閑話.秀吉の立身出世物語(2)「渥美長浜城の没収」
渥美半島で長浜城(旧
そこで目を付けたのが浜松で導入された小型帆船であった。
小型帆船は西遠江の浜松と相模の小田原を結ぶ定期船として導入され、その小型帆船には
この
藤吉郎は
前田家や浅野家などに保証人になって貰って三隻の小型帆船を購入した。
小型と言いながら一隻で小さな城より高い買物である。
それを三隻も同時購入だ。
操舵を教示する佐治衆には五隻船団を勧められたが、藤吉郎にはそんな余裕はなかった。
こうして藤吉郎は自ら船に乗って、
そして、わずか数年で藤吉郎は借金を完済し、『
しかし、『
その謹慎の間に家老
三河では
御正室の高島局を中心に筆頭家老
そして、6ヶ月後に謹慎が解けるハズだった藤吉郎は
家臣団の中で頭角を見せて来た藤吉郎は警戒されていたのだ。
長浜城の城番が坂井家から佐久間家に代わった。
城番は頭が固く、よく長浜の家来団と揉めた。
城番は「謹慎中の身でありながら、漁を再開したいとは何たる不届き、身の程を知れ」と受け付けない。
藤吉郎は屋敷で監禁され、城は使用禁止にされ、
働き頭の犬千代が追放されたので漁獲量が減る事が予想でき、
支払い期限が無情に迫ってきた。
借金が返せないと商人が「恐れ多くも…………」と返済を国主に訴えれば、領主は領地を召し上げられる。
散財の挙句に行政を怠ったとあれば、領主の切腹も有り得る。
財政が破綻すれば、その家老衆が腹いせに切腹を迫ってくるかもしれない。
回避する術はない。
正に『
その藤吉郎を救ったのは『永禄の変』であった。
京で『永禄の変』が起こり、尾張に戻ってきた
小田原湊と
猫の手も借りたい時に優秀な藤吉郎を遊ばせておくのは勿体ないと、不良娘のお市を迎えに藤吉郎を差し向けるように願い出ると、
しかも荷を運べば、わずかばかりの手間賃も貰える。
藤吉郎は急場を凌げた。
すべてが巧く運んでいると藤吉郎は安心していた。
奥州合戦で大手柄を上げて、日の出の勢いだ。
だが、そこから転がり落ちた。
長浜城に戻って、
藤吉郎はあんぐりと口を開いた儘で固まった。
◇◇◇
(永禄3年 (1560年)9月11日~12月24日)
長浜城の
『ご無事のお帰り、おめでとうございます』
おらは留守を預かっていた家臣らを労った。
共に苦労した家臣らにもわずかな額でも褒美を与えたい。
おらは気前良く「皆に銭一〇貫文を…………」と銭を与えようとしたがおねが止めた。
そして、おねが手をパンパンと叩く。
「おね、これはなんじゃ」
「旦那様が書いた証文の写しでございます」
「証文?」
「出羽で気前よく大戦をされたと伺っております」
「おらの活躍をおねにも見せてやりたかったぞ」
「すでに承知しております。先に帰って来た者から存分に聞いて満足しております」
「そうか」
「ただ、これを見せられると旦那様を褒める訳に参りません」
おら達は船の船倉に閉じ込められて帰ってきたが、他の家臣は
出羽の兵とはそこで別れたらしい。
その中には出羽で召し抱えた者もおり、その者も一緒に戻って来ていた。
降伏した
他に
事実上の人質であるが、名目上は藤吉郎の新家臣である。
皆、神学校に入れて過ごして貰わねばならない。
「
おねに言われると
津軽から南下するに当たって、兵糧など必要物資、それを運ぶ
手元に足りない分は南部家や商人らに借りた。
侵攻が始まると、次々と攻め倒して敵を吸収した。
数千人の兵は瞬く間に数万人に膨れ上がる。
織田家以外ならば自前で兵糧を略奪してでも調達させる所であるが、織田家は略奪が禁止されており、
思い出しただ。
「旦那様は気前良く、褒美を配ったとも聞きました」
「戦にも勢いというモノがある」
「それは承知しておりますが、手元に残ったのが借財の証文だけというのは呆れます」
「信勝様から褒美を貰えるハズじゃったのだ」
得た土地はすべて信勝様のモノになるが、米や味噌、その他の備品と商人から借りた借金も信勝様のモノだ。
あら不思議?
手元にあった借財が一枚も残らない。
そんな事をして信勝様がお怒りにならないかと聞いてみたが、信勝様も領地安堵と一緒に証文を領主に渡せば、ほとんど借金は残らない。
証文を嫌がって領地安堵状を受け取らない領主もいない。
お怒りになる訳がないと言い切った。
「好きなだけお使いなさい。後で何とか致しましょう」
出羽の戦では勝った側も負けた側も美味いモノを喰いながら腹一杯の酒を浴びるように呑んだ。
無敵の
気前良く褒美(金子)を出すと湯水のごとく味方が増えて行った。
出羽の勝利はお市様の民衆を心酔させる力とおらの気前良さと
「申し訳ございません。藤吉郎様が連れ出された後に何度も交渉致しましたが、信勝様の勘定方に相手にして貰えず、証文の写しを持ち帰る事になってしまいました」
証文の額が如何ほどになっているのか?
