第16話 いい日旅立ちじゃないよ。
(弘治2年(1555年)9月20日)
「手紙は書きなさい。お風呂は毎日入るのですよ。歯を磨くのですよ」
「承知しております」
「寒くなってきました。薄着は駄目です。風邪を引いてはなりません」
「気を付けます」
清洲で過ごした一ヶ月で帰蝶義姉上が母親化した。
俺の世話を焼きたがるのだ。
対する兄上(信長)も帰蝶義姉上の機嫌がいいので喜んでいる。
それでいいのか?
ともかく、帰蝶義姉上も少し落ち着いた。
最近の共通の話題は奇妙丸の後見役に俺を据えて、どんな子に育てるのかと、そんな話で盛り上がっているらしい。
鷹狩から帰ってきた数日後、俺は兄上(信長)に時間を貰って
その結果、兄上(信長)も少し反省したらしく、5日に一度は帰蝶義姉上の元を訪ねると約束した。
一緒に奇妙丸に言った噂も確認した。
「兄上(信長)、尾張だけでなく、美濃や南伊勢を奇妙丸に与えると言ったそうですね」
「いずれはそうすると言ったのはお前ではないか?」
「安易に口にしないで下さい。兄上(信長)が妙な野心を持っていると勘違いされます」
「判った。口にするのは止めておこう」
「支配すると言っても緩やかな支配です。前も説明しましたが、直轄統治する訳ではありません。言うならば、『織田株式会社』です」
う~~ん、兄上(信長)が腕を組み、眉を集めて難しい顔をするので、もう一度『株式会社』について説明する。
すべて織田家の支配地は関所を廃止し、税制を統一し、組織体系も同じにする。
大きな事業が共同出資で儲けも分ける。
その事業の参加を決めるのが一門会議だ。
一門すべてに織田家の利益が還元される。
その一部が斯波家の維持に使われ、幕府で活動する資金も用意する。
斯波家も織田家も法に従って幕府に尽くす。
その法を作るのが一門会議だ。
織田家の織田家による織田家の組織だ。
さらに政治と軍を分ける。
各守護代は会社の重役のような者だ。
そして、まとめ役として織田大和守家が
判り易く言い変えるならば、守護代は県の知事だ。
知事は警察のトップではあるが、自衛隊へ命令や人事に関与しない。
簡単に言うと、各守護代の軍権を奪うのだ。
それで『取締役』の織田大和守家が総理大臣となる。
総理大臣は自衛隊を掌握する。
四ヶ国の安全を守る。
そういう建前で四ヶ国を支配するとも言える。
少なくとも兄上(信長)はそう捉えたらしい。
取締役が司令官とするならば、実行部隊の長には総大将が必要になる。
この総大将も織田一門から選抜する事にする。
そして、初代総大将に信光叔父上がなるつもりだ。
海軍の方は俺を考えていたみたいだが、俺は当然辞退した。
陸軍が信光叔父上、海軍が
こうして、俺は晴れて無職になれる訳もなかった。
とほほほだよ。
俺が何も付かないのは拙いらしい。
千代女には「当然です」と言われた。
そこで三権を持ち出して、熱田宮司が法の番人で、俺が『法長官』になる事で納得して貰った。
重役の議論を進める役として『議長』に信勝兄ぃを付ける。
こうして、『取締役』、『議長』、『法長官』に三権を分離した新三頭体制とした。
『議長』って、会議しか活躍の場がなく、完全に肩書きだけの名誉職だ。
同じく、『法長官』も名前だけだ。
実際に裁判官を司るのは守護代か、その代理の代官が行う。
訴える先も守護であって、熱田に訴える代官はいない。
法に不都合があった場合だけ、守護から相談される名誉職だ。
立場的には守護を指導するから守護より偉い。
朝廷寄りの仕事だ。
官位も偉くなっているだろうから問題ないと思う。
つまり、事実上の『取締役』による中央集権体制が完成する。
もしも誰かが謀反を起こしても、軍を掌握していないので大きな叛乱とはならない。
これって、信勝兄ぃがって意味ですよね。
大切な軍権分離だ。
「なるほど、そういう事か」
そこで兄上(信長)が納得する。
止めてくれ。
前回の説明で全然判っていなかったのが暴露されたよ。
他の一門衆にも説明した方がいいな。
因みに守護代から軍権を奪うなんて、ワザワザ教えませんよ。
信勝兄ぃは気づかない。
気付かせない。
気付いた時には終わっている。
仮に気付いても二職不可で議長は大将を兼任できないとしている。
完璧だ。
俺は影から支えるのに徹しよう。
いずれにしろ、夢物語で10年以上も先の話だ。
つまり、奇妙丸が元服する頃には完成しているから、兄上(信長)が阿呆な事を口走った訳か。
どうも奇妙丸が絡むと阿呆になる。
親馬鹿には要注意だ。
対談の時に、逆に念を押された。
「まとめ役はお前の方が皆も納得する。本当に儂で良いのか?」
「俺は公家としての仕事もあります。織田家のまとめ役には向きません。いずれは西遠江の守護代職も信広兄ぃに譲るつもりです」
「欲がないな」
「怠惰欲、惰眠欲はたっぷりと持っております」
「ははは、相判った。だが、楽はさせんぞ」
「お手柔らかに」
まだ、守護代になってもいないのに譲ると言っても誰も相手にしてくれない。
仕方ない。
ゆっくりと
兄上(信長)が阿呆にも帰蝶義姉上に奇妙丸を見せに連れていった。
ヤバい?
