訪問者

 荷物の整理をしていると本日二度目のインターフォンが鳴った。

 一口サイズに切った食材を鍋に入れ、火を通していたところだったので一度コンロを止めた。

 驚いたことに、私の部屋には電気式コンロがあったのだ。このマンション自体かなり古い物らしいので、格安で借りることができたのだが、まさかまだ料理が一般的であった前時代から存在していたものが、この部屋に残っていたとは思いもしていなかった。

 まざかこんなにも早く料理をひとりですることになるとは昨日の私でさえ考えていなかった。とにかく今はジョンに逮捕された料理教室の皆のために私ははカレーを作り、料理の善悪を見極めなければならない。

「はい。どちら様ですか」

 室内に備え付けのモニターで玄関の向こうにいる来訪者を覗くと見知った相手だった。私は訪問者の彼がスーツを着てるところは初めて見た。そして、来客が私を頼ってきたのだと思うと同時に玄関まで急ぎ足で行き鍵を開けた。

「あんたか。ホログラムテレビのジョンの声明を見たんだろ」

 私は料理教室で会っていたあの若い方のもう一人の男性を玄関に招き入れた。

 今や男は私が来る前の料理教室最後の生き残りとも言える。

 迂闊にも私はなぜ住所がわかったのか尋ねはしなかった。できるだけ早く情報を交換し、これからの策を考えたい。それだけ、お互い急を用しているのだ。

「この匂いは何でしょうか」

 男は私に尋ねた。今日の声音はいつも違い、力が籠っているように感じた。

「何って、カレーを作っているのさ。今朝のジョン・スミスが料理教室にいた人たちを逮捕したっていうのをあんたも見ただろ。それで私は本当に料理が悪でゼリー食は善なのか、自分で確かめてみようと思ったのさ」

「なるほど。君の対応次第では、俺も見逃してあげようと思いましたが、やはりそうはいかないみたいですね」

 男はスーツのズボンから銃を取り出し僕に向けた。よく見ると彼は襟に政府警察のバッヂをつけていた。

「そうか。あんたは政府警察官。ジョンの部下だったんだな」

「その通り、俺は偉大なるジョン・スミスの右腕。料理教室にスパイとして潜入し、料理をするバカどもの行動を監視していた。もうすぐ一斉に摘発だって時、君が来たからレジスタンスに嗅ぎつけられたのかと思ったよ」

 男は私に迫った。今すぐ銃で撃たれるか、大人しく政府警察署まで連行されるか。玄関には男のほかにも複数の政府警察官がいた。おそらく男の部下といったところだろう。

「あんたも料理をして食べてただろう。自分自身は罪に問われないのか」

「俺は料理なんか食べてないさ。あんなもの腹に入れたそばからトイレに駆け込んで残さず吐き出したよ。あの老人も相当な頑固だった。昨晩、俺が何度拷問しても決して、最後まで料理をやめるとは言わなかった」

 最後まで。あの老人はどうなったのだろうか。殺されたのだろうか、それともまだ生きているのだろうか。他の二人はどうなった。

 私は男に反撃するため、男の視界から外れるようにキッチンへと転がり込んだ。玄関になだれ込んでくる自身の部下を自ら静止し、男は私との距離を詰める。そこで私は今まで使っていたナイフと握り、男の懐に入り込む、銃弾が頬のすぐ側を掠めたが気にしていられない。当てる気のない威嚇射撃だ。こちらが隙を見せて男に捕まればどうせすべてが終わる。弾を躱し、まだ私の身体が動いているというのなら、それは生きている証拠だ。

 しかし、男も黙って私を懐に潜り込ませたままにはしない。膝蹴りを繰り出した。私はそれを左肘で迎え撃ち、右腕でナイフ落とさないように、一層強く握りしめる。

 男は空いた右腕で私の腹を強く殴る。私も歯を食いしばりナイフを柄でなんとか男が持っていた銃を叩き落とした。

 視界が揺れた。私は思いっきり頭突きをされたのだとわかった。一瞬、意識が朦朧としたことが最大の隙になって、ジョンの手先は私の肩に掴みかかり、そのまま床に投げた。天地が反転したように視界が回り、最後にはもう一度、頭を強く地面に叩きつけられた。

 男は銃を拾い、私の両足をパンパンと一発ずつ撃ち、地を這う以外の行動を奪った。

 私は痛みに悶えながら銃を下げるように男に言い。そして、両手を差し出し、手錠を掛けられた。

「午後一時三十五分、調達罪、調理罪、調味罪により男を現行犯逮捕。こいつを連行しろ」

 静かに言い放ち、私を連行するように部下に指示した。

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