第18話 昇進なんてしたくない。
(弘治2年(1555年)10月2日)
祭りが終わって知恩院に入った。
9月は29日までしかなかったので、待っている間にもう10月だ。
方角なんて半分屁理屈みたいなモノだが、陰陽師とお知り合いになったので占って貰う事にした。
のんびりとさせてくれるといいな。
「若様、こちらが西国の書状のまとめになります」
「後で確認する」
「越前のような事もありますので、早めに確認して下さい」
「担当者に一任しているのだ。失敗したからと言って責めるつもりはない」
「責任の事を言っているのはございません。確認して頂きたいと言っているだけです」
「判った」
越前で火山灰を大量購入した案件は俺の指示ではない。
俺ならば、そうするだろうと日本海側を担当していた右筆兼役方用人の判断だった。
火山灰層など日本各地のどこにでもあるので安い所から仕入れていた。
主に奥美濃、飛騨、木曽辺りから仕入れていたが奥美濃が使えなくなった。
その代わりが越前になった。
白山の噴火で『蝮土』の試験田も駄目になったので、朝倉家との交流が途切れる事を懸念して、担当者は火山灰を大量に購入して、その代金として米を送った。
俺が援助をしましょうかと手紙を送ると「その必要なし」と返事が戻って来たが、もう十分な援助を頂いているという意味もあったらしい。
報告を読んでいなかったので、随分と後になってから知ったのだ。
その判断を責めるつもりはない。
完全に任せている時点で、ある程度の失敗は加味している。
俺は西国を任せた
毛利を調略して銭の力だけで中国地方を治めようとか、我ながら悪どいと思う。
まずは暗部である毛利家の座頭衆、世鬼(瀬木)一族を味方に引き入れ、次に尼子家の鉢屋衆に声を掛けた。
普通ならあり得ない調略だが、今回は助っ人がいる。
幕府から三河で失敗して奉公衆から降格した
毛利家は
尼子家の担当が
別に毛利家を支援して中国地方の覇者にしようという謀略ではない。
適度に煽って幕府の命に従う者のみ残すという地味な活動のハズであったが、人選が悪い。
派手好きな
否、どちらが中国地方を治めるのに相応しいのか?
本当に公方様の人選が悪い。
まぁ、人の事は言えない。
俺も過激な
送った時点でこうなる気がした。
しかし、
普通にやり合える者が他にいないのだ。
「
俺が書状に目を通していると、さっそく公方様が風呂にやって来た。
出迎えると、公方様は夜食の
ワザワザ、来なくてもいいのに。
三日間、幕府の公務が滞って忙しいハズなのだが?
俺は首を捻って家臣に聞くと、やはり忙しいようだ。
その忙しさの憂さ晴らしに来たそうだ。
迷惑だ。
こちらも暇な護衛達が山狩りに行って暇を潰していたらしく、大量の肉があったので問題ない。
川で低温保存していた獲物を持ち込んで、すき焼き用の肉を仕上げてゆく。
野菜を買い込んでくると、鍋から砂糖と醤油の甘い香りが寺中に広がった。
じゅるるる、皆の口元から涎が垂れる。
知恩院の僧らは食い供養なんて言って、人目を憚らずに肉を食うようになっていた。
僧らの体付きが筋肉質に変わっており、特に僧兵らが強そうに見えた。
僧達は山積みの肉をすき焼き鍋に入れる。
一心不乱に入れた肉を奪い合いながら食べていた。
俺は調理場の側の部屋を覗く。
「それは俺の肉だ」
「肉に名前など書いていない」
「何だと?」
「あっ、また取った」
「争っていると無くなるぞ」
「食わねば」
中根南城でもよく見かける光景だ。
肉を死守せんと生焼きの肉を取り合って腹を痛めて寝込むパターンだ。
う~~ん、止めるべきか、どうかを悩んだ。
そして、放置だ。
俺は見なかった事にする。
後で胃腸と腹痛の薬を届けてやろう。
◇◇◇
数日後、御所に上がると帝から昇進の話を聞かされた。
去年、『改元の儀』を立派に指揮した事と山名家より銀山を朝廷に納めさせた功績に報いた処置だそうだ。
一度はお断りしたが、俺が断ると周りの者を報いる事もできないので、どうしてもと帝が頭を下げる。
狡いな。
帝、頭を上げて下さい。
日取りの良い日に正四位下
次は、もう中納言だ。
大納言、内大臣、右大臣、左大臣、太政大臣と後は6段しか残っていない。
俺が望むならば、正二位
何々、詔勅を各省に伝達することが役目で左大臣の補佐役だそうだ。
左大臣が兼任する事もあれば、左大臣が関白を兼任する時は、右大臣が
心よりお断りする。
比叡山の件も相談されたが、そもそも比叡山の僧が欲張った事が原因だ。
幕府に詫びを入れて、無難な取引価格に上げて貰うように比叡山の僧が頭を下げるべきと言っておいた。
暴利をむさぼっていた話を帝に聞かせると呆れられた顔をされた。
比叡山に
ともかく、納得してくれてよかった。
後日、官位を1つ上げて、改めて『改暦の義』を準備するように勅命を受けた。
これで正式に改暦する事が決まった。
公方様に報告に行くと喜んでくれた。
貞観4年 (862年)、
「で、いつ『改暦の義』を行うのだ?」
「早くとも3年後、私(俺)の推測では10年ほど準備に掛かります」
「もっと早くできんのか?」
「無理です。北は奥州から、南は九州まで、天体を観測しに行き、それを持ち帰って検証するのです。行って帰ってくるだけでも3年が掛かります」
「もっと早くならんのか?」
「なりません」
「とにかく、初代様にもできなかった偉業を成功させよ」
「承知致しました」
俺がこの『改暦の義』を準備する事を
帝と公方様のお墨付きで全国に天体観測所を設置できる。
天体を観測するには日本の地図も必要であり、地図という軍事機密と諜報の拠点が一度に手に入るのだ。
代表には公家を立て、観測部隊と連絡部隊はこちらで用意する。
遊楽・行商人・歩き巫女で構成する諜報網と別枠の諜報網が構築できる。
しかも公家様の人脈を使えば、敵の調略も簡単になる。
そして、何と言っても帝と公方様のお墨付きで行っている者を表立って処分もできない。
さらに各大名に派遣される公家を俺が決める。
没落している公家の救済が目的だが、没落しているから自前で従者も用意できない。
こちらの手の者を多く回せる。
また、大大名ほど親しい公家がいる。
大大名らは親しい者ほど観測所に手が出せない。
全国に安全な拠点が手に入る。
『情報を制する者が世界を制する』
俺は頂点に立つ気はない。
うん、願い下げだ。
安全を買う為に情報を買っている。
それだけ、それだけだ。
世界がどうとか、日の本がどうとか、そんな事は知らん。
関わりたくない。
そもそも会った事もない連中、顔も知らない連中に為に頑張れるほど奉仕の精神がない。
知り合いに報いられれば、それで十分だ。
そして、何よりも俺が幸せでなければ意味がない。
「という訳で、俺は昼寝をする」
「承知致しました。夕方に起こさせて頂きます」
「遅めでいいぞ」
「可能な限り、遅めに致します」
今日も多いのか?
減らないな。
もっと任せる者を増やさねば。
俺は強気に千代女に命じた。
「誰か攻めて来ない限り、障子を開けさせるな」
「急ぎの使者も止めるのですか?」
「帝の使者とて例外ではない」
「
「俺の昼寝が『
「承知致しました」
千代女に笑われながら、毛皮をぐるりと巻き付けて昼寝に入った。
おやすみなさい。
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