第47話 また、詰まらぬ者を斬ってしまった。

(永禄2年(1559年)4月某日)

おいちにさんし、今日も元気に体操からはじまる。

体操、剣術、朝食を取り、姉妹とお勉強をして、お昼を取ると里とお栄を見送って、夕餉まで自室でゴロゴロと過ごす。

気が向く時は熱田や知多半島を巡り、夕餉が終わるとお仕事だ。

極端に量を減らしているので日が変わる頃まで続く事はない。

そんなリハビリ療養を一月半ほど続けた。


「千代、苦労を掛けていないか?」

「大丈夫でございます。こちらではいくらでも手伝いを呼ぶ事ができます」


右筆という名の秘書が沢山育っていたらしい。

竹中半兵衛のような狂科学者マッドサイエンティストが育って来ているので、大抵の難題は相談すると知恵を借りる事ができる。

また、場合によっては仕事を割り振る事もできる。

そこで俺は手をポンと打つ。


「千代、勘解由小路かでのこうじ-在富あきとみ土御門つちみかど-有春ありはるらを古渡の屋敷に呼ぶように手配してくれ」

「あぁ、了解しました。若様が養子縁組させた者らと、その側用人も一緒ですね」

「そうだ」

「教師を選抜しておきます」

「頼む」


もっと早く気付けよ、俺。

中学レベルの子供を大学レベルに引き上げるより、神学校に入れて押し付ければ、勝手に大学レベルの教育水準に引き上がる。

皆、学習意欲が凄まじい。

普通の学生でも一年間で三年分を吸収するので、三年もあれば一人前に育ってくれる。

その過程で黒鍬衆のような技術職、中小姓のような文官職、職人肌の技術者、特殊技能の忍び職に分かれてゆくが、最近はいくつかを混ぜたような天才が現れるようになった。

学生に学生を教えさせた副産物として教師も生まれた。


俺を頼ってきた曲直瀬-道三まなせ-どうさんなども学生になったハズだったが、いつの間にか教師になって、弟子100人超を抱える医学研究所の所長になっている。

最近は顕微鏡を早く完成させろと鍛冶師らに発破を掛けているそうだ。

ウイルスから寄生虫の存在も知り、薬学を基礎に忍び衆と供にキノコや苔から新しい新薬を開発し、死体はもれなく解剖する狂医師マッドドクターになっていた。

青かびからペニシリン擬きも作ってしまった。

立派な抗生物質ですよ。

特効薬のペニシリンが水に溶ける水溶性物質としか言ってないのにね。

不治の病の結核とかの特効薬ができた事になる。

注射針を作らせるし、平気で人体実験をするからやはり狂医師マッドドクターだ。

血液型の区別ができれば、輸血も始めそうな勢いだよ。


それはともかく、研究員に半分を残して各地に診療所を開設している。

そう言えば、共に医聖田代-三喜たしろ-さんきと学んだという佐野ノ赤見さののあかみ永田-徳本ながた-とくほんなどもやって来ていた。

それって誰?