おらは唾をごくりと呑んだ。
「旦那様、数万の兵を動かせるのは数十万石の大名様だけでございます」
「幾らあるのだ」
「丹羽様と半分になっております。しかし、それでも軽く一〇万貫文を越えております」
「鯨漁だ」
「無理でございます」
「何故だ?」
「鯨船は長く使っており、ガタがきているのです。一度補修をせねば、漁の途中で船が沈むと申しておりました」
おらは血の気がすっと下がって行くのを感じただ。
運の悪い事に完成したばかりの新造船2隻は
残ったのは古い3隻だった。
特にろ号(二番船)は犬千代が乗り、無茶な使い方をしていた。
ガタがきていても不思議ではない。
航行の途中でも船倉に貯まった海水を搔き出すのに忙しいらしい。
鯨に当たるとぽっきりと折れて沈みかねないと言われた。
だが、戦となると
しかも一発撃つと次弾まで時間が掛かる。
北条家などの援軍と一緒に
敵が
一部が囲まれて乱戦となり、火薬に引火して爆発炎上し、その余波で火の粉が飛び散って、次々と爆発が連鎖して一帯が火の海になってしまった。
それで敵の水軍は全滅したが、味方の損害も大きかったらしい。
死んだ兵の家族には
これにも銭がいる。
その銭を作りたくとも鯨漁もできない。
「おね、どうする?」
「どうしようもございません。国主様にお縋りするしか手がございません」
「
「畏まりました」
だが、おらの登城は「信勝様から許可を貰っておらぬので登城は相ならん」と言われた。
ならば、相談だけでもと
それ所か、もっと悪い知らせを持ち帰って来た。
戦が終わったので凍結されていた小型帆船の借財の返還が復活する。
榎前の商人から告げられ、最初の期限が半年後と知った。
「
だが、源氏の嫡流と思えないほど武に優れておらず、
義兄弟の
二人とも槍働きが苦手だ。
だが、二人は算盤と習字が得意で重宝した。
おらが信用する二人だ。
「藤吉郎様、申し訳ござません」
熱田から帰って来た
3隻の補修費で捕鯨船の新造船1隻が買えるらしい。
しかも補修には3ヶ月以上も掛かる。
すでに1ヶ月が過ぎ、補修で3ヶ月も掛かる。
残り2ヶ月で最低一頭の鯨を取らねばないない。
ギリギリだ。
だが、犬千代が帰って来たので無理ではない。
「そうではございません。本当に申し訳ござません」
補修費は先払いと言われたらしい。
商人が銭を貸すのは遊びではなく、1,000石の領主に分不相応な多額の債務を抱える木ノ下家に貸せないと言われたのだ。
補修せねば、先がない。
だが、この長浜城の倉にそんな銭はない。
「おね、どうしよう?」
「どうしようもございません」
「何とかならんか?」
「なりません」
おねはそう言うと首を捻って、「どうして、私に聞くのでしょうか?」と問い質して来た。
まだ幼いがおねはしっかり者なので奥や台所の事でよく叱られた。
だから、何でもおねに聞いてからするようにしていたが、奥州に行く以前は内政の事まで尋ねるような事はなかった。
おらが奥州に行っている間、おねが取り仕切っていたのでおねの方が詳しくなっていた。
だが、事ある毎に聞くのは可怪しい?
「何故、おらはおねに聞いているだか?」
そう呟くと
納得した。
奥州ではおらより偉い者に囲まれており、何か尋ねると誰かが答えてくれた。
決断するのは
どうやら、変な癖が付いてしまったらしいと思えた。
別に構わないと思えた。
「とにかく、まずは登城を許して頂かねば打つ手がございません」
「登城できれば、何とかなるのか?」
「旦那様はお口が上手です。牧様(
「だが、今は差し出すモノもないぞ」
「鯨漁で優先的に回すなどと言って、空手形で味方になって頂くしかございません。そもそも信勝様は旦那様の戦果を奪ったのです。ならば、戦果に見合う費用を織田家が払うべきです」
「そ、その通りだ」
「しかし、登城を許されぬ旦那様が領内をうろうろする訳にも参りません」
「おらがうろつくと逆にお叱りを受けるな」
「ですが、大義は我にあります。家老の半数を説得して国主様に証文を受け取らせ、何としても褒美を頂きましょう。少なくとも沈んだ鯨船2隻の損害だけでも取り返すのです」
「そうだ、おねの言う通りだ」
「
「そうじゃ、
「手紙を書いて下さい」
「判っただ」
だが待てど暮らせど、信勝様が登城を許す返事も帰って来ない。
領主らは信勝様がお怒りだと考えている。
この儘では良い返事ができないと言われて帰って来た。
また、何度も手紙を出しているが、城にいるハズの
そして、12月24日。
念願の
おねががっくりと肩を落とす。
手紙には『長浜城を整理して、家臣一同を連れて
どうやら長浜城主を
明日にも城の明け渡しの
すべてを失ってしもうた。
まさか、登城させられて切腹とかないだろうな。
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