第14話 おじいさんの真実
「う、嘘だ…。
何を言ってるんだ!
だ、だって僕がさっき見た頭領はどう見ても鬼の姿で・・・
そ、そう!ツノも生えてたんだ!」
にわかには信じられないといった様子の桃太郎。そんな彼に―――
「その様子だとおじいさんの薬草の効果が切れたみたいですね。」
別の方向から声が掛けられました。
彼がその方向に目を移すと―――そこには・・・
老いを象徴するような白髪に、シワだらけの顔。
しかし、その瞳には確かな光を感じられる―――
一人のおばあさんが立っていました。
「・・・あなたは?」
「分かりますか?
私はさっきあなたが『鬼の女』と言っていたあの老婆です。
私は・・・」
恐らく桃太郎にとっては、今までの話だけでも十分に受け入れがたい事実でしょう。
しかし―――
しかしそれでも…
この少年に真実を告げねばならない。
おばあさんはそんな思いを胸に、言葉を続けました。
「そうね…。
貴方があの人の事を、おじいさんと呼ぶのであれば…。
私はさしずめ、貴方のおばあさん…と言うべきかしらね。」
桃太郎の目がわずかに見開きます。
「私は、あの人―――貴方のおじいさんの……
元妻です。」
「お、おばあさん…?
僕のおばあさんは…昔に、亡くなったって…。」
桃太郎の声はか細く、震えています。
桃太郎のその言葉に、おばあさんは静かにゆっくりと、首を横に振りました。
「亡くなったのではありません。
私はあの村、いいえ…あの人の下を去ったのです。
悪事の限りを尽くす貴方のおじいさんの下をね。」
「な、何を言ってるんですか?
おじいさんは…おじいさんは……。」
桃太郎は首を横に振るばかりで、なかなか言葉を紡げないでいます。
その事実は、桃太郎には到底信じることなどできないものでした。
「だって俺を育ててくれたのはおじいさんだ!
そのおじいさんが言ってたんだ!
『お前は桃から生まれてきた』んだって!」
なぜなら彼はおじいさんからずっとその様に聞いていたのですから。
「おじいさんも言っていた!
この鬼ヶ島には悪い鬼達がいるって!」
そう。
彼はおじいさんからずっとその様に聞いていたのです。
「僕は桃から生まれたんだ!
鬼は本当にいるんだ!
いるんだよぅ‼」
半ば狂乱気味に喚く桃太郎。
そんな彼に苦々しげな表情を浮かべる二人でしたが、そんな中でおばあさんは、やがて意を決したように桃太郎に言い放ちました。
「桃太郎や。
聞くが…
お前が桃から生まれてきたと言う証拠はあるのかい?」
「………ッ。」
桃太郎の動きが止まります。
「鬼にしたってそうだ。
お前はこの鬼ヶ島に来る前に、実際に鬼を見たことがあるのかい?」
「………ッ!?」
桃太郎は言葉を返せません。
「良いかい?
今から言う事をよく聞きなさい。
お前はどうしてもこの話を受け入れなければならぬ―――」
そう言っておばあさんは語り出しました。
おばあさんの話によると―――
十年前、その村の住人はおじいさんの手によって洗脳されていました。
おじいさんの仕事は薬草売り。
おじいさんはその昔、山である恐ろしい薬草を見つけました。
その薬草は人々に幻を見せ、狂気に誘い、そしてその者の力を最大限に引き出す、それはそれは恐ろしいものでした。
その薬草の魅力に人々は取り憑かれ、毎日のようにおじいさんのもとへ薬草を求め、やがておじいさんは村人達の心を虜にしていったのです。
そして来たるその日。
おじいさんは財宝を奪わんと、村人達と共に鬼ヶ島へ攻め込みに行きます。
しかし、ついに財宝を奪うことは出来ず…
代わりにとある小屋の中から、一人の赤子を手に入れました。
おじいさんは考えました。
この赤子を育て、武術の鍛錬を積ませ、やがて優秀な刺客を作り上げ―――
この者をあの鬼ヶ島へと送り込もうと。
そしてその赤子に物心が付いた時…
桃から生まれてきた事―――
鬼ヶ島には悪い鬼達が居る事―――
そしてかつてその鬼達に村の財宝が奪われた事を言い聞かせたのでした。
後は鬼退治に出発する時に薬草を食べさせる事が出来れば、あらかじめ刷り込んでおいた思い込みのままに幻覚を見せることが出来る―――
おじいさんはそんな長い、長い計画を考えたのでした。
「私は最後までおじいさんを諫めようとしました。
しかし…あの人はそんな私を邪魔に思ったのでしょう。
ある日私はおじいさんに殺されそうになり、命からがら逃げ延びたのです。」
桃太郎はおばあさんの話を悲壮な表情で、ただ黙って聞くしか出来ません。
それでも彼はなんとかその震える唇を動かしました。
「じ、じゃあ…あの、僕の仲間達は…?
