第13話 凧揚げ。

凧々上がれ、天まで上がれ!

三十郎兄ぃ以外の側用人が懸命に走る。

上がった凧の糸を主人に渡した。

凄い勢いで部屋を出ていった。泣いたカラスがもう笑っている。

お市とお栄と里の凧は俺が作ってやった。

中央の文字は俺が書き、周りの色を自分らに塗って貰って自分で作った感を満喫して貰う。

最後に紙を割り竹 (竹ひご)と合わせてノリで止めると完成だ。

3人に上がった凧の糸を渡して上げると、妹達は必死に凧を操作する。

どこまで高く上がるかの競争している。


「わらわが一番なのじゃ」

「まえにゃい」

「うぅぅ~~~」


お市は器用に操り、お栄はがんばっている。

里は悪戦苦闘、というか力が足りない。

女中が手を貸して何とか体勢を取り直した。

他の兄弟の凧も順調に上がっている。

本気で雲を目指しているが、そろそろ糸の限界だ。

源五郎(11男の(織田)長益ながます)の糸が切れてあらぬ方向に飛んでいった。

あぁ~~~、源五郎が膝を付いて泣き出してしまった。

そこに横に流れるような風が吹いた。

彦七郎(7男の(織田)信興のぶおき)の凧は左右のバランスが悪く、どうしてもくるくると回って安定しない。

横風に流されて、お市の方向へと凧が流されてゆく。


「七兄じゃ、こっちに来ちゃ駄目じゃ」

「市、スマン」

「来るなじゃ」

「ごめん」

「来るなじゃ」


あっ~~~~、絡まった。

お市は必死に抵抗するが、二つの凧が絡まって回りはじめている。

絡む前に彦七郎は糸を切るべきだった。

喜六郎(8男の(織田)秀孝ひでたか)、半左衛門(9男の(織田)秀成ひでなり)が今更に近くから逃げようと慌てている。

さて、糸を切るように言うべきか、慌てて楽しんでいるのを放置するべきか?

三十郎兄ぃ(4男の(織田)信包のぶかね)は我関せずと、最初から距離を取って、かなり離れた場所に移動していた。

狡いな。


ここで非常に残念なお知らせがある。

北西の風の日は晴れが多い。

天気は晴天!

例年なら海岸近くで凧揚げをやっており、凧は対岸に落ちた。

今日の風も北西であった。

敵がいる海岸近くで敵に向かって凧揚げ!

流石に叱られてしまう。

今年は山の麓の広場で上げている。

上がり過ぎた凧の落ちる先は海だ。

竹と紙で作った凧の運命や如何に?


「魯兄じゃ、スマナイのじゃ」

「市は楽しめたか?」

「うん」

「ならばよし。凧はまた作ってやる。今日の奴より大きい奴だ」

「ホントじゃな! また、作ってくれるのか?」

「あぁ、市の為に何度でも作ってやるぞ」

「ありがとうなのじゃ」


市も満足したみたいだ。

そろそろ凧を回収して帰るとするか!

向こう岸が騒がしくなってきたと報告もあった。

何故、向こう岸がって?

…………と思う人もいるだろう。

これが不思議ではない。

凧揚げは純粋な遊びではなかった。

1つは遠くの味方と連絡を取る手段だった。

あるいは、他には敵との距離を測る手段や凧に火をぶら下げて火計の道具としても使われていた。

織田が何か企んでいる。

そんな風に見えているかもしれない。


毎年、やっている凧揚げだけどね!

今年はどう映ったのだろうか。

向こう岸が俄かに騒がしくなってきたらしい。

今頃、笠寺では兄上(信長)が攻めてくると大慌てかもしれない。


 ◇◇◇


凧に誘われてやって来た鳴海の物見が帰っていった。

こちらに被害もなかった。

敵方には軽負傷者が出たらしい。


「抱っこ紐 (吊り紐)の練習場所を河川敷に変更した為です」

「村人全員で投石の練習をされたら、向こうもびっくりしただろうね」

「はい、20人足らずに300人が押し寄せました」


15日には熱田で朝市が開かれ、周辺の村が市に参加する為に多くの者がやってくる。

普段は銭を払った行商人しか店を出せないが、この日ばかりは通りの軒先を借りて、思い思いの店が立つのだ。

人が集まってくるので商人も気合が入る。


そこで熱田神社主催の『抱っこ紐 (吊り紐)大会』を初開催する。

村の代表4人が一町いっちょう(109.08m)先の四つの的を当てる。

投げる球も四種類だ。

河原にある石、四角の煉瓦、丸い煉瓦、そして、最後に鉄球だ。

参加する村に一セットずつ渡して練習させている。

15日、熱田の特設会場で村ごとに投石をする。

それを四回繰り返して、より多く当てた村が決勝に進む。

決勝に進出できるのは10組だ。

この10組に30文の賭け札を売って一儲けする。

そうだ!

