第23話 心霊スポット
ダムの底に村は沈み、付近に人はほとんど寄り付かなくなった。ぎりぎり水没を免れた墓地と、その墓地の外れにある洞窟の前に、彼岸の時に花が供えられる程度だ。
その墓場と洞窟には幽霊が出るとの噂があり、心霊スポットとなっていた。沈んだ村の先祖が村を探してうろついているという事だが、見た人なら首を傾げるだろう。その幽霊の見た目は、どう見ても村の先祖には見えないのだから。
幽霊は2人で、若い男性と女性。女性はドレスを着ており、栗色の髪はカールさせてある。男性はヨーロッパ風の鎧に似たものを身に着けており、金髪だ。
徘徊し、人を見ると近寄って来て、逃げ出して車に飛び込んだら、それを恨みがましくじいーっと見ているらしい。
一度ならず寺の僧侶や神社の神職や霊能者と呼ばれる人が接触、あるいは浄霊を試みたが、ダメだったという。目的や望みを聞き出す事も出来なかったそうだ。
このままでは、心霊スポットに肝試しに来た人が驚いてダムに落ちたり慌てて逃げ出して交通事故を起こしたりして亡くなり、ますます幽霊が増えて行きそうだからというのが、依頼する事になった理由だと聞いた。
俺と采真は、墓場と洞窟に行ってみた。
墓場の墓は、もう字が読めなくなったようなものや、ただの石を墓石にしているものも色々ある。しかし総じて、誰かが頻繁に訪れているとは思えないようだった。
洞窟は、墓場の横にある山肌にドア1枚分くらいの穴が開いており、奥へと1本道のトンネルが続いていた。そこを15メートルほど進むと行き止まりになっており、その突き当り部分には、平たい石が置いてあった。
「いないなあ。夜になったら出て来るのかな、鳴海」
「今晩はここに泊まるか。墓場よりこっちがいいだろ?」
「うん、やっぱりな」
「墓石に囲まれて仮眠って、永眠しそうで怖いよな」
俺達は言い合いながら、キャンプ用コンロやレトルト食品をバッグから出して、宿泊の準備を始めた。
「イモリ」
「りんごジュース」
「スリ」
「り?り、り、リトマス試験紙」
「しりとり」
「りーっ!」
采真は頭を掻きむしった。
今は午前0時。眠気覚ましと暇つぶしにしりとりをしているところだ。
昼間仮眠を取っておいて、こうして夜間に起きて幽霊が現れるのを待っている所だ。
「そろそろ時間だ。墓地の見回りに行くか」
「おう」
俺達は立ち上がり、歩き出した。
真っ暗で物音もしない中を歩いていると、変に自分達の足音が響いて、気になって来る。
「こういう時、よくあるよな。足音が1人分増えてるとかいうの」
思い出して言ってしまう。
「こ、怖いのか、鳴海ちゃん」
そういう采真の距離が、いつもより近いのは気のせいか。
「別に?俺は聖魔術もいけるし。
あ。采真は困るか。物理はきかないんだったな」
「根性!」
それは無理だろ……いや、采真なら何とかしそうな気もする。
ぼそぼそと話しながら洞窟を出て墓地を一周し、異常無しという事で、洞窟へ戻ろうとそちらへ向かう。
と、足が止まった。
「あ……」
「これは、先祖じゃないだろ」
「鳴海、それどころじゃないだろ」
「え?ああ、そうだな。目的を一応訊くか。でも、何語だろう」
「いや、違う違う違う――うわ、こっちに来る!」
慌てる采真は面白いが、集中すべきは目の前の2人の霊だ。
中世の貴族の姫と騎士みたいな身なりで、人種的にも、アジア人ではない。そして、半透明で滑るように近付いて来る所から、コスプレしている外国人という可能性も消えた。
「こんばんは。言葉はわかりますか」
言ってみると、目の前まで来た2人の、女性の方が笑って言った。
「ええ、わかります。こんばんは」
そして、2人揃って礼をした。
日本式でも無く、映画で見るようなものでもない。片腕を目の高さに上げて肘を折り、もう片手は背中に回し、軽く膝を折って、頭を軽く下げる。
俺と采真は、視線を交わし、首を捻った。出身地の予測がまるでつかない。
「私はイブ。彼は私の騎士です」
「ああ、どうも。
あの、どうしてここにいらっしゃるんですか?何か心残りでも?」
これまで会ったレイスとも、ドラマや心霊番組で見た幽霊とも随分と違っていたので、予定していた行動から俺の方も外れてしまっていた。
「実は、あなた達にお願いがあるのです」
俺は内心で、「きた!」と思った。大抵ドラマでは、態度を豹変させて、
「あなたの体をちょうだい」
等と言って襲い掛かって来るのだ。
俺は聖魔術にレバーを合わせた魔銃剣の引き金に指を掛けながら、にっこりと笑う彼女のセリフを待った。
「私達、成仏したいんです」
「は?」
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