第32話 制限時間が決まった理由

 俺と采真は実験をしていた。例の袋の実験だ。

「まだいけるな」

「おお、凄いぜ!やっぱ、鳴海は頭いいな!」

 俺はボディバッグに数トン入るだけの袋を作る事に成功していた。

 まあ、それ自体はそう難しくもなかったのだが、難しかったのは、容量の維持だった。魔素を注ぎ込み続けなければならないという問題だ。

 それは、2つの切り替えで解決できた。

 門の内側では、魔素を集める魔式を作動させて、勝手に機能させればいい。

 そして門の外に出る時には、それをオフにして、魔素を溜めたカートリッジをオンにすればいいと。

「これで、半日で一旦帰らなくても済むな」

「おう!」

 采真も機嫌がいい。

 しかし、ちょっとおかしい気もする。この程度なら、誰かがとうに考えていた筈だ。なぜ、製品化しなかったのだろう?

「どうした、鳴海?」

「いや、俺に考え付けた事だぞ?どうして今まで誰もやらなかったんだろうと思ってな」

「探索者はそんな暇がなくて、研究室の人はそんな考えが浮かばなかったんじゃねえの?実際に探索しないとわからないだろ?」

「でも、会社だったらテスターがいるだろ?そういう不便な点は、伝えてると思うんだけどな」

 少し考えたが、わからない。わからない内に猫みたいな魔獣に襲い掛かられ、一旦保留にした。考え事をしながら歩けるほど、迷宮内は安全ではない。


 いつもよりも、体が重い。采真も、動きにキレがなくなって来た。

 俺達は昼食を迷宮内で摂って、午後もそのまま探索を続けていた。

「休憩するか、鳴海」

 いつもより、休憩の間隔が短い。

「そうだな。

 あ。あれを片付けてからだな」

 コウモリの群れが接近して来ていた。こいつらに噛まれると、毒に感染したり、貧血になったりするのだ。1匹1匹は、すばしっこいのを除けば大した事もないが、集団で来られると、ちょっとイライラさせられるし、要注意だ。

「まずは凍らせて、潜って来た奴をやるぞ」

「OK」

 俺はコウモリの集団に向かって冷気をぶつけた。

 大部分が凍り付いて死に、地面に落ちて小さな魔石になる。

 しかし隙間を縫って来たやつや後ろにいたやつが、飛んで来る。

「うりゃあ!」

 采真と俺は、片付け始めた。

 しかし、である。

「あ、すまん」

 采真の剣が、目の前に突き出された。

「あ、悪い」

 うっかり、采真を氷漬けにするところだった。

 どうにか片付け、魔石をかき集めたものの、俺達は悟った。

「そういう事か。わざとだ」

「んあ?何が?」

「袋だよ。大容量のものを持って中に入ったら、長く探索できるよな。で、そうすると、いくら休憩を取っても、集中力が落ちる」

「あ……」

「だから、適当に帰らないといけないように、わざと商品化しないんじゃないか」

 俺達はぼうっとした目を、ボディバッグに向けた。

「帰るか」

「そうだな」

 俺達は立ち上がると、エレベーターで入り口に戻った。


 買取カウンターへ向かっていると、なぜか注目を浴びる。

 血糊も付いていないしなあ、と思いながらカウンターへ行くと、ちょっと待てと言われ、支部長が呼ばれた。

 支部長は俺達の背後に立つと、俺達の頭を片手で思い切り掴んで締めた。

「痛い痛い痛い痛い!」

「何するんですか!」

「何する?鏡見て言え!このアホ坊主共が!」

「禿げたらどうしてくれるんだ!?うちの爺さんはつるっつるなんだよ!」

 采真が怯えたように言った。

 ああ。うちの父はフサフサだった。若白髪だったけど。

「まず医務室行って来い!話はそれからだ!」

「あの――」

「返事!」

「はい!」

 俺達はピョコンと立ち上がり、采真は足をもつれさせて転び、俺は貧血でしゃがみ込んだ。


 常駐している医師に、

「過労だな。君は睡眠不足もあるな」

と言われ、支部長に叱られた。

 そして、袋の件について話すと、その通りだった。

「皆持ちたがるだろう。持てば、事故の元だ。だから、商品化はしないでおこうと決まったんだよ。

 まさか、自作するとはなあ。しかも、カートリッジも作るとは」

「作らなかったんですか」

「ああ。門の外では、魔術士が魔力をカウンターで出すまで注ぎっぱなしになるはずだった」

「おお!鳴海、凄えな!」

「まあ、技術の進歩があるから」

「そういうわけだから、これは危険だ。半日のペースでやるか、人数を増やして負担を減らすかしろ」

「はい」

 これがきっかけで、迷宮に入るのに制限時間が設けられる事になり、インターバルの推奨が決められた。

 采真はしばらく頭髪を気にしていた。

「くそ。ザビエルヘアにならないだろうな、将来」

「適度な刺激はいい筈だし、将来禿げても、それで今回との因果関係を疑うのはどうかと思うぞ」

 采真は心配そうに唸っていたが、俺達は門を出た。

 ボディバッグはあれからも使ってはいる。

 だが、制限時間は守っている。破ればペナルティがあるのだ。

 そしてそれ以上に、伯母や采真の家族や支部長達に心配はかけられないと、実感させられた。

 というのも、俺達がフラフラと門から出て来た後カウンターでダウンしたと聞いて、しばらく伯母が、毎日昼と夕方に協会のロビーに現れるようになったのだ。

「心配かけて申し訳なかったけど、ありがたいな」

「うん」

 去年ならば、「とっとと死ね」扱いだっただろうに。

 俺は、きっと早く探索を進めるとの気持ちに変わりはないが、焦るのはよく無いと、実感させられたのだった。




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