第72話 桂川の喧嘩両成敗? 〔魯坊丸、どうしてそうなるのもう嫌だよ!〕

「利家ならともかく、義理兄上あにうえまで何をやっているのですか、阿呆ですか?」


帰って来た二人を並べて俺は怒鳴った。

義理兄(中根 忠貞なかね-たださだ)は三好と別れて、河原で一通りの指示を出してから御所に行って報告を行い。

右近衛大将久我 晴通こが-はるみち様と一緒に室町殿(花の御所)で政所執事の伊勢 貞孝いせ-さだたかを同席させて、問注所もんちゅうじょで訴状を上げ、さらに、解決したことを示す約定を見せて解決済であることを記録文書に残した。


問注所とは、鎌倉時代からできた裁判所のようなものだ。

そこで公文書を作った訳だ。

後で言った、言っていないという押し問答は通用しない。

これで織田と三好の争いは解決済みとなった。

逆らって、武力で解決しようとするが御法度になる。

所謂、『喧嘩両成敗』だ。


これに反して武力を使った者が罰せられる。

目出度し、目出度し、これで解決だ。

そんな訳ない。

罰するべき、幕府にその権威がない。

(三好)長逸ながやすは夕方から各所から勝龍寺城しょうりゃうじじょうに兵を集め始めており、兵糧も入れさせていた。

こちらも呼応するように俺も京の各所に隠してあった兵糧を知恩院に入れさせている。


荷物の受け入れと同時に河原者3,000人ほどの為に寺領の広場を解放して、簡易テントを建てさせた。

義理兄が引き受けると言ったのだから約束は守る。

手当り次第の木材を買い漁り、彼らの小屋も建てないといけないな。


「千代、この3,000人は多いと見るか、少ないと見るか?」

「桂川から追い出された河原者が1,000人、鴨川流域で様子を見ていた流民が2,000人と言った所でしょうか? 他の流民は様子見だと思います」


桂川、宇治川、木津川の流域の流民が集めれば、軽く一万人を超える。

彼らが寄って来ないのは三好がどう動くのか見定めているのだ。

こういう嗅覚は下手な武士の予想より当たる。

あぁ~、嫌だ、嫌だ!


それはともかく。

皆を風呂に入れて、義理兄が用意させた古着を着せて食事を与える。

京に来たはじめての日、慶次に伸されたごろつきも混じってなかったか?

食いっぱぐれが便乗してやって来た訳だ。

あぁ~、嫌だ、嫌だ!


近衛家、西園寺家、久我家に手紙を送り、家族を避難させるならば、今日の内が良いと書いておいた。

また、織田家を頼るならば、熱田神社で世話をするとの手紙も添えておいた。


「お市、今日に那古野に戻れ」

「嫌なのじゃ!」

「今日を逃すといつ帰れるか判らなくなるぞ」

「魯兄じゃは負けるつもりかや?」

「そんな訳があるか」

「ならば、わらわも残るのじゃ。まだ、遊びにゆく約束が残っておる」


お市が帰るならば、(内藤)勝介しょうすけらに100人ほど付けて送り帰そうと思ったが失敗した。

説得している間に日が暮れてしまった。


三好 長慶みよし ながよし様、松永 久秀まつなが ひさひで殿にも、事情の説明と仲介の手紙を送っておいた」

「これでいくさは回避できると言うことですな」

「それは判らん。少なくとも (三好)長逸ながやすはやる気があるから兵を集めていると考えよ」

「兵数は?」

「約5,000人だ。無理をすれば、7,000人は集められるだろう」

「我らの5倍ですな」

「あくまで長逸ながやす単独であり、周辺の城主や領主が助力すれば、その限りではないぞ」

「では、いくらほどですか?」

「判らん。摂津の三好からの援軍はないことが幸いだな」


時間が経つほど、情報が集まってくる。

長逸ながやすは周辺の城主・領主に檄を送り、脅して参集を呼びかけている。

利家の首で済むなら安いものだが、それ以上は織田の沽券に関わってくる。

脅せば、下ると思われるのは面白くない。

あぁ~、嫌だ、嫌だ、止めてくれ!


そんなこと思っていると、利家と義理兄が帰って来たので、大広間に呼んで怒鳴り付けた。


 ◇◇◇


「利家、おまえは自分で何をしたのか判っているのか?」

「申し訳ございません。見るに見かねました」

「那古野ならば褒めてやるが、ここは京だ。覚悟しているであろうな」

「いつでもこの腹を掻っ捌いてみせます」

「だから、阿呆だと言うのだ。おまえ一人の腹で済むなら俺は寝ている」


まったく判っていないと言う顔だった。

義理兄の方は承知している様子だ。

(内藤)勝介しょうすけらは困り顔だ。


「どうして犬千代が怒られているのじゃ! 犬千代は両親を殺された可哀想な子を助けたのじゃ! 褒めてやるべきではないのかや? 助けられた子は泣いて喜んでおったぞ」

「だからで言ったであろう。那古野ならば褒める所だと」

「那古野でも京でも同じなのじゃ!」

「那古野と京では違う」

「そんなの魯兄じゃらしくないのじゃ! そんな魯兄じゃは嫌いなのじゃ」


ほっぺたを膨らませてお市が怒っている。

怒っていても可愛らしく、まったく怖くない。

俺はお市の頭に手を置いた。


「よく聞け! 俺が今攻めてくる三好を倒したとする。しかし、そうすると摂津と阿波から三好の本隊も攻めてくる。お市の上洛を助けた二万の三好勢も攻めてくる。三度も戦をすれば、京の町は火の海になる。お市の好きな菓子屋も燃える。そうなって欲しいか?」


