閑話.小一郎とお勉強。
(天文22年(1553年)6月27日)
藤吉郎が
「
「判りました」
「
「はい」
「知朱さん、安祥城の地域ごとにきっちりと分けて下さい」
「承知しています」
西三河は矢作川できっちり西と東に分けられている。
碧海台地の中央に建っているのが安祥城であり、三河山地の西の
同じように、その下流でも西条城と東条城が矢作川を挟んで建っている。
矢作川の両岸に低地が広がっており、この辺りが河川の氾濫で全滅していた。
一方、安祥城周辺は碧海台地になっており、意外と被害は小さい。
小さな川の氾濫か、水捌けの悪さから来る浸水がほとんどである。
綺麗に家屋が流された矢作川流域と違って、泥水で家屋も浸水して使い物にならなくなっている。
どちらが楽か、判らない。
蛇行している矢作川の流れは岡崎城辺りで三河山地の縁に当たり、あるいは、乙川が合流する為か、大きく西に蛇行している。
その川の流れも桜井城のある辺りの八ツ面山に当たって、再び東に向きを変える。
水の勢いはここで消えるが、そこより下流の低地はすべて浸水している。
「正辰様、米が到着する湊ですが刈谷湊ではなく、南の和泉湊と米津湊では拙いのですか?」
「西条城の
「それで西の衣浦湾を通って荷を運ぶのですか」
「そういうことです」
碧南の東には北浦湾が広がっている。
北浦湾を入って東端の榎前、横崎の和泉、城ヶ入などの湊を使った方が安祥城周辺に物資を運び易い。
特に米津から矢作川流域の木戸に運ぶのに便利なのは判っている。
但し、(吉良)義昭の今川方が大人しく指をくわえている保証はない。
護衛に割く兵などない。
「藤吉郎には、いずれ西条にも行って貰わねばなりませんね」
「兄者が行くのですか?」
「末森城の織田信勝様から三河を任されたのは藤吉郎です。他に適任者はいません」
「本当に兄者が責任者なのですか?」
「三河は織田と今川の兵が相互に入れないという
「兄者と一緒に沢山の兵が来たと思いますが、あれは兵ではないのですか?」
「本来はいけませんが、緊急事態と言う事で入れています。戦になると引いて貰いますので当てにできません」
「では、兄者は?」
「藤吉郎を守るのは、利家殿一人です」
「本当はボクも行く予定だったよ」
「知朱さんまで行かれると、こちらの手が足りません。監視だけならば、
安祥城の南に位置する西条の(吉良)義昭は今川方だ。
川向こうの東条城周辺で旧家臣の支援を受けて暴れている
(吉良)義安に救援物資を送るには(吉良)義昭との停戦が必要になる。
本證寺との交渉が巧くいけば、本證寺の僧侶に運んで貰うという手もできる。
「藤吉郎が帰ってくるまでに、安祥城周辺を終わらせますよ」
「断続的に連絡が入って、被害の数が更新されるのに無理だよ」
「無理でもやって下さい。情報を集めるのは得意でしょう」
知朱が泣きそうな顔になる。
同じ下忍を使って集めるならともかく、安祥城に常駐する兵や周辺の村人を使って調べさせるなんて無茶であった。
連絡に走っている者は計算もできなければ、字も書けない。
そんな者を使って被害状況を知るなど無茶もいい所だ。
「正辰様、
「小一郎、それは無理だ。味方の情報を見せるのは構わないが、敵方の情報を知れば、兵糧が届き次第に勝手に攻めてゆくぞ」
部屋には敵味方の情報が転がっていた。
敵方の情報は忍びが集めており、それは甚二郎の兵に見せられない。
例えば、
さらにその居城である上野城は碧海台地の縁であったが、
攻め難い城であった。
しかし、今回はそれが災いした。
水の勢いで土手が崩れて城が半壊している。
攻められれば逃げるしかないという悲惨な状況だ。
そんな情報を甚二郎の家臣に見せる訳にいかない。
「駄目なのですか?」
「忠尚は岡崎松平家の家臣を籠絡する為に働いてくれている隠れ織田方です。つい先日も尾張の国の品野城を譲渡させたばかりで、居城まで落とされれば、本気で織田家の敵に回ります。それは避けたい」
藤吉郎が安祥城を落とす策は単体の策ではなかった。
主たる目的は織田家に降ると空手形を出した三河の領主らを立たせる事にあった。
旗持ちであっても動員に参加しない領主は敵方と見なすと脅していたので、多くの兵が集まってくれた。
それらの領主を信広の命で桜井松平家の
当然、正辰は藤吉郎に言っていない。
言う必要もない。
もしも藤吉郎が調略に失敗しても、彼らに攻めさせる用意がされていたのだ。
また、同時に集まった兵をこれみよがしに利用する。
日和見をしていた城主らが慌てた。
尾張から兵を送れずとも十分な兵が動員できると知った彼らは、織田家に臣従することを誓い、中立の近くの城や砦を襲った。
「藤吉郎が安祥城の調略に成功したのが大きかったです」
「そうなのですか?」
「ええ、藤吉郎は運がいい」
「兄者が?」
「織田家の三河支配の象徴と言うべき安祥城を落としたことで、西三河の北部で態度を保留していた城主や豪族がすべて織田家に臣従を言ってきました」
「どうしてですか?」
「もしも態度を保留すれば、先ほど名前を上げた城主らが織田家に臣従した証を立てる為に襲ってくるからです。言うなれば、藤吉郎は一人で西三河の北部を落としたようなものです」
「信じられません」
「だから、運がいいと言ったのです。信勝様に呼ばれて、褒美が貰えたのも当然と言う所です。私は魯坊丸様に怒られましたが…………」
小一郎が首を捻る。
藤吉郎が褒められたならば、正辰も褒められてもおかしくない。
だが、正辰は叱られたと言う。
「不思議に思うでしょう?」
「はい」
「理由は小一郎がここで手伝わされていることです」
「まったく意味が判りません」
「人手が足りないのに、領地を増やしてどうするつもりか? そう言われて怒られました」
魯坊丸には三河を支配しても、三河を開発するだけの銭も人手もない。
2年ほどあれば、銭も少しは貯まってくる。
また、岩崎丹羽・鳴海方面も整理も終わるので派遣できる人も増える。
魯坊丸の予定では、最短でも2年後の予定であり、できれば5年くらいは放置したいと思っていた。
「魯坊丸様から派手に進めるなと言われています」
「どういう意味ですか?」
「鳴海や沓掛のように投資はできないから、三河の者だけで生活が少しはよくなるようにできる事をさせておけ。そして、不満が貯まらないように適当に小競り合いを続けろと言う意味です」
「よく判りません」
「つまり、岡崎城に手を出すなと言うことです。岡崎が落ちない限り、東三河の
正辰は自分で話していてもうんざりする。
鉄砲や火薬玉を使えば、簡単に三河など統一できる。
それができない。
三河を征服した後に、統治も押し付けられる事になる。
尾張のようにふんだんに銭が使えない。
使える銭は余り多くない。
その状態で三河の民の不満を爆発させないように統治できるか?
そんな面倒なことを押し付けられる。
魯坊丸に脅された。
正辰もそうならないように警戒していた。
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