閑話.多事多難(4)。

【尼子】

「三好が負けたか?」


出雲・隠岐・備前・備中・備後・美作・因幡・伯耆の八国守護である尼子-晴久あまご-はるひさが声を荒げた。

3月に美作東部に進出し、東に進むように見せて備後の江田氏が尼子へ寝返った瞬間に翻って兵を戻し、そのまま安芸を奪うつもりだった。


もちろん、それはすでに毛利-元就もうり-もとなりにバレており、江田氏の支城である高杉城を強襲する準備が進められていた。

高杉城は城主の祝甲斐守・治部大輔親子が守っており、兵も1,000人ほど常駐していた。

元就も江田氏がいつ裏切るのかと、息を潜めて待っていた。

狐と狸の化かし合いであった。


三好が織田に敗れた。

晴久の中で次の構想が閃いた。

本年度中に毛利と大内を片づけて、来年は遂に上洛を果たそう。

その背後を織田に襲って貰う。


「詳しく話せ!」


魯坊丸の上洛からお市の噂まで尼子が京に忍ばせていた間者が説明した。


「なるほど、新兵器か!」

「はい、恐ろしい威力の武器でございます」

「手に入るか?」

「恐れながら、すぐには無理かと思われます」


ならば、晴久は頭を切り替える。

手に入らぬならば、差し出させればよい。

織田も西国の覇者と結ぶことを拒絶する訳もない。

そう勝手に一人で納得した。


「織田の姫の婚儀は消えたのだな!」

「おそらくは!」

「ならば、その姫を尼子が頂く。我が娘、どちらの姫を送るのが良いか?」


晴久は織田との同盟をその場で決めた。


「使者は誰がよい?」


その後の報を聞いて、さらに織田の値打ちが上がることは疑いようもなかった。


【毛利】

毛利元就は堺の商人から魯坊丸の活躍を聞いた。

商人らが随分と褒め称えている。

そして、三好との戦いを聞いて、すぐに思い当たった。


「それは村上水軍の焙烙玉だな!」

「父上!?」

「判っておる。村上水軍もそれほど数を持っておらん。どこでその噂を聞いたのか知らんが、恐ろしいほどの諜報力も持っているようだ」


村上水軍も実験的に一度か、二度ほど使った新兵器を、織田は実戦に投入してきた。

恐ろしく高価な品。

それ以前にどこから大量の火薬を手に入れたのか?


「大友ではございません。大友もそれほど大量に火薬を持っておりません」

「当然だ! それほどの財力があるならば、争う以前に大内は大友に代わっていたわ」


大友と大内は博多の湊を巡って、長年争ってきた。

陶-晴賢すえ-はるかたの謀反によって、大内-義長おおうち-よしながを次期当主に据えて、大友と大内の争いに終止符を打ったのだ。

義長は豊後大友氏当主の大友義鎮(宗麟)の異母弟であり、大内義隆の猶子であった。

義長は養嗣子ではなく猶子だ。

(義隆は大内家の次期当主にするつもりではなかった)

それが謀反によって大内当主となったのだ。

(陶)晴賢の傀儡であり、大友義鎮(宗麟)の後ろ盾なしにはやって行けない。

大内は大友に従属する形で争いを終えた。


「織田に使者を送り、よしみを通じる」


元就は婚姻で勢力を伸ばした大名である。

好を通じるとは、それも視野に入れた政略であるのは当然のことであった。


【大友】

大友義鎮(宗麟)は博多を得たことでより財力を得た。

毛利と同じように博多商人から魯坊丸の噂を聞き付けた。

特に三好の敗退を聞いて大いに喜んだ。

近い内に大友が大軍を率いて上洛する日が近づいたと喜んだ。

そして、毛利ほど魯坊丸に脅威を感じていなかった。


「三好に勝った織田の小倅に何か褒美でもやるか?」


そんな感じで軽口を開いていた。

義鎮の興味は京ではなく、南蛮に向けられていた。

その年、フランシスコ・ザビエルら宣教師に大友領内でのキリスト教布教を許可したように、南蛮船に積まれている『国崩し』(フランキ砲)を手に入れることで情勢を一変できると考えていた。

何としても南蛮船と国崩しを手に入れて、京に上洛する日を夢見ていた。


【土佐・一条】

土佐国司、一条-兼定いちじょう-かねさだは父が自害した為に7歳で家督を継ぐことになった。

しかし、7歳の兼定に付いてくる者はない。

そこで関白の一条-房通いちじょう-ふさみちの養子となり、房通が土佐に下向して政務を執り行った。

当初は兼定と共に善政を心掛けたようであったが、次第に財力にモノを言わせた勢力拡大が酷くなっていった。

その一方で、政務に興味を失い兼定は遊興に耽るようになっていった。

そんな横暴ができたのも一条家が下田の湊という南蛮貿易の交易湊を持っていたからである。

下田の湊は博多の別航路で琉球、薩摩を経由して下田の湊に入って来ていた。

その富が一条家を支えていた。

兼定は房通から受け取った手紙を見て、勘定奉行を呼び出した。

近衛-稙家このえ-たねいえ様からのお願いだ。尾張の織田魯坊丸に良いつがいのアグーを送ってくれ!」

「畏まりました」

「くれぐれも良き物を送れよ」

「殿、もしよろしければ、このまま織田と取引を続けてもよろしいでしょうか?」

「何かあるのか?」

「殿が好まれておられる酒も織田の物でございます」

「そうであったか!」

「堺の商人経由で織田の商品が売れております。良い交易品となります。直接に取引をすれば、より大きな利益となりましょう」

「よきにはからえ」

「畏まりました」


兼定は織田や三好に興味もないようであった。

アグー(琉球豚)は四国に持って来られて、珍しい豚として都への送り物として飼育されていたのだ。

琉球まで取りに行かないと手に入らないと思っていた魯坊丸の勘違いであった。

ともかく、魯坊丸が望んでいたアグー(琉球豚)が下田の湊から熱田の湊へと運ばれることになった。

いずれにしろ、土佐でも商人と取引をする武将らには魯坊丸の武勇が広まっていた。

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