閑話.秀吉の立身出世物語(9)「羽柴じゃない秀吉誕生」
(永禄4年 (1561年)5月28日~8月25日)
おら達は
織田屋敷に入る事も許されず、おら達は
暇な時間に武家の嗜みと学んだが、切腹の手順などを教えられると気分は最悪になった。
28日になってやっと織田屋敷の
「この度は大変申し訳ございませんでした」
「いいえ、藤吉郎様は何も悪くございません。私が出過ぎたばかりにご迷惑をお掛けしました。お許し下さい」
一緒に戻って来た
「で、俺はいつ謝罪しろと言った」
「
「あぁ、そうであったな。忘れてくれ」
すべてを察せよと言うのは無茶であると千代女様から叱られたらしい。
「私が不注意でございました。名護屋浦の工事にも肥前のキリシタンが多く入っておりました。一向宗と同じと思わず、その危険性をまったく考えておりませんでした」
「そうだな」
「
おらも同じ説明を聞いていたが、島津家のようなキリシタンでない大名が貴重なのだとしか聞いていなかった。
何故、貴重かが判らなかった。
九州は大友家、龍造寺家、有馬家がキリシタン大名であり、大友家がキリスト教の布教を許していたので7ヶ国で布教がされている。
ならば、おらは島津家を取り込んだので成功と思った。
だが、そうではないらしい。
島津家を取り込んだ事で琉球併合が現実味を帯び、宣教師が警戒を強める。
琉球、
島津家は琉球との窓口らしい。
「博多の宣教師から
「俺もそう聞いている」
「その宣教師が言いますには、
「
「おら達の織田軍が負けると思っておるのでしょうか?」
「イスパニアの戦艦には新式の大砲が乗っている。しかも大小合わせて50隻を超える。そう聞いてどう思う?」
織田家にも50隻以上の船があるだ。
何を恐れるだ?
「藤吉郎様、織田家の船で大砲を積んでいる船は20隻ほどしかございません。しかも300石船の小さい帆船です。1,000石の大型船は軍艦『尾張』一隻のみです。対する南蛮船は3,000石船とも言える超大型船が平戸に停泊しておりました」
「あぁ、あの大きな船だか」
「あれと同じ船があるのです」
「それが50隻もだか?」
「すべてとは限りませんが、かなり多くあると思った方がよろしいと思います。ポルトガルが旧式の大砲ですが、イスパニアの言う新型の大砲の威力と数が問題です」
その通りだが、織田家も負けてないとばかりに言っただ。
「確かにまだ我が方の数は少ない。だが、尾張級二番艦『伊勢』、三番艦『近江』が進水式を終えて艤装に入っておる。もう1隻の蒸気船の進水式も近い。空いた造船所ではもう一隻の蒸気船も建造を始めている。少なくとも毎年四隻の尾張級を建造できる。さらに、3,000石級の三本マストの帆船を作れる造船所も今年中に二ヵ所造る。三年後にはそれなりの数が揃うぞ」
「三年後ですか?」
「三年後だ。船体安定の悪い1,000石船は外洋には向かない。無理をすれば、琉球くらいは交易に使えるが、南海の呂宋國までは危険だ。イスパニアの艦隊に攻め込むだけの艦船が足りないがしばらくの間だ」
「なるほど、宣教師らを謀って時間を稼ぐのが目的でしたか」
「南蛮の拠点は世界の反対にあるローマだ。行って帰ってくるだけで一年は掛かる。色々と駄々を捏ねて時間を稼ぐつもりだった」
その敵の大将はローマ教皇で、その信徒にポルトガル王とイスパニア王がいる。
ポルトガルから来る船は商人が多く、交易を望んでおり、ローマ教皇との和解を望んでいる。
だがしかし、宣教師は植民地を作る先兵であり、キリスタンを増やして国を乗っ取るらしい。
「この国を乗っ取るだか?」