お市は首を捻って考えた。

そして、利家の前まで歩いて『めぇ』と言って、ぺちんと額を叩いたのであった。


「犬千代への罰はこれで終わりじゃ」

「判ってくれたか?」

「判ったのじゃ。魯兄じゃはわらわの大好きな菓子を守ってくれるのじゃな」


にぱぁと笑顔を送ってきた。

これは京の菓子屋も守ってくれというおねだりの笑顔ですね?


「約束はできんが努力はする」

「流石、魯兄じゃなのじゃ。頼りにしているのじゃ」


言葉では簡単だがどうする?

そんな事をぐだぐだと言っている間に三好の兵が知恩院の前までやってきた。


「兵の数は?」

「100のみ」


なるほど。

まだ、話し合いの余地はありそうだった。


 ◇◇◇


寺領の門を開いて知恩院の大門まで三好の兵を入れた。

こちらも兵100人で出迎えた。


「長逸の家臣筆頭坂東大炊助の甥で坂東少録である」

「同じく…………」


竹鼻清範の一族、楽屋奉行の岩崎越後守の一子?

誰?

まったく知らない。

名乗るくらいだから有名なのだろうか?


「俺が魯坊丸ろぼうまるだ! こんな夜半に何用か?」

「これは異なことをおっしゃる。三好に逆らった罪人、前田利家、その主人である織田市、責任者の中根忠貞の三名を引き渡して頂きたい。然すれば、今回のことはなかったことに致しましょう」

「すでに、この件は若槻隠岐守と和議がなっておる。若槻隠岐守はどうされた」

「隠岐守は主命に逆らった罪で更迭されております。返答や如何に?」


若槻光保を罰することで和議をなかったことにするつもりか?

すぐに兵を送らない所を見ると、義理兄の和議も一定の効果を発揮しているのだな。

つまり、大義名分が足りない。

(三好)長逸ながやすも下手に軍を動かすと、今度は長慶ながよしから自分が更迭される可能性もあるのだ。 

なるほど、時間は稼げそうだ。


「なぁ、お市! 勉強になるであろう。無闇に喧嘩をふっかけると、こういう馬鹿がやってくるのだ」

「犬千代が悪いと思わぬが、確かに面倒臭いのじゃ」

「今、なんと言われた。我らを愚弄するか?」

「承知したと長逸ながやす様にお伝えくだされ! 明日、俺が直々に三人を問注所まで連行してゆく。長逸ながやす様も室町殿までご足労願う」

「否、この場で引き渡せ」

「それはお断りする」

「三好に逆らうつもりか?」

「そちらこそ、朝廷に逆らうつもりか? 朝敵として三好を潰すことになるぞ」


あぁ、面倒臭い。

ここで武力を使って追い返せば、早朝には長逸ながやすの兵が知恩院を囲んで武力で威圧してくる。

戦にはならないだろうが、睨み合いが続くことになる。

できれば、口実を与えない為に武力を使わず、丁寧にお帰り頂かねばならない。

何度か応酬したが埒が明かない。

と言う訳で、(内藤)勝介しょうすけと交代だ。


「何故、今更!?」

「俺もそろそろ眠たいし。こういう粘り合いの交渉は勝介しょうすけの方が得意だろう?」

「最後まで責任を取って下さい」

「無理、その内に力尽きて寝るのがオチだ。そうなる前に代わっておく方がお得だろう」

「何ですか!? その理由は?」


後ろで林 通忠はやし みちだた千秋 季忠せんしゅう すえただが苦笑いをしている。

俺が突然に内輪もめを始めたので、坂東少録の額に青筋を立てている。

付き合いきれん。

そう言って、このまま帰ってくるとありがたいのだが、やっぱり無理か?


「ははは、やはり面白いことになっておるではないか?」


聞きなれた声に俺ははっとして顔を向ける。

勝介しょうすけと漫才をしている暇ではなくなった。

紫の頭巾、お供は10人ほど…………。

外門をくぐり、三好の兵の後ろに無造作に近づいてゆく。


『きさまら、何者だ』


坂東少録が馬を返して、紫頭巾の方に向いた。


「待て!? 手出しをするな!」


俺は叫んだ。

だが、紫頭巾の一行は三好の兵の真後ろまで近づいていた。

坂東少録は俺がからかい過ぎたので気が立っていた。


「余はこいつらの友人であり、風呂を所望に来た! 道を開けよ。さもなければ、無理矢理押し通る」

「ははは、やれるものならば、やってみよ」

「言ったな。忘れるなよ。その言葉」


坂東少録にとって丁度よい見せしめと思ったのだろう。

だが、それは最悪の選択だった。


「止めよ! そのお方は…………!?」


俺が叫び切るより早く。


『やれ』


坂東少録の声が上がり、槍を構えていた三好の兵が紫頭巾を襲った。

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