第3話 桃太郎とおじいさん

「どうしたんじゃ桃太郎。よく眠れなかったのか?」


その日はとてもよく晴れており、桃太郎が布団から起きてくると、おじいさんは部屋で薬草を作っていました。


「実は昨日少しこわい夢を見てしまって…

それよりおじいさん、今何を作っているのですか?」


「薬を作っておるのじゃ。生活は苦しいが、なんとか生計を立てんといかんからのう。」


おじいさんが薬草をすり潰すと、見る見るうちに粉の様になっていきます。


桃太郎は感心しながらおじいさんの隣に座って、作業を眺めています。


「それより桃太郎よ。さっき、怖い夢を見たと言ったな。」


おじいさんは尚も薬草をすり潰しながら聞きました。

すると桃太郎はにわかにその表情を陰らせました。


「はい・・・。あれは、僕が小さいころの夢でした。

村が大変な事になって・・・たぶんおじいさんがいつも言っていた、村が鬼たちに襲われた時の夢だと思います。」


するとおじいさんの、薬草をすり潰す手が止まります・・・


「あの時、僕は確か小さな小屋の中に隠されたのですが・・・。

その人が誰だったのか、あの後どうなったのかが思い出せないのです。」


桃太郎が何とかそれを思い出そうと、頭を抱えていると・・・


「・・・おじい、さん?」


「・・・思い出さんでええ。」


おじいさんは一言そう言うと、桃太郎を優しく抱きしめました。


「怖いことは、思い出さんでええんじゃ。

怖いことは、忘れてしまったら、ええんじゃ。」


桃太郎はしばしポカンと目を丸くしていましたが、彼は次第にその眼を細めていきました。


「・・・。」



なんだか…懐かしい感触―――




そう思った途端。


桃太郎は昨日の夢がとても温かく思えて・・・



とってもこわい夢だったはずなのに―――


とっても哀しい夢だったはずなのに―――



おじいさんは僕にとって一番大切な人で・・・


僕はおじいさんにとって一番大切な人。


自分を抱きしめるおじいさんが、今どんな顔をしているのかは分かりませんが、

おじいさんから匂う土臭い薬草の臭いが、とてもいい匂いだと桃太郎は思いました。



その時でした。



おじいさんは・・・大切な人―――?



自分を包むおじいさんの両腕の中で、

彼は夢の続きを思い出したのです。



彼は絡まった糸を手繰り寄せるように、『あの後』の記憶を辿って行きました。



小屋に一人取り残された後―――



彼は真っ暗な空間の中で独り、膝を抱いていました。


あれからどのくらいの時間が経ったのだろうか。


彼には分りません。


ただ、あれだけ騒がしかった外は、今はもう既に静まり返っています。



―――必ず、戻るから



彼にはその「言葉」はとても力強く、とても頼もしく思えました。



絶対に帰ってくる。

絶対に約束を守ってくれる。

絶対に僕を………


彼はその事だけを信じ、『あの人』の帰りを待ち続けていると・・・



暗闇の中に一筋の光が射したのです。



ほら…やっぱり帰ってきた。


小屋の扉を開けたその人物。


その人影に抱き上げられ、小屋の外に連れられると、

既に外は眩しいほどに明るくなっていました。



そして、光り輝く太陽が、『この人』の顔を照らした時・・・


ああ。

やっぱりそうだ―――


彼にとって一番大切な人で・・・

彼の事を一番大切に思っている人。


小屋から連れ出してくれたその人とは―――

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