仲間の犬、猿も…そして、あのキジも…。」
「あれも…薬草の効果でしょうね。」
おばあさんの言い方は、桃太郎にとってはなんだか非常に冷たく聞こえた気がしました。
「ち、違う!あいつらはちゃんと存在するんだ‼
だってちゃんとそこに居たんだ。ちゃんと会話もできたし・・・」
必死でそう叫ぶ桃太郎は、もはや無理にでも事実を受け入れまいとする―――
そんな姿に見えました。
「そ、そうだ!
船着き場の人とも会話していた!」
彼はまるで希望の糸口を見出したかのように顔を明るくさせますが、その顔ははたから見れば、まさに狂気に取りつかれたかのようなそんな恐ろしげなものにも見えました。
「そう・・・あの時・・・確か、猿も船着き場の人に話しかけていた。」
彼は記憶の糸を手繰り寄せるようにその時の事を思い出そうとします。
「確か・・・えっと・・・猿が話しかけたら・・・向こうはそれを無視して・・・」
男とおばあさんはそんな彼を黙って見守っています。
「あ、でもキジがその後にキビダンゴの事を説明したんだ・・・!
すると・・・相手は・・・えー・・・。 あれ?」
そして彼の口からは徐々に言葉が出てこなくなり・・・そして―――
「あ・・・。会話・・・してない。」
彼は虚空の一点を見詰め、たった一言。そう呟きました。
「桃太郎や。これで分かったでしょう。
その『仲間』とやらを見て、言葉を交わしていたのは、
お前だけだったのです。
その者たちは存在しない。初めからいなかったのです。
それに―――」
おばあさんは一つ息を吸い込み、こう言い放ちました。
「動物は、人の言葉など話せません。」
桃太郎は、愕然としました。
「おじいさんが……。
あのおじいさんが……。」
桃太郎はある日のおじいさんの言葉を思い出します。
……思い出さんでええ。
怖いことは思い出さんでええんじゃ―――
それは、小屋の中に一人取り残される夢を見た翌日、おじいさんにそう言って抱きしめられた時の言葉。
自分の為に掛けてくれたと思い込んでいたあの言葉。
あれはつまりおじいさんにとっては、思い出されると都合の悪い記憶だった―――
桃太郎はあの言葉の本当の意図を知ってしまったのでした。
おじいさんが…嘘をついていた。
どうしても信じられない、いや、信じたくない事実に、彼は心が徐々に壊れていくような感覚に陥りました。
しかし、これは紛れもない事実。
いや、今にして思えば桃太郎はあの仲間達に指一本触れた事はなく、戦っている時にも彼らは戦闘に参加しなかったではありませんか。
いや―――
あれは戦闘に参加しなかったと言うよりかは…
干渉できなかった―――というべきか。
そう。
最初から何も存在しなかったのです。
犬も、猿も、キジも、鬼も―――
「………?
……………鬼も?」
そうなると―――
彼はある恐ろしい事実に辿り着いてしまいます。
もしも鬼など存在しなかったのであれば…
いや、その鬼がただの人間だったのであれば…
彼が今までやってきた事。
それはつまり……
「僕は………
…………人を殺したのか?」
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