そう思ったが、吉乃の控えめな態度が気に入ったらしく、帰蝶義姉上と意気投合したそうだ。
兄上(信長)は運が強い。
さて、朝廷からは断絶した
いずれはどこかの公家の名を名乗りそうだ。
うん、俺の次の代でいいだろう。
俺はやらない。
帰ってきた兄上(信長)にもう一度言っておいた。
「奇妙丸や吉乃さんは身内かもしれませんが、その女中は身内ではございません。お気を付けて下さい」
「二度と口に出さんようにする」
「お願い致します。それと帰蝶義姉上の事ですが…………」
帰蝶義姉上への気遣いを忘れないように頼んだ。
帰蝶義姉上が壊れてはすべてが終わる。
兄上(信長)は帰蝶義姉上にすべて任せている。
絶大な信頼感だ。
そこまで信頼を示しているので判ってくれていると甘えた事を言ったので、もう一度叱っておいた。
その後、吉乃さんの説得もあり、兄上(信長)も帰蝶義姉上との意思疎通ができてなかった事を反省してくれたみたいだ?
・
・
・
夫婦の事はよく判らん。
ともかく、子煩悩は治っていない。
俺が兄上(信長)を説得した事で帰蝶義姉上の好感度が上がったらしく、帰蝶義姉上が母親化してしまった。
俺を構いたがるのだ。
京に上がる準備を千代女と一緒に楽しく整えていた。
『
京の流行を捉えつつ、俺にどんな着物を着せるか?
熱田と津島の呉服屋のような反物を扱っている商家を呼んで、清洲で着物選びが行われた。
本来、反物しか扱わないのが一般だったが、試着服があった方が売り上げが伸びると俺が進めたので試着用の着物も沢山あった。
あっ~~~、失敗した。
帰蝶義姉上と千代女、そして、何故か
俺は1日中何度も着替えさせられた。
着せ替え役のさくら達も口を挟んで、完全な
俺が忙しいと言った。
だが、俺以上に千代女が俺の事を知っている。
千代女が「大丈夫です」と言えば、問題ない。
俺の
「お市様の天女の姿を若様にさせては?」
「一度着せてみましょう」
「若様、次のお着替えです」
「女子の衣装を着る必要はないだろう?」
「モノは試しです」
「試すな!」
完全におもちゃです。
ぱっちりした目に、鼻筋が綺麗に整い、髪を結うと完璧な美少女が完成した。
あかりをつけましょぼんぼりに、って感じだ。
俺が少し動くだけで、溜息と皆の目が
「おひな様です」
「可愛いです」
「嫁に欲しい」
「本当に可愛らしいです」
しくしくしく、俺の女装は危険らしい。
全然嬉しくないぞ。
古い女中が俺の母上の若い頃を知っていた。
酷く回りから妬まれたそうだ。
「それはもう瓜二つでございます」
「
「激しく同意します」
「わたくし達は妻として仕えてよろしいのでしょうか?」
「うん、うん」
「若様は若様です」
そんな母上を射止めたのが、父上(故信秀)だ。
そして、余りにも夢中になった。
その頃、大垣城を奪還され、織田信友から古渡城を攻められるという失態を演じる。
織田一門衆の大伯父らから責められ、家臣からは熱田の楊貴妃にうつつを抜かした為と影口を叩かれた。
そこで母上を
「判る気がします」
「殿方ならば、夢中になってしまいそうです」
「俺、男ですから」
女性一同が頷く。
殿方に見せるのは絶対に駄目で、特に兄上(信長)には見せてはいけないと一致団結した。
皆、仲良しなのはいいけど。
なんか納得できない。
「兄上(信長)が見たらどうなりますか?」
「それは、もう奇妙丸の嫁にと言い出すでしょう」
「…………」
「小姓にして味見をするのでは、無いでしょうか?」
「殿ならあり得ますね」
「無理でしょう。それに俺、弟ですけど?」
「正気を失った殿を信頼してはいけません」
怖い事を言われた。
遠慮する。
心から遠慮する。
兄上(信長)の女姿は愛嬌があって面白いで済むが、俺の女姿は殿方の正気を失わすとか?
脅すのを止めて下さい。
マジで怖い。
小物を選ぶ為に『第2回
短い間に2回も…………付き合わされる商人も大変だ。
これから恒例にならないだろうな?
そんなこんながありまして、京へ旅立つ準備ができました。
「雪解け間近には帰ってくるのですよ」
「今度こそ、尾張や美濃も見て回りたいのでそのつもりです」
「では、一緒に回りましょう」
「拙くないですか?」
「わたくしと一緒の方が指示しやすいでしょう。準備をしておきます」
「それではお願いします。ですが、兄上(信長)はよろしいのですか?」
「奇妙丸の為と言えば、大抵の事は許して貰えます」
「そうですか…………(いいのか?)」
「奇妙丸も
「そうですか…………(兄上(信長)に感化されてないか?)」
「千代女、
「承知しております」
旅立つ朝も俺を心配する帰蝶義姉上でした。
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