10文は熱田神社への寄付だ。

沢山の人が賭けてくれれば、熱田は儲かる。

優勝者は熱田神社の大宮司から米10俵が贈呈される。

決勝に進んだ村も各4俵、参加した者には各10個の餅が配られる。

同じ日、津島神社でも同様の祭りが開催される。

娯楽が少ないので楽しんでくれると思う。


もちろん、抱っこ紐 (吊り紐)の発祥の地として中根村の三村はダブル優勝目指して頑張っている。

参加者の選考会、最後の追い込みだ。

熱が入っている所にちょうどいい的がやってきてくれた。

鳴海の兵からすれば、いい迷惑だろう。


「そう言えば、松炬島まつきょじま(笠寺台地)の住民も参加すると言っていたな!」

「はい、札を熱田神社に届けております」


昨年、援軍に来た今川勢は当たり前のように松炬島まつきょじま(笠寺台地)で乱取りをした。

敵国から奪うのは当然の権利なのだ。

金品を奪って、人攫いを行い、それを領主や村などに売り捌いて稼ぐ。

気に入らなければ、ばっさり殺す。

熟女から少女まで、婦女暴行なんてあたり前だ。

嫌がる方が燃えるなんて変態もいる。

こうして、負けた村は泣き寝入りをさせられる。


松炬島まつきょじま(笠寺台地)の11村 (柏畑・市場・櫻田・東郷梅・山崎・戸部・本星崎・笠寺・櫻・山崎・新屋敷)が被害者だ。

逃げる先がなければ、また村に戻ってくるしかない。

こうして村は支配者を変えながら生き残ってゆく。

それは逃げる場所がなければ…………の話だ!


「本当にその通りです。逃げ場所がなければ、松炬島まつきょじま(笠寺台地)や鳴海の村人は我らの敵になって大変なことになりました」

「そんなことないさ。いずれは塩の売り先がなく、織田に戻ってきた。熱田を織田が支配する限り、笠寺は織田を味方することになる」

「なるほど、一時は敵になっても、いずれ戻ってきたのですね」

「そういうこと」

「勉強になります」

「でも、難民村は悪くないだろう」

「はい、残った武将らは我らに味方して戦ってくれております。はじめから織田が優勢です」


千代は勉強熱心だ。

まるでスポンジのように俺の知識を吸いこんでゆく。

俺の第一秘書は頼りになる。


「なぜ、笠寺を取り戻さないのでしょうか?」

「取り戻してどうする?」

「どうすると言われましても、それが普通かと」

「荒れた土地を復興するのに、どれほどの銭がいると思う。それを出さないと、今度は織田が恨まれるだろう」

「それで取り戻さないのですか」

「そうだ、まだ早い」


無理をして取り戻す意味がない。

那古野に二面攻略できるほどの余力もない。

今川は勝っているのだ。

笠寺・鳴海・大高を失わない為に食糧を送って貰いたい。

その分、大規模な遠征軍を編成する余力がなくなる。


「そこまでお考えだったのですね」

「考えたというより、そうなったと言った方が正しい。山口 教継やまぐち のりつぐが自分の失敗に気づいて、織田に詫びを入れたら助けない訳にいかないだろう。このまま今川のお荷物になってくれた方が、こっちとしては便利だよ」

「確かに今川の遠征がなければ、尾張統一も楽になります」

「そうなるといいね」


もちろん、逃げてきた1,500人の難民も無駄にしない。

折角の労働力だ。

熱田台地の脇に水路を掘り、掘った土で湿原を埋めて新田地とする。

そこを難民に解放する。

ほとんどを田畑にするが、笠寺は塩の生産を行ってきたので塩田を作って塩の生産を再開して貰った。

もちろん、俺のアイデアと干潮を利用した水路を作らせている。

巨大な足踏みの水汲み水車には笠寺の人もびっくりだ。

流れ落ちた海水は風で水分を奪われ、砂を引いたローマン・コンクリートの斜面を流れ落ちる間に太陽の日差しで乾燥が進む。

濃い海水に仕上げた所で笠寺の人にいつも通りの塩取りをお願いする。

塩の取れる効率が何十倍にも上がって大喜びだ。

そこで稼いだ銭が武将への援助物資に代わって送られる。

織田家は労せずして、ゲリラ兵を手に入れる。

しかも、それらの土豪から兄上(信長)は感謝される。

取り戻した後の支配も楽に進む。


「ワザと土地を奪わせることに意味があるとは思いませんでした」

「今川も送った兵を戻せないので困っているだろう」

「笠寺・鳴海・大高は収穫も銭もほとんど落とさない土地となって重荷になっていると思われます」


村人の半数近くは那古野に避難している。

残っているのは、ゲリラ戦を展開する味方と山口親子と親しい地頭や豪族のみだ。

そこに兄上(信長)は訓練と称して、何度も攻めている。

領民は激減、田畑は荒らされる。

寝返ってから随分と立つのに領民が落ち着かない。

これでは山口教継・教吉親子の面目が立たない。


もちろん、山口教継も無能ではない。

向こうも砦を築こうとした。

その度に兄上(信長)は常備兵を出して嫌がらせをする。

投石の地味な攻撃に腹を立てているだろう。

何故、投石?

俺が鉄砲10丁のみで1日300発まで制限を付けているからだ。

兄上(信長)は怒っているけどね。

小出しに鉄砲の威力を教えてやる必要はない。

どうせ見せるなら派手な方が効果的だ。

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