「一向宗でも国を乗っ取ると考える者はいない。だが、それを考えるのがキリシタンだ」
「すぐに根切りをするだ」
「慌てるな。キリシタンでも法に従えば問題ない。キリシタン大名も奉公衆代官が力を奪われれば、何もできない。正面から戦うのが戦ではないぞ」
「戦だけが戦ではないのですな。承知しました」
イスパニア王は『異端者に君臨するくらいなら、命を100度失うほうがよい』と言うほどの敬虔なキリシタンで国の財政が破綻しても異端者を討とうとする。
邪教徒と認定された世界の果てにいる
そのイスパニア王は世界の半分を支配するらしい。
ド・偉い敵に目を付けられたようだ。
「世界の果ての日ノ本に艦隊を派遣するなど常軌を逸しているが、イスパニアの商人が日ノ本の茶を独占するという欲が絡む事で現実になってしまった」
「では、いつ攻めて来ても可笑しくないのでしょうか?」
「正確に言えば、そういう事だ。だが、向こうも弾薬や食糧や人員など足りないモノが多いのであろう」
海を渡ると沢山の船員が
イスパニア軍は南海の呂宋國を攻めて拠点を作っているが、兵が少ないので占領が進んでいないと
完全に占領した後、そこで弾薬や食糧や人員などを補充してから日ノ本に攻めてくる。
今が攻めるのは好機だが、攻めたくとも使える船がないそうだ。
「
「藤吉郎様、300石船の帆船に食糧と水を積むと兵がほとんど積めません」
「何か手はないのか?」
「呂宋國を攻めるならば、こちらも
4,000人で一国を取れと言うのはかなり無茶な話だ。
しかも駐留すれば、さらに食糧を消費する。
現地で調達できねば、飢えて死ぬのはおら達だ。
「イスパニアはどこから食糧を調達しておるのだ?」
「イスパニアは持ってきた銀を明国に売って、その銭で食糧を買っております。ポルトガル商人らも銭を出せば、どこにでも売ります」
「おら達もその手は使えんだか?」
「イスパニアと戦争になれば、ポルトガル商人らも売ってくれないでしょう」
やはり自分で運ぶしかないのか。
一度始めれば、それなりに平定するまで終わらない。
だから、準備が大切なのだと重ねて言われた。
おら達が島津家を取り込んだ事で、琉球の平定が本気と知られた。
先手を喫して、イスパニア艦隊か、ポルトガル商人らが琉球を中継地として取り込みにくる。
織田家も本気で琉球を急いで併合する必要になっただ。
おら達が迂闊だったと叱られるのも当然だ。
おらはもう一度謝っただ。
「別に怒っておらん。説明していなかった俺も悪い」
「しかし、それでは…………」
「安心しろ。その尻は自分で拭いて貰う」
名護屋を水軍府とし、総督を
「船奉行を改め、藤吉郎を水軍奉行とする」
「おらが水軍奉行…………水軍奉行とは何でございますか?」
「字の如く、水軍を指揮する者だ。宣教師らを謀って、3年以内に琉球を併合し、
そんな事ができるのか?
かなり無茶を言われたらしい。
おらもそんな気がした。
「できぬなどと言わさんぞ。その為に説明してやったのだ。何も一人でやれと言っている訳ではない。『三人寄れば、文殊の知恵』と言うであろう。皆で何とかして見せよ」
もしかして、その三人におらは入っているのか?
おらには無理だ。
良い案など1つも浮かばん。
「そう言えば、薩摩を鎮圧した褒美がまだであったな。褒美を与えねば、おれがケチと思われる。藤吉郎、『織田』の姓と、『照』の名とどちらが良い?」
何か嫌な予感がしただ。
確か、姓は名字で『
簡単に変える事ができると聞いた。
だが、『織田』を名乗ると意味が変わってくる。
『一門並だ』
そう評価されて素直に喜べただ。
だが、天下人の一門並とは重すぎるだ。
ならば、『照』の字か?
