忘れ物

大河かつみ

 

 良樹は途方に暮れていた。折角おばあちゃんへのお土産を用意したのに上野駅の高崎線ホームにある椅子に置き忘れてしまった。馴れない電車ですっかり酔ってしまい、醒ますために椅子に座ってしまったのがよくなかった。一息つき、待ち合わせ場所の中央口改札に向かう途中でお土産を持っていないことに気付いた。慌てて高崎線ホームに戻ったが先程座った席にお土産は無かった。           

(忘れ物として届けられているかもしれない。)そう思ってホームの駅員に事情を話すが遺失物として駅に届けはないようだった。どうやら置引きにあったらしい。失意のまま上野駅構内をフラフラと歩いた。


 シンジは今日一日遊ぶ金が欲しかった。その為に手頃な奴から金を巻き上げたい。上野駅構内で気弱そうな学生を物色しているとフラフラとあてもなく歩く中学生らしき男の子がひとり。シンジは狙いを定め近づいた。

「よう、兄ちゃん。ちょいとばかし顔貸せや。」

そう言うと良樹を隅に追いやった。しかし、いざ金を要求する前に良樹が倒れてしまった。「おいおい、どうした?体の具合でも悪いんか?」

シンジが驚いて介抱した。

「スミマセン。実はおばあちゃんへのお土産を置引きされたらしくて。どうすればいいかわからなくて。」

と言って良樹が涙ぐんだ。

「お土産って、そんなもの、買いなおせばいいだろう?あまり深刻になるなや。」

「いえ、売っているようなものでなくて、僕のお母さんの手紙と手作りのお菓子なんです。お母さん、仕事が忙しくて僕が代わりに渡すつもりで来たんです。おばあちゃん、すごく楽しみにしていると思うんです。」

シンジの心が動いた。シンジは幼い頃、母を亡くし父は失踪してしまい、父の祖母に育てられていたのだ。

「そうか、わかった。俺も一緒に捜してやる。そのお土産は紙袋か?」

「はい。小さな黄色い紙袋です。」

思いもかけない助っ人の登場にシンジは戸惑いながらも頼もしく思った。


 サラリーマンの清水は高崎線のホームにある座席で一人溜息をついていた。今日は夕方から月末定例の営業会議があり、当月の自身の営業成績について発表しなくてはならないのだがノルマを大幅に下回っていた。あと半日、なんとか少しでも売り上げを上げなくてならないのだが、あてなど無いのだ。

 そんな時、二人の男がこちらに走ってきた。

「あんた、この辺りに黄色い紙袋見なかったかい?」

シンジが尋ねる。

「はぁ?見てないな。」

清水が答える。シンジと良樹が事情を伝え協力を依頼した。清水は(そんな暇はない)と言おうと思ったが、どうせ、半日動いたところでノルマを達成できるわけないと判っていたから手伝う事にした。だって目の前に困っている人がいるのだから。


 三人は至る所に声をかけた。だれも黄色い紙袋を見た人はいなかったが、事情を聞いて協力してくれる人がいっぱい、いっぱい増えていった。上野駅の駅長さんから清掃のおばさんまで皆、おばあちゃんの為のお土産を探し回った。勿論、各自、時間の許す限りではあったが。


 中央口改札口近く。黄色い紙袋を持っている女性がいた。高崎線ホームの座席に置いてあったのをフラフラと持ってきてしまったのだ。自分でも何故、そんなことをしたか判らなかった。只、最近派遣切りにあい、独り身で誰にも頼れないという切羽詰まった感情で魔が差したのかもしれない。だが紙袋の中の写真や手紙を見て我に帰った。

(返さなきゃ。)そう思っていた矢先、大勢の人がやってきた。

良樹が彼女の持っていた紙袋を自分のものだと言ったので皆、どよめいたが、女性は

「今から駅長さんに渡すつもりでいた。」

と言った。良樹はそれを信じる事にした。


 すぐそば、改札口をでたところにおばあちゃんが待っていた。良樹はおばあちゃんをハグしてお土産を渡した。そして関わった皆に会釈した。その様子を見てシンジも清水も女性も、そして、その他捜すのに加わった大勢の人たちは皆一応にうなずき、微笑んで、それぞれ自分の行くべき方向に歩いて行った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

忘れ物 大河かつみ @ohk0165

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