第83話 知恩院・東山霊山城の戦い。

鎌倉街道は京と鎌倉を結ぶ街道であり、全長127里 (500km)、63宿で14日程度の旅路になる。

その終着点である逢坂の関を越えると、蹴上けあげで東山を抜けて三条大橋が見えてくる。

その街道と知恩院の外に作った寺領の壁まで1町 (109m)しかない。

寺領は山のすそのを削っただけで半丈(1m)の高低差しかない。

これでは防御にならない。

そこで1丈 (1.9m)の土壁を造り、幅1丈、深さも1丈の排水路を造った。

これで風呂などから出る大量の水を鴨川まで流す。

街道から見ると、手前に半丈の土の土手が遮って排水路は見えない。

織田が壁を造った程度しか思っていないだろう。

外堀としては十分な機能を発揮してくれると思っていたが、流石に一万人を相手するには心許無い。


という訳で、蹴上けあげから3町 (327m)ほど、北に迂回路の街道を造ることにした。

鎌倉街道の終着点を三条大橋から二条大橋に変更したと考えてくれれば判り易い。

町の人が戸惑わないように三条大橋から川沿いの道を作ったので、ここが敵の侵攻ルートになる。


街道を通らずに侵攻すればどうなるのかって?


この3町 (327m)がすべて落とし穴の罠エリアだ。

落ちたい奴は通って来い!


さて、正面の三条大橋から東南に延びる知恩院参道には100丁の根来衆鉄砲隊が待ち受ける。

10日前は突貫で造った土嚢の曲輪もローマンコンクリートで仕上げ直して、立派な石壁に代わっている。

参道は何重にも土嚢を積んだままにして通行禁止だ。

右橋は落としたままで回収していない。

火を焼べると巨大なキャンプファイヤーが立ち上がるだろう。

こっちも通りたい奴は通って来い!


通行用に左橋を解放している。

大軍で押し寄せれば、どうなるか判っているな!

無言の圧力だ。

敢えて道を閉ざしていない。

実は横に穴を掘っているだけで落とす仕掛けにはなっていない。

両方を落とすと、こちらが出てゆくときに不便だからだ。

ハッタリもいい所だ。


曲輪の中は土嚢を詰んでアスレチックの迷宮仕様になっている。

もちろんだが出口はない。

土嚢の上に立つと丁度いい的になる。

この戦が終われば、土嚢を片づけると馬出しとして使えると思う。

曲輪の根元は落とし穴になっているが、あとで吊り橋を掛ければ、横から馬が飛び出してゆけるようになる。

造りは土やローマンコンクリートがむき出しになっており、見た目がしょぼい。

だが、壁に漆喰を塗り、土手に石垣を積み合わせれば、『知恩院』と言うより『知恩城』が完成するだろう。

まぁ、俺が考えた城を10倍くらいの兵力で落とせると思うなよ。


 ◇◇◇


ぽおぉぉぉ~と日が顔を出すと同時に法螺貝の音が響いた。

どどどどっど!

北側から土煙が立ち、足音が聞こえるような気がする。

新しい街道は出た土を盛ったので、少し土手っぽくなっている。

駆け降りてくると勢いが増す!


最初の落とし穴は溝を掘って、網竹を乗せて落ち葉などを乗せてあるだけだ。

ここにありますよ。

そんな感じの粗雑な落とし穴を隠してある。

引っ掛かる馬鹿もいまい!

見た目は街道の側溝のように掘ってある。


「こんなちゃちな罠に俺達が掛かるものか!」


おそらく、そんな言葉を吐いて一跨ぎで跳び越してゆく。

跳び越して、次の一歩を踏み出した瞬間!

丁寧に布を張って土を被せ、落ち葉などを自然に置いた本命の落とし穴が発動する。

二重側溝だ!


街道を横切ろうとした敵が一斉に罠に掛かった。

まさか、ここまで見事に掛かるとは思っていなかった。


「魯兄じゃ! 敵が一斉にこけたのじゃ!」

「あぁ、見事に嵌まったな!」

「やはり、魯兄じゃは凄いのじゃ!」


見張り台で見学していた俺も余りの見事さに驚いた。

間抜け過ぎるだろう。

おそらく、抜け駆けした一部隊が掛かる程度しか考えていなかったが、横一列に見事にこけるのは芸術ではないか?

三好・畠山はギャグに付き合ってくれているのか?

余りの見事さにお市が興奮して困ってしまう。


当然だが、先頭がこけると次も止まれずに一緒に落ちる。

三列目は止まろうとするのだが後ろから押されて粗雑な落とし穴に落ちてくれる。


「おぉ、あの駄目々々な落とし穴にも落ちておるのじゃ!」


落とし穴には竹槍がびっしりと並べて埋めてある。

怪我人が続出と言った所だ。

竹槍には油を塗って、毒があるように見せている。

噂を信じて慎重になってくれるとありがたい。


 ◇◇◇


ダ、ダダダダ~ン!

