エピローグ

(永禄3年(1560年)2月某日)

洛外にあったテント村が片づけられて、民族大移動のように街道に人が溢れた。

俺達も早咲きの桜を眺めながら京を後にした。

まるで嵐のような3ヶ月だった。

しばらく仕事はしたくない。


「若様、胸を張って下さい。皆が見ております」


手綱を握っている何見かみ姉さんに指摘された。

俺の後ろで氷高皇女ひだかのひめみこが豪華な輿に乗って下向している。

花嫁達は美しい花嫁衣裳を身に纏って馬に腰かけて後ろに連なった。

俺は花嫁を守るように先頭で馬を歩ませた。

街道沿いには俺と花嫁を見る為に人々が連なっていた。

俺は猿楽の猿の気分だった。

下に、下に、などと叫ばせていないが、大名行列のような一団なのでまったく前に進まない。

後、何日かかるのだ?


俺の前には親族の新郎新婦の一団が何組も通って行った。

近淡海ちかつあはうみ(琵琶湖)の海岸を織田家の行列で埋め尽くしたと言われている。

取り (最後)の俺が通り過ぎれば、これで終わりだ。

宿泊先では常にお出迎え、皆が歓迎してくれる。

毎日が大宴会。

見世物小屋の猿の気分で清洲まで我慢した。

俺を褒めてくれ。

やっぱり旅はお忍びがいいな。


魯坊丸ろぼうまる、おめでとう」

「帰蝶義姉上、信照でございます」

「わたくしにとっては、一生魯坊丸ろぼうまるです」

「そうなのですか?」

「わたくしの大切な義弟なのですから、誰にも譲りません」


皆の前では大人しくしていた帰蝶義姉上が身内だけになると、俺に抱き付いて嫁達を牽制した。

これはわたくしの物ですから、貸して上げるだけですよ。

氷高皇女ひだかのひめみこと帰蝶義姉上が火花を散らした。

もしかして、こういう駆け引きが続くのか?


「若様、諦めて下さい。女の戦いは厳しいモノなのです」

「千代は参加しないのか?」

「私は若様の側に居られるだけで十分なのです」


千代女が可愛い事を言っていると、「抜け駆け禁止」と声が掛かって引き剥がされた。

これも戦略の1つか。

中根南城に入ると母上とあいさつを交わす。

そこまでは想定内だったのだが、何故か、その横に義理母達が並んでいた。

化粧品の魔力で肌のつやつやした義理母達が嫁達を持て成した。


「旅の疲れもあるでしょう。皆で薔薇風呂に入りましょう」

「これが織田流です。嫁いだ限りには慣れて下さい」

「皇女様と言えど、嫁に代わりません。我らを母と思って慕って下さい」

「さぁ、さぁ、こっちですよ」


反論も許さず、有無を言わさず連れて行った。

互いに笑顔で会話を交わした。

楽しそうで何よりだ。


「若様、あれは嫁いびりでございます」

「虐めなのか?」

「有無を言わせず従わせて、どちらが上かはっきりさせているのです」


女の戦いは俺には判らない。

自室に戻って、一時の休暇を楽しもう。

下手にどちらかに付けば火傷をしそうだ。

お休み。


魯坊丸ろぼうまる、遅いぞ。待ちくたびれた」


ばたん、俺の部屋の障子が強引に開かれた。

まだ、辺りは暗く、鶏も鳴いていない。

ゆっくり寝させてくれよ。


「昨日は我慢してやったが挨拶させろ。お前の護衛をやってやるのだ。ありがたく思え」

「頼んでおりませんが…………」

「問答無用だ。慶次が言っておった。お前の側にいるのが、一番楽しい事が起こるとな」


慶次、北の果てに置いてきたのに迷惑を掛けるのか?

