第41話 数え年
春子はぎこちなく視線をそらす。
「子槻さんは、おいくつなのですか?」
子槻が不可思議そうに首を傾けるのが視界の端に映る。
「わたしの年かい? 十八だけれど、どうしてだい」
「同い年だったのですか?」
春子は思わず子槻を見つめてしまって、慌ててかぶりを振る。
「いえ、あの、見た目が若いので年下かなと思っていて、でも言っていることは達観しているので年長なのかなと……」
「わたしはそんなに不甲斐ないだろうか」
子槻が不安そうに顔を曇らせて、春子はさらにかぶりを振った。
「そういうことでは……満ではおいくつなのですか?」
ふと思いついたので聞いてみた。年は数え年が通例だが、書類や尋常小学校入学の年齢は満年齢が基準なのだ。
数え年は生まれたときが一歳、正月に皆一歳年を取るが、満年齢は生まれたときが零歳、次に生まれた日が来ると一歳ずつ年を取っていく。
子槻は困った顔になって宙を仰いで腕組みする。年は数えが当たり前だし、満はめったに使わないのと生まれた日で区切られてややこしいので、とっさに答えられないのだ。早生まれだと余計にである。春子自身も頭の中で数えてみると、満十七歳だった。
子槻が困った顔を春子へ向ける。
「満は十六だ」
「あれ? わたしより下です。何月の生まれなのですか?」
「三月だよ」
「わたしも三月です。何日ですか?」
「三十一日だよ」
ということは、あさってだった。
「わたしは一日なので、やっぱり年下だったんですね。ほんの少しだけ」
そこで子槻はどこかすねたような顔つきになる。
「年下といってもほんの数日だろう。君を守れないほどではない。婦人は年下の不甲斐ない男より、年上の甲斐性のある男のほうが好きなのだろう?」
子槻の瞳にわずかな不安の影が差して、春子は小さく吹き出していた。
「わたしはあまり考えたことがありませんでした。でも本当に好きになったのなら、年は関係ないんじゃないでしょうか。それに、子槻さんはやっぱり年下だった、と思いましたけど、言ってくれることはとても大人びています。わたしよりずっと」
子槻は今度は気恥ずかしそうに視線をさまよわせる。
「そ、そうだろうか?」
「はい」
「わたしは人になってからは日が浅いが、神としては人の何倍も生きたから、そういうこともあるのかもしれないね」
「はい」と、春子は穏やかな気持ちで頷いた。子槻の言っていることが分からなくても、うそでも、本当でも、先ほど春子に言ってくれた言葉は少しだけ飲みこんでもいいだろうか、と思った。「生きていておくれ」という子槻の本物の感情に、ほんの少しだけ寄りかかりたかった。
ねずみ短檠の口元から油が一粒落ちて、小さな炎をかすかに揺らした。
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