公方様から一字貰い『藤照』か、『吉照』になるだか?
名誉な事だ。
だが、後ろにいる
「
最初の一人と言う響きに怖さを感じた。
ちらりと
これも駄目だ。
「
「そうか、佐久間家と柴田家がよいか。ならば、これより『
「ありがとうごぜいますだ。織田家の重鎮の名を分けて頂けるとは感無量でございます」
「それは良かった」
怖かった目が戸惑った目に変わって横を向いていた。
さて、横の側近が薩摩の経緯を詳しく述べられた。
まずは
「
「申し訳ございません」
「残念だが叱る事ではない。これよりは身の程を弁えよ」
「畏まりました」
次に
「
「不徳の致す所でございます」
「安い挑発に乗ったのも頂けない」
「重ね重ね、不徳の致す所でございます」
「二人とも情けない事だが、目付けの
こちらも余りキツく罰せられないようだ。
二人に安堵の顔が見えた。
「これより
二人ががばっと顔を上げて何か言うとしたが、それを口にするのは留めた。
また、おらを睨む。
おら達を織田屋敷に入れなかったのはこの為だったか。
「秀吉。家臣の言動に目を配れ、言う事を聞かぬようならば処罰せよ。暴言を許すような事はさせるな」
「おらがするのですか」
「逆らうならば首を刎ねても構わん。俺が許す」
「お二人には判って頂くように努めます」
「好きにしろ」
これは褒美じゃなく、おらへの罰だ。
「さらに水軍奉行の旗艦として尾張級二番艦『伊勢』を使う事を許す。俸禄も一万貫文とする。それだけあれば、新しい家臣を食わすのに困る事もないでだろう」
「この二人に分け与えるのですか?」
「違う。この二人の俸禄はしばらく三河から出させる。本多家の者が岡崎松平家の者を引き連れて、そなたの奥方の所で世話になっているぞ」
そして、その岡崎衆は土地を親族などに譲って、お市様を頼ったらしい。
妻子を含めて、300人。
だが、お市様のいる土田御前の屋敷に行ったが門前払いをされて、おらの妻を頼った。
おねがいる長屋に留まっているらしい。
確かに、おらの俸禄は1,000貫文を頂ける事になっていたが、それを家臣に分け与えている。
召しかかえるには心許ない…………というか、無理だ。
それだけの俸禄が残っていない。
だが、一万貫文も頂ければ、大丈夫だ。
「
違うだか?
「藤吉郎様、世間体を鑑みれば、『鎮圧』に褒美を与えるのは当然でありますが、
「必要経費とは何だ?」
「船は3年後に揃えると言われましたが、乗員の事は言われておりません。そこで本多殿を召し抱えろとご命じに為られたのですから、水夫になる者を雇えという事です」
「そうだ。佐治衆、伊勢衆、熊野衆にも命じているが、余所者を召し抱えるのは皆大抵の事ではない。だが、秀吉ならば問題あるまい。北条家に召し抱えられておらぬ海賊衆や里見水軍の残党、奥州の水軍、村上水軍や敵であった松浦党などを召し抱えても構わん」
「尾張の元川賊でもよろしいのでしょうか?」
「織田家の法を守るならば、荒くれ者でも別に構わん」
「では、元川賊や三河の漁師などにも声を掛けてみますだ」
尾張では、軍艦以外にも300石船や1,000石船も建造されており、水夫をいくら育てても追い付かないらしい。
恩人でもある
俸禄が一万貫文。
大名並になった事を素直に喜んだ。
沢山の家臣を召し抱えられる。
だが、一度に様々な者を召し抱える事がどんなに大変な事か?