正面を眺めている間に土手の街道を通ってきた敵の右翼の三好勢が参道に達して、最初の一射目が放たれた。

これで参道の敵の足が止まる。

最初は100丁の一斉射撃だが、次から50丁ごとの交代射撃に変わる。

これで射撃間隔が少し短くなる。

だが、それでも玉の交換には時間が掛かり、敵の接近を許してしまう。

本命は弓と投石なのだが鉄砲の音は敵を威嚇できる。

だから、織田のカードを一枚切った。


織田式の早合だ!


根来衆もびっくりだ。

丸くない玉を見たのは初めてだろう。

普通の玉よりわずかに直径が小さく、弾丸の形をしている。

弾丸の腹に火薬を固形化している。

これで火薬を注ぐ手間が省け、次弾の発射が半分に短縮できる。

100丁の鉄砲が200丁に化ける。


「織田は鉄砲を何丁持っているのだ?」


そんな声が聞こえる気がする。

殺傷能力を考えると1,000丁は欲しいのだが、ないものは仕方ない。


「凄い音なのじゃ!」

「音がすれば、身が竦み! どこかに隠れたくなるからな!」

「前に進めなくなるのじゃな!」


外門の両脇に広がっている鉄砲隊は各々の判断で敵を狙っている。

しかし、左橋を抜けてくる敵がいると、先にそれを狙い撃つように命じている。

正面、左右の三方からの一斉射撃にさらされる。

盾を前にして敵が引いていった。

大軍なら橋が落ち、少数なら狙い撃ちされる。

三好さん、どうする?


「千代、山の方はどうなっている?」

「抜けて来る者はおりません。大量の罠を仕掛けてありますので、一日中に抜けてくるのは無理でしょう」

「山は罠を仕掛け易いからな!」

「ただ、東の粟田神社は一度目の三好の猛攻を凌げそうですが、二度目は無理かと存じ上げます」

「勢いが凄いのか?」

「鬼のような顔をして襲い掛かってきているようです」

「薬が効き過ぎたか?」

「仲間の半数を脱落させたので、その恨みもあるのでしょう」

「早いが後退だ。退避させろ!」

「畏まりました」

「おぉ、それは面白そうじゃな! わらわも見に行ってもよいかや?」

「駄目です。ここで大人しくしてなさい」

「落とし穴に落ちるのを見るだけではもう笑えんのじゃ!」


お市の笑いを取る為に、敵は落とし穴に落ちている訳じゃないぞ。

3町の間に不規則に落とし穴を配置してあり、敵が進むと突然に落とし穴に落ちていた。

敵も対策を取って少数で進んでくる。


うあぁ、憐れな犠牲者が一人、また、一人と出てゆく。


そして、少し時間が掛かったが安全なルートを見つけたようだ。


『進め!』


旧街道の手前にある土手まで兵が押し寄せてくる。

3町 (327m)もあると、強弓ごうきゅうを討てる者しか矢が届ないので、北側の兵は暇を持て余している。

土手から1町 (109m)くらいになるのでやっと仕事が回ってくると思ったようだが、俺がそんな間抜けなことを許す訳がない。


スゴ~ン!

安全なルートを一斉に押し寄せて来た瞬間、地面が抜けて20人くらいが一斉に落とし穴に落ちた。


「おぉ、大仕掛けに掛かったのじゃ!」


細い一本の糸で組み上げた蓋板は、一人、二人が駆けて行っても何も起こらない。

しかし、10人、20人が蓋の上に乗ると糸が限界を超えて切れる。

組み木に糸を通して造った蓋は一瞬でバラバラになって敵が落とし穴に落ちてゆく。

敵の指揮官が茫然となっていた。


「やったのじゃ!」


お市が見張り台の中で飛び跳ねた。

流石に危ない!


「お市、飛ぶのは止めなさい」

「大丈夫なのじゃが判ったのじゃ!」


俺は安全を考えて矢盾の間から覗いているのに、お市は矢盾の上から顔を出して覗いている。

敵が近づけば座らせるつもりだ。


どうして、お市がここにいるのか?

不思議に思う方も多いだろうが謎説きをすれば、実に簡単だ。

誰もお市の面倒を見てくれない。


魯坊丸ろぼうまる様、お許し下さい。お市様の面倒を見るのは無理でございます」


犬千代や弥三郎に任せると、戦場の真ん中でも連れて行きかねない。

(内藤)勝介しょうすけらからも断られた。

気が付いたら、いなくなりました。

それでは済まない。


俺も最初に指示を出せば、戦場では無用な人間だ!

