第87話 シロアリ

 岩山にできたトンネルを進んで行くと、コウモリやらトカゲやらスライムやらが出た。

 が、並みのそれらじゃない。

 コウモリは平衡感覚をおかしくする怪電波を発しながら接近して来て食いつこうとするし、トカゲはワニよりも強い尻尾と硬い表皮を持ち、500キロほどの巨体で飛び掛かって来る。スライムは魔力が好きらしく、魔術士や魔素を溜められる体質の者に飛び掛かって貼りついては、魔力や血を吸い取ろうとする。だが、それを采真達が斬ろうとしても、物理攻撃が効かない。

 俺の膨大な魔力に奴らがトラウマになりそうなほど飛び掛かって来たので、俺は危うく、周囲数十メートルを全部焼き払いそうになった。生き埋めになるところだった。

 数千の虫がザワザワと這い寄って来た時には、止められる前に一気に焼き払った。

 これには誰も文句は言わなかったし、魔石も残さずに消えたので、俺達は何事もなかったかのように進んだ。

 休憩を挟みつつ先へ行く。

 と、大きなドーム状の空間に出た。

 たくさんの虫が、こちらを向いて威嚇していた。虫と言っても、欧米人の成人男性くらいあるやつだ。

「何、あれ」

「シロアリだ」

 ハリーが答えた。

「あれがシロアリか。木とか家とかをボロボロにするやつ」

「初めて見たな。

 あ。確か羽が生えてて、跳ぶんだったような」

 言った時、何割かが羽を震わせて飛んで来た。

「来た!」

 俺達魔術士が、火を放って片っ端から燃やす。

 そうしていると足元から、兵隊アリが這い進んで来るので、采真達が斬る。

 入り口を背にしてのこの攻防に足止めされているが、敵の来る方向が限定されているので、マシだろうか。

 ただ、終わりが見えて来ない。

「鳴海ちゃん、一気に行かない?」

「その方がいいな。

 これだけを焼いたら、酸欠になるし熱も凄すぎるな。固めるか」

 俺は数カ所にそれを撃ち込んだ。するとその着弾地がまずは一気に温度を下げて凍り付き、そこから水に垂らしたインクが広がるように、凍り付く場所が広がって行く。

 それを見届ける事無く、俺達を囲むように盾を広げ、囲む。

「わあ。何か綺麗だなあ」

「熱を奪ってマイナス200度まで下げて行くようにした。生物の熱に反応するから、終わらせるまで盾から出るなよ」

「マイナス200度?あ、絶対零度って何度だっけ?」

「摂氏273.15度。だからそれよりはましだな」

「絶対零度って何?絶対に凍る温度?」

「理想気体のエントロピーとエンタルピーが最低限な状態。

 ああ、理想気体ってのは完全期待の事だ。圧力が温度と密度に比例し、内部エネルギーが密度に依らない想像上の気体で、気体の最も基本的な理想モデル――」

「わかった。わからんのがわかった。すまん、鳴海」

 いつものやりとりだったが、ハリー達はあっけにとられたような顔をして俺達を見ていた。

「鳴海。いつもこんな感じで?小難しい事を考えながら?」

「まあ、慣れた魔術じゃない時は。ほら。魔術はイメージだから」

 皆、黙り込んでおれをまじまじと見ている。

 あれ?

 それに采真が胸を張った。

「鳴海は頭いいからな!」

「その分采真は、カンと運動神経がいい」

「だからジャンケンで、俺は鳴海に全戦全勝に近いぜ」

「いつか3連勝してやる!」

「まずは2連勝じゃねえ?」

「言い返す言葉が無い!」

 それを見ていたハリー達は、誰かがまず吹き出し、そして釣られるように全員が笑い出し、俺達まで苦笑していた。

 ひとしきり笑った後、俺は盾を消し、部屋の中を見回した。

 ひんやりとした空気の中、大量の魔石が転がっている。

 その最奥の壁際に大きな岩がある。

 俺は近付いて、それを押してみた。すると岩はゴロンと転がり、見た景色が現れた。

「あ。ここが終点だったらしいな。見ろ。異世界だ」

「おお!ここって、大使館の近く?」

「そうだな。1キロも離れてないんじゃないか」

 俺と采真が覗いていると、ハリー達も慌ててやって来て外を覗き、信じられないといった風に辺りを見回すと、膝をついて神に祈ったり、仲間とハグして泣き出したりしだした。

 が、水を差すやつもいる。

「何なんだよ。ええ?」

 マイクの不機嫌そうな声がした。



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