大した忠義心だ。

京にいるとバレるかもしれないので清洲に下向したが、清洲は居心地が悪いと言って熱田神社に移った。

相変わらずの紫頭巾で顔を隠しているが、身なりは最近流行っている傾奇者の格好をしているらしい。

俺が帰って来たと聞くと、さっそく中根南城に襲ってきたようだ。


「今朝は何の用ですか?」

「当然、朝の鍛錬だ。付き合って貰うぞ」


それを聞いたさくら達が慌てて間に入った。


「お待ち下さい。我らがお相手します。若様はお見逃し下さい」

「若様が死にます。お止め下さい」

「止めて欲しいです。鍛錬の御相手は無理です」


さくらや楓達は体を張った。

紅葉は遠慮しようとしたが、体を張って止めてくれていた。

感謝だ。

紅葉を見ると紫殿が「そなたはあのときの」と呟く。

風呂場の下に作った食糧庫に閉じ込められた紫殿と連絡を取ったのは紅葉だ。

礼を兼ねて手合せをしてやると言われて連れて行かれた。

紅葉が泣いて俺に助けを求めたが、紫殿を止めるのは無理だ。

トンだ、罰ゲームだ。

すまんと心の中で手を合わす。

俺は予定より早く体操をはじめる事になった。


「参りました」

「殿、少し上手になられました」

早川はやかわは強いな」

「まだまだでございます」


日が昇ると子供部屋のある曲輪から早川はやかわ達が移動してきた。 

普段は体操が終わった後に少しだけ稽古をするのだが、今日は沢山の時間があるので順番に相手をしていった。

俺は汗だくだ。

木薙刀と木刀という差もあるのだが、俺は早川はやかわに勝った事がない。

豊良とよらとは互角、真理姫まりひめには勝てる。

全然、自慢にならない。


「このように若様は刀の才能はございません」

「余を欺いていたのではないのか」

「小太刀を得物とするお栄様や里様にも敵わないのです」


それを言うな。

敢えて触れていないのに、千代女にズバリと言われて心を抉られた。

里もお栄も俺より強くなっていた。

お市は別格として割り切ったが、里やお栄にも負けたのはショックだった。

しかも二人の得物はお市を真似て小太刀なのだ。

しくしく、もう言い訳もできない。


「お幸や於犬はどうなのだ?」


10歳のお幸 と8歳の於犬、お乃、お奥、お徳、お色、お雲に至っては、少し体力があるだけだ。

俺の作った『遊戯道(アスレチック)』で特殊能力を磨き続けているが、お市と同じように特化する事はないらしい。


「若様、お市様のようにならないという意味でございます。3年もすれば、お栄様や里様くらいにはお強くなれます」

「5年も鍛えれば、下忍並です」

「お市様は一年であそこまで強くなったのが不思議です。でも、他の姫も筋がいいので、もうすぐ若様が最弱です」


が~ん、俺が最弱になるのか。

夢もちぼう・・・もない話だ。

うな垂れるしかない俺であった。


嬉しい話ではないが、源五郎(11男の長益ながます)は運動が苦手で武芸は駄目々々らしい。

数学や物理なども嫌いで文学や茶道といった芸の道を好むらしい。

又十郎(12男の長利ながとし)はお爺さんの太雲たうんから英才教育を受けているので論外だ。

あの地獄の訓練が一年中続くのだ。

可哀想としか言えない。


朝食を終えると、久しぶりに勉強会を始める。

新しい嫁らは礼儀作法や漢文で見事な学才を発揮した。

しかし、数学、物理、化学になると陥落する。

幼い妹達が新しく嫁になった氷高ひだかみやび阿茶あちゃふくらに勉強を教えていた。

妹達は偉くなった気分になったのか、とても丁寧だ。


氷高皇女ひだかのひめみこには随分と待たせて迷惑を掛けた。

早川はやかわではないが、今年で17歳だ。

母は万里小路までのこうじ-房子ふさこといい、同腹の弟に第一皇子で8歳の誠仁親王がいる。


ふく姫は万里小路までのこうじ-惟房これふさの息女だ。

左大臣の西園寺さいおんじ-公朝きんともの養女となって嫁いできた。

年は真理姫と同じだ。

真理姫が妻になれるならばとねじ込まれた。

系図でみると、年下だが氷高皇女ひだかのひめみこの叔母になる。


房子ふさこの子、誠仁親王

房子ふさこの娘、氷高皇女ひだかのひめみこ

房子ふさこの年の離れた妹、ふく


誠仁親王を間違いなく次の帝にする為に、万里小路までのこうじ家が俺を取り囲みに来ているようだ。

その尻馬に乗って、俺と親しい西園寺さいおんじ-公朝きんともが参戦したという構図だ。

帝から頼まれては断れない。


真理姫もお福も10歳。

10歳でいいならば、『みやびも』と頼んで来たのが、管領筆頭だった斯波-統雅しば-むねまさだ。

烏帽子親だけでは斯波家の家督を譲るのに不安なようだ。

仕方ない。


その流れに乗ってきたのが、山科-言継やましな-ときつぐだ。

娘の阿茶あちゃは11歳。

素直に頼んでも断られると考えた言継ときつぐは但馬国守護山名-祐豊やまな-すけとよの養女にしてお願いされた。

一部が朝廷領となった生野銀山の価値は大きいでしょうと迫ってきた。

粘り負けた。

合同婚礼を円滑に進める為だ。


毛利-元就もうり-もとなりも参戦して来たが、流石にお断りした。

お腹一杯です。

俺はハーレム希望じゃない。

できる事なら、千代女一人でいいのだよ。

無理だって?

判っていますよ。


幼い妻達なのでしばらくはママゴトが続く。

生活に慣れるまで2ヶ月ほど滞在するつもりだ。

というのが建前だ。

実際、こちらの城の方が落ち着くのだ。


「若様、助けて下さい。輝ノ介に殺されます」


足利では目立つので東海では少ない渋谷を名乗って貰おうと思ったが、本人が拒絶した。

足利家は弟の義昭に任せたと言う。

足利とは縁を切るつもりだ。

本人が言い出したのは『足満』とか、『ひょっとこ斎』とか…………没だ、没だ、没だ。

(それは被るから絶対に駄目だ。ひょっとこ斎は慶次の別名だよ)

まったく関係のない『足田』を名乗り、名を『融山』と改めた。

通り名は『輝ノ介』だ。

この10日ほどで、さくら達の技量が3つほど上がったと、千代女から報告を受けている。

全員が上忍並になっている。

2ヶ月もあれば、上忍に追い付くのではないか?


「その前に殺されます」

「さくら、俺の為に死ね」

「嫌ぁですよ」


輝ノ介からおもちゃを取り上げては俺の身が危ない。

俺が平和にごろごろする為の大切な犠牲だ。

さくらの奮闘を祈りながら、俺はそっと手を合わせた。

さくら、頑張れ。

といいつつ合掌、チーン。



第2.5章 『引き籠りニート武将の蟄居中、ごろごろと暗躍しましょう』(終)

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