うろうろされては迷惑とされて、この見張り台に隔離されて護衛されている。

この見張り台は寺の北の端に造られたものであり、以前に使った最前線の見張り台ではない。

背後に寺院があるので見えないが、表参道から裏参道まで180度のパノラマを楽しみことができる。

俺はお市ほど目が良くないので人の顔まで判別できないが、大体の動きは察することができる。


ぼわぁっと、一瞬だけ寺院の裏手から火の手が上がった。


「千代、何があったのか、確認してくれ!」

「少しお待ち下さい」


千代女が見張り台から降りて、寺院の裏手に走ってゆく。

知恩院の裏手は祇園社があり、祇園社の円山まるやまを勝手に落とし穴エリアにして、知恩院の外壁の外側にもう1つの壁を造らせた。

急造工事だったので、土壁か、土手か、よく判らない出来だ。


壁の外側は例によって堀があり、実際の高低差を増やしている。


「若様、判りました」


少しすると千代が戻ってきた。


 ◇◇◇


知恩院の裏手は畠山に助力を求められて応じた大和勢5,000人が配置されていた。

その内、1,000人が脱落して、残る兵力は4,000人で攻めている。

東山霊山城にいる公方様にも気を使っており、山道の出口に1,000人の兵を配置して公方様を押さえ、残る3,000人が祇園社から攻め寄せてきた。


「指揮は大和の平群郡へぐりぐんを治めている島 清国しま-きよくにが取っております」


島?

その名前が出た瞬間、悪い予感が走った。


「円山の罠に掛かっておりますが、味方を放置して跨いで通り、そのまま大外壁まで取り付きました」


おぃ、落ちた味方を放置かよ。

鬼の所業だな!


「島清国は『鬼島』と呼ばれる豪の者だそうです。矢が刺さったくらいでは後退することを許しません。敗走する味方を槍で突いて、味方を鼓舞しているようでございます」


逃げる味方を殺すのか?

引けば殺されるとなれば、必死になる。

こりゃ、駄目だ!

裏手に配置した兵は300人だ。

敵3,000人で押し込まれると持つ訳がない。


「すぐに撤収を命じられ、知恩院の外壁まで後退し、油樽を投げ入れたそうです」


初日から奥の手を出すことになるとは思わなかった。

壁を二重にした理由は簡単だ。

そこに油を投じて、火の壁を作るのだ。


日々、から揚げやトンカツ (牡丹カツ)など揚げた油を木樽に残しており、それを大外壁に向かって投げ入れる。

最後に蒸留酒が入った壺を放り込み、火を投げ入れる。


油は一瞬で火が付かないが、蒸留酒は一瞬で火の手が広がる。

その炎がぼわぁと天に広がったのだ。

一瞬で燃える蒸留酒と継続的に燃える油の二段活用だ。


「指揮をとっていた鬼島が火を纏って転げ落ちると、大和勢が逃げ出したようです」

「それは何よりだった」

「その…………何と申しますか、大和勢が敗走したのです」

「追い返したのだろう」

「はい」


千代女の声が鈍い?


「敗走した敵を追撃しても良いと言ったのをお覚えでしょうか?」

「あぁ、慶次らが仕事をくれと言ったので、敵が敗走したら追撃を掛けて、かき乱せと言ったのを覚えているぞ!」

「慶次だけでなく、公方様にも同じことを伝えました」

「そうだったな…………あっ!」


俺は千代女の歯切れの悪さを悟った。

大和勢が敗走し、待っていましたと山道から公方様が降りて来た。

迎え撃つ大和勢1,000人が紙くずのように突破されて、敗走する大和勢を襲ったそうだ。


「どういうことだ?」

「私の想像ですが、山道に配置された兵は立つのがやっとの兵のように思われます」


無理矢理立たせた木偶の坊を見せ兵として置いていたのか?

聡い公方様は一目で見破ったのか!

公方様は敗走する兵を蹂躙する。

嬉しそうな顔をして、刀を振っているのが目に浮かぶ。


「魯兄じゃ! 三好が引いて、土手を下っていくぞ!」


どうやら、三好は大和勢を助けにゆくのだろう。

間に合うのか?

少し遅れて、紀伊畠山勢も兵を引いて救援に向かった。

まだ、昼前だ。

どうやら、うやむやの内に今日の戦は終わったらしい。


その日の晩に公方様から手紙が届いた。

鬼島以外は手応えがなかった。

もっと生きのいい奴を回してくれ!

相手が弱すぎて気に入らないらしい。

知るかよ。


慶次も三好が引いたので討って出て、移動する紀伊畠山に横槍を入れて満足して帰ってきた。

裏手に配置された傭兵らは命からがら助かった感じだが、北側を守っていた傭兵や正面を守っていた織田勢は何もせず終わってしまったのだ。


魯坊丸ろぼうまる様、明日は我らにも戦う場をお与え下さい」


知らん、向こうに聞いてくれ!

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