おらは後で知る事になるだ。
談議が終わると屋敷の外に馬が用意されており、すぐに尾張に出発だ。
相変わらず、人使いが荒い方だ。
尾張に到着すると、熱田にいる右筆から新造の軍艦の慣熟航行に同行する事を命じられた。
出航まで10日しかなく、元川賊や三河の漁師や
まず、八丈島を往復した後、大海を上って相模、常陸、陸奥を回った。
色々な湊に寄港しながら、津軽
まさか、ここで信勝様と会うとは思ってもいなかった。
「水軍奉行とは偉くなったな」
おらは散々に怨み事を言われた。
聞いただけで身震いがする武将らに見送られて、輝ノ介様を尾張に送る事になった。
元公方様って、何だ?
帰りに根掘り葉掘り聞かれただ。
「九州統一と琉球征伐か」
「統一ではなく、制圧は終わっておりますだ。征伐ではなく、併合ですだ」
「馬鹿者、あの
「そうならぬようにするのが、おらの仕事だ」
「馬鹿者。それでは詰まらん。それに併合など琉球王が大人しく従うモノか」
何度も殴られた。
この元公方様は危ないと感じただ。
だが、尾張に戻るとお別れだ。
「さらばだ」
「南蛮語で『フォーエヴァー』と言うらしいです」
「もうお会いする事もないだ」
「そうだといいですね」
「
「何となくです」
きっと、もう会う事もないだ。
そう思いたい。
さて、手紙を送った者が集まっており、その者を召し抱えた。
流石に、
「信広様より、死んでも役に立って来いと命じられて参りました」
「
是か非でも役に立たないと、遠江松下家の存亡に関わるらしい。
信広様は
慣熟航行後の軍艦『伊勢』と『近江』の点検をする間に、おらは尾張・美濃・三河を回って人材を探し、他の者は船を借りて水夫の訓練を続ける。
そして、今度は物資輸送の船団を護衛しながら九州の名護屋浦に戻るだ。
8月20日に熱田を出航し、堺に寄ってから8月25日に要人を乗せる為に
すると、見知った顔が走って来ただ。
「猿、久しぶりなのじゃ」
「お市様、お久しぶりでございます」
「元気そうでわらわも嬉しいのじゃ」
何でもお市様は尾張に帰ってから土田御前に見張られて監禁されていたらしい。
お市様を逃がさぬ為に10人の凄腕の忍者が囲み、それでも逃げれば土田御前が喉を切って死ぬと脅されて観念した。
ずっと退屈なお茶会の日々を送っていたそうだ。
「皆、軟弱で弱いのじゃ」
お市様の眼鏡に叶う者は現れなかったようだ。
というか、茶会の後の剣術で逃げ出したらしい。
「死ぬほど痛めつけておらんのじゃ」
三日三晩は打撲の痛みで
その内、誰も見合いに来なくなったとか。
「悲劇のわらわ、窮地のわらわを信光叔父上が助けてくれたのじゃ」
「こらぁ、お市。護衛の対象を放って駆け出す護衛役があるか」
「信光叔父上、ごめんなのじゃ」
信光様が現れただ。
あの屈強で大きな体であった信光様が痩せており、まるで老人のような弱々しい体付きになっておった。
信光様は
『長秀と秀吉の両名に輝ノ介とお市の傅役を命ずる』
おらは目が点になっただ。
南蛮人を牽制しながら、琉球併合、
お市様の無茶ぶりは忘れていない。
この元公方様も危ない。
難題に加えて、お市様と元公方様の傅役など無理だ?
「おまえが輝ノ介様に余計な事をしゃべるからだ」
「しかし、脅されて」
「知らん。
「信光様!」
「儂もこんなつもりではなかった。これは婚前旅行とでも思って、よろしく頼むぞ。秀吉」
信光様が軽く肩を叩かれた。
もしかして、
おらに丸投げされた。
「猿、何をしておるのじゃ。南蛮人の艦隊を討ちに行くのじゃ」
「腕が鳴るのぉ」
「出航するのじゃ」
おらはどうしたらいいのだや。
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