリスト教も変わらねばならん」

「いいえ。聖書に書かれている事が絶対であります」

「だが、解釈は人其々だ」


同じ文章でも解釈は違う。

聖書は絶対的に正しくとも、それを読む者にとって正義にも悪にも変わる。

キリスト、ユダヤ、イスラムの諸教は同じ神を崇めているが、互いに同じ神と認めない。

また、生活環境が違えば解釈も変わる。

中東圏の絶食は環境に適応する一環だが、欧米の絶食は健康と神への感謝となる。

神への感謝では同じだが意味が違う。


「詩経に『周は旧邦といえども、其命れ新たなり』という言葉がある。その土地に合うモノに変わらなければならぬ。そして古くなったモノも変わらねば、長く国は続かない。孔子の道徳も、仏教も、この日の本に合う形に変わった。腐敗もあるならば、それのみを正せば良い。すべてを否定しては受け入れて貰えると思うな。その先にあるのは、どちらかをすべて壊し合う『革命』だけだ。どれほど多くの血を必要とする事か」

「革命でございますか?」

「革命は国の形を変える。一掃できて気持ちは良いが大切なモノも多くを失う。そして、形を変える時に大きな歪みを生み、矛盾は腐敗へと繋がり、再び同じ道を辿る。どこまでも不毛な道だ」

「不毛でございますか?」

「不毛だ。綺麗になったと錯覚するが、草場のかげで泣く者の恨みを買う。それが新たな争いを生む。俺はそれを望まん。英国でも天使の使いを精霊とし、その下に妖精を置いた。泥烏須デウスを天照大神と同一神と認めたトーレスならば、判るであろう」

「神社のその他の神や仏教の仏を認めろと言う事ですか?」

「認めろとまでは言わない。だが、受け入れよ。論議は尽くして相手を変えるのは良いが抗争は認めん。より激しい争いを望むならば、日の本からキリシタンを排除する。そう為りたくなければ弁えよ」

「…………はい」

「トーレス。太閤様は決断されました。これ以上の議論は望んでおられません。其方の役儀は平戸にいるキリシタンの臣従のみです」

「畏まりました」

「我らがイスパニア艦隊を片付けるまでに終わらせなさい。いつまでも太閤様の御心を煩わせるならば、わたくしが大鉈を振るいます」

「心しておきます」

「ならば、行きなさい」


トーレス司祭らが頭を下げて出て行った。

後は、右筆代山中-長俊やまなか-ながとしが那覇湊に停泊中のイスパニア艦隊を夜襲する策を皆に説明する。

一度、船に乗ると皆を集めて説明できないので念入りに説明を重ねる。


えっ、琉球王の許可?


そんなモノはいるか。

帆船を使った奇襲に琉球方の先導は必要ない。

共闘を断ったのは向こうであり、少々荒っぽくなるが諦めて貰おう。


薩摩には黒田-官兵衛くろだ-かんべえを遣った。

今頃、島津家を始めとする南九州の武将らと、北条家、北畠家、山名家など東海・畿内から来た援軍の武将らに説明している頃だろう。

向こうの目的は琉球討伐だ。

兵は多いがイスパニア艦隊を相手に300石船と小早では辛かろう。

帆船の奇襲を合図に琉球に雪崩れ込む。

さぁ、開戦だ。

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