西国に行っていた加藤かとう-三郎左衛門さぶろうさえもんが戻って来た。

甲賀衆、伊賀衆に加えて、服部-保長はっとり-やすながが率いる三河服部衆を引き連れて、尼子-晴久あまご-はるひさを苦しめた張本人だ。

尼子の忍び衆だった鉢屋はちや衆を配下…………というか、奴隷にして帰還した。


「俺は一万貫文の賞金首を賭けられていたのか?」

「ふふふ、魯坊丸ろぼうまる様に敵対するとは言語道断でございましたから、徹底的に叩き伏せてやりました」

「聞くのが恐ろしくなってきたな」


最初の賞金は100貫文だったらしい。

刺客がドンドンと京に送られた。

公方様の風呂通いと慶次の『大ふへん者』と繋がっていた。

知恩院に通っていた公方様は度々のように河原で潜む刺客を見つけては切り伏せていた。

相手が弱過ぎると嘆いたらしい。


「また、詰まらぬ者を斬ってしまった」


などと言っていたらしい。

これが決定打となり、知恩院への風呂通いは公方様の趣味となった。

刺客が逃げないように、側近の数をやたらと減らしていたのには理由があったのだ。

知らなかった。


「慶次、何故知らせなかった」

「知らせるまでもない」

「いいえ、自分も楽しみたいのでワザと知らせなかったのです。わたくしも些細な事と判断しました」

「そうか、千代がいうならばそうなのだろう」

「京に忍んでいる者の丁度良い訓練になりました」


その残務処理の指揮を取っていたのが慶次だったので、慶次もすぐに知る事になった。

そして、自ら率先して『刺客狩り』を始めた。


「公方様の獲物を残しつつ楽しませて貰った」


偶に出会う強敵に心を躍らせたらしい。

こうして、俺の賞金首は100貫文、200貫文、500貫文、1,000貫文、5,000貫文と吊り上っていった。

賞金1,000貫文を越えた辺りから、刺客業を営む者から領主まで参加し始めた。

領主にとっても1,000貫文は捨てがたい。

領主は領内の腕利きの者を京に送ってくれたらしい。

公方様と慶次が喜んだ。


当然、そんな馬鹿な事をした領主達を三郎左衛門さぶろうさえもんが自ら天罰を下す。

領主や庄屋が突然に急死するとか、田畑がすべて枯れるとか、隣村で辻斬りが起こって村同士が争う事になったとか、とにかく不幸が訪れる。

もちろん、尼子領内でそんな派手な事をすれば、鉢屋はちや衆とぶつかって、影で大きな抗争が起こっていた。

その状況を利用して、毛利-元就もうり-もとなりが調略や離反の計を仕掛けて、尼子領内をかき回したのだ。


「織田家の忍び衆と毛利家の忍び衆の共同作業か」

「特に共同した訳ではございません。互いに情報を共有しただけです」

「尼子の領内がガタガタになる訳だ」

魯坊丸ろぼうまる様に刺客を送るなどという不埒者には当然の報いと存じます」


尼子-晴久あまご-はるひさの周辺で不幸な死とあり得ない謀反が頻発する。

そして、鉢屋はちや衆との全面衝突になった。

当然のように三郎左衛門さぶろうさえもんらは鉢屋はちや衆に完勝し、滅亡か、従属かを突き付けた。

鉢屋はちや衆が寝返った時点で尼子-晴久あまご-はるひさの運命が決まったと言っても過言ではない。

尼子-晴久あまご-はるひさ鉢屋はちや衆が寝返ったとも知らずに進軍したのだ。

毛利家の家臣は雌雄を決すると意気込んでいただろうが、裏事情を知る元就もとなりにとって片手間の戦だった。

鉢屋はちや衆を使って酒や水の下剤を入れるのも、大将の首を刈るのもできた。

余程、拙い指揮を取らなければ、毛利の負けはない。


様々な選択がある中で元就もとなりは敢えて織田家の新兵器を使用して毛利家の武威を示した。

そして、家臣には毛利が強いのでなく、織田家の新兵器が凄かったと諭した。

織田家の新兵器より三郎左衛門さぶろうさえもんらに存在を恐れをなしたのかもしれないな。


「刺客が来なくなったので退屈だと嘆いていたのか」

「まぁ~~~~そんな所だ」


苦笑いで慶次が頭を搔く。

手練れで真剣勝負ができる相手というのは貴重らしい。

刺客が来なくなったので、慶次は自分で自分に200貫文の賞金を賭けた。

そして、『大ふへん者』の母衣(マント)を付けるようになった。

しかし、挑戦しにくる奴らはザコばかり、命のやり取りのできそうな好敵手は現れなかったそうだ。


「流石に一万貫文は用意できん」


阿呆か!

真剣に悩む慶次に俺は頭を抱えた。

刺客の辻斬りだ。

風呂通いは公方様のストレス発散だったのか?

それが無くなって不満を貯めていたとか、駄目々々だ。

俺の脳裏に公方様の姿が浮かんだ。

刀をかちゃんと仕舞いながら期待外れを嘆いていた。

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