ホログラムテレビで

 次の日は休日であったけれども、平日と同じように偉大なるジョン・スミスの挨拶から朝が始まった。

「みなさん、おはようございます」

 いつものようにテレビ台に置かれた円筒状の投影スクリーンへ実寸大の偉大なるジョンが映し出される。

 私はすでに朝食を済ませ、食後の時間をソファーで過ごしていた。

「今日は国民のみなさんにお伝えしなければならないことがあります」

 いつもとジョンの表情が違う。毎朝、まず国に貢献した国民への感謝が述べられるはずだ。小規模から中規模の戦闘に対するジョンから兵士への労いの言葉があるはずだった。

 ジョンは、間を十分に開けた。静寂が場の空気を支配する。

「反逆者が出ました。それも複数名」

 反逆者が出るのはいつ以来だろうか。私がいる限りジョンに反逆しようと企てるのはジョンのことを良く思わないレジスタンスの連中がすぐ頭に浮かんだが、レジスタンスのことを公で取り上げることはないだろうとその考えを忘れた。もしジョンが自身の命を狙っているレジスタンスのことを報道しようものなら、自ら弱点を晒しているようなものだ。ジョンのように利口な指導者はそのようなことはしない。レジスタンスの連中ならジョンが秘密裏に対処できるはずだ。

 ジョンの言う反逆者とは、レジスタンスとは無関係の人間であると私は推察する。

「我々に反逆したのは数名」

 ほら、やはり少数だ。レジスタンスのように大掛かりな組織ではないと心の中でつぶやく。

「まずはこの三人」

 そうしてホログラムテレビの中に映し出されたのは見知った顔の写真だった。一人は若い女性、料理教室にいたその人だった。一人は、私よりも老いた小太りの男性。そして、もう一人は私が、料理を教わったあの老人だ。

 ふと、昨日雑居ビルを出た後の自分の行動を記憶の中で辿った。間違いない。私は確かにまっすぐ家に帰ってきた。政府警察署になんて寄ってはいない。私は彼らのことを通報なんてしていない。

「彼らの犯した罪は、そう、食罪である。食品を調達してはならない、調理してはならない、調味してはならない。これらを犯し、個人の食材調達ルートを持ち、その食材を調理し、そして、調味までした。これらは非常に重大な罪にあたる。食糧は我々、政府の用意するゼリー食でなければならない」

 ジョン・スミスは、悪を握り潰すがごとく自らの拳を強く固める素振りを見せた。

 もう一度、ホログラムテレビに移された顔とそのすぐ近くに表示されている名前が一致しているかどうかを確認する。そもそも私は彼らの名前を知らないということに気が付いたので、もう一度注意深くそれぞれの顔をみた。

 間違いなく彼等の顔であった。

「この罪の重大さは諸君にもわかるだろう。ゼリー食を我々が食べているのはいずれやって来る食糧難を回避するためだ。現在、我が国の人口は二億人。これは五十年前の日本の人口よりも四割多いことになる。さらに予測では今後十年以内にさらなる人口増加で二億五千万人を超える。人が増えればそれだけの食糧が必要になる。このような困難な時に料理をするなど反逆者に他ならない」

 ジョンは声を張る。

 そして、わずかな沈黙の後、私に戦線布告した。

「残りの反逆者も必ず見つけて逮捕する、私は我が国民に誓おう。これを見ている反逆者の君、必ず君を捕まえる。そう我々人類のために」

 ホログラムテレビ越しに私とジョン・スミスの目があった。私は金縛りにあったかのように、目を逸らすこともその場から逃げ出すこともできなかった。

ジョンがそのまま演説台の前から立ち去ると同時に放送も終わった。

 溜息をつき、私はしばらくの間、恐怖で身動きが取れないでいた。いよいよジョンに目を付けられてしまった。

 その時、私はあの男のことを思い出した。料理教室にいた同じ歳の頃の男だ。ジョンの演説で逮捕者として出てこなかったということはまだ捕まっていないということだろうか。

 以前、彼と話をしたとき勘の鋭そうな男だと思った。もうどこへ逃げ出してしまっているかもしれない。連絡をしようにも、連絡先を知らない。

 私は部屋の中を見回した。すると若いころか何度も読んでいる本が収まっている本棚に目がいった。その中から一冊を取り、中を開くとそこには食事について書かれていた。その本は前時代に書かれたもので、料理はその当時のモノと推測できた。今のゼリー食とは違い、家族がいくつもの料理を囲む和やかな時間が想像できた。

 気が付くと電話番号を端末に入力していた。最後の日、老人からもらった古いメモだ。数回のコールの後、慌てた様子の男が電話に出た。

「すまないが。ホンモノの食材の注文を頼みたい。カレーを作りたいんだ」

「はあ、おまえさん正気なのか。今、ホログラムテレビ見てなかったのかよ。食罪を犯す気か。今は監視の目がいつもより厳しくなっているまた今度にしな」

「見ていたさ、あの人たちは私の友人だ。だからこそ、私は料理をしようと思ったんだ」

「ああ、そうだったのか。そりゃ、気に毒に。まあ、あんたがそういうならこっちも断る理由はないね。そういう商売だからさ」

 住所を告げるとすぐに昼までには届けるということだったので、急ごしらえではあるが兵士時代に使ってたナイフを包丁代わりにすることに決めた。

 その日の昼。来客を告げるインターフォンが鳴り、玄関先でカレー一人前の食材を受け取り、代金を支払った。金額を見て、なるほど、確かに払えなくはないが、そう毎日はできそうにない金額だった。

「あんた気をつけたほうがいいよ」

 帰り際に配達に来た男が私に忠告した。

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