第19話 お小言

 ゆらりと立ち上がる。顔、腕、足、胴にケガがあるが、尤も大きいのは、千切れかけた右腕だった。

 ヤツは爛々と目を光らせ、先程までのヘラヘラとした態度が嘘のように獰猛に笑った。

「殺してやる。殺してやる。殺してやる!」

 手を上げてスッと撫でるように動かすだけで、右腕が治る。

「君はボクの遊び相手に決めた!今日で終わるけどね!」

「来るぞ!」

 炎の奔流と言うべきか。続けさまに炎が撃ち込まれ、俺は盾をどんどんと張り続けている。

 我慢比べか。魔力切れが終わりだとすれば、それは俺達ヒトに、あまりにも分が悪い。

 他の探索者達がどうなったか、確認する余裕はない。ただ、采真がそばにいた。

「鳴海、もつのか!?」

「わからん!魔素全部を盾に回すが、せいぜい祈れ!」

「祈る!?鳴海、神様なんて信じてたか!?」

「時と場合による!」

 言っている間にも、炎は襲い掛かり続け、盾は壊れ続けて、俺は新たな盾を生み出し続ける。

 終わりが来て欲しいような、来るのが怖いような、おかしな気分だ。

 ヤツが炎の放出を止めた時、こちらの最後の盾も壊れた。それで、こちらに炎が届いたのはごく短時間で済んだ。

「何を遊んでいる」

 炎を止めたのは、もう1人の魔人だった。あの時の、生真面目そうなヤツだ。

「あいつ――!」

 その俺の視線の先で、ヘラヘラした魔人は生真面目な魔人に叱られていた。

「会議だと言ってあっただろう。ムストラーダ陛下もお待ちだぞ」

「ゲッ、そんな時間!?失敗、失敗。

 いやあ、面白いのを見付けちゃってさ、つい。

 ほら、覚えてるかい、ロンド。あの時、死にかけてた子供だよ。生きてたんだよ。驚いたね!」

 ロンドと呼ばれた生真面目な魔人は、こちらに目を向けて俺達を見比べるように眺めた後、俺に目を留めた。

 以前見かけた事のある看板を偶然見かけた、くらいのものだろうか。

「ああ、あの時の。今日も死にかけているようだが」

 反論できない。

 ロンドは目をヘラヘラした魔人に戻し、言った。

「遊んでいる場合か、レイ。帰るぞ」

「ええーっ」

「陛下をお待たせするな、バカ者が」

「はあい」

 詰まらなさそうにレイと呼ばれたヘラヘラした魔人は肩を竦め、ロンドと並んで、背後からの攻撃なんてないと言わんばかりに歩き出す。

「おい、お前ら」

 よろよろと立ち上がり、魔銃剣を構え、引き金を引く。弾切れだ。セレクターを手動に切り替え、魔素も俺からの直接供給に切り替え、渾身の風の魔術をぶっ放す。四方八方から、レイとロンドに襲い掛かるように。

 誰かが叫び、魔銃剣が俺の手の中で暴発した。

「鳴海!?」

 俺の視界の中で、驚いたような顔をしたレイとロンドが、こちらを見ていた。

「こいつ、驚いたな」

「ああ。前よりは強くなってるだろ、面白いし、生意気だろ」

 ロイが手を上げ、炎がこちらへ向かって来る。それが届く瞬間、俺の意識は途絶えた。


 白い天井が見えた。これは見覚えがある。医務室だ。

 体を起こそうとしたが、やたらとだるい。なので顔を動かして左右を見るだけにした。

「あ、采真」

 左隣のベッドで采真が寝ていた。

「宿題忘れましたぁ」

「なんの夢だ」

 まあ、楽しい夢ではなさそうだ。

 右を見るとドアがあり、ちょうどそれが開いて、白衣の医師が入って来るところだった。

「ああ、気がついたようだね」

 手足を意識してみる。ちゃんと動くようだ。

「手足が折れたり切れたり火傷したりしてたと思ったのは、夢でしたか」

「そんなわけないだろう?見事に、折れて、切れて、焼けてたよ。

 あの場にいた魔術士がどうにか盾の詠唱に成功して君達の致命傷を阻んだ後、たくさんのケガ人を、動ける者が何とか背負ったりして地上まで運んだんだよ」

「……お礼を言わないといけませんね」

「ああ。その前に、支部長と探索者組合長の親父さんが呼んでいるよ。ケガそのものは魔術と通常医療とで治っているから、目が醒めたら来いと言ってた」

 助かって良かったね、なわけがない。

「あ、眩暈が……」

「貧血だね。傷は回復しても、失った血はねえ。せいぜい、規則正しい食事をするように。造血剤は出しておくから」

 だめだ。この先生は助けてくれそうにない。

「ううーん。補習は嫌だぁ。助けて鳴海ちゃあん」

「誰が鳴海ちゃんだ」

 ぺしっと采真の頭をはたくと、采真が目を開け、俺は起立性の眩暈でしゃがみ込んだ。

「あ、鳴海?どうした。腹減ったのか?」

「……減ってないことはないが、違う」

「うん?まあ、いいか。傷も治って復活したし、飯に行こうぜ!今日は肉だな!」

 医師がそこで口を開く。

「その前に、支部長室だよ。食事はお小言の後。

 ああ、肉の前に、まずは消化のいいものからだね」

 采真は絶望したような顔をしていた。

 そして俺も、お小言を想像し、絶望した。

「やっぱり、神様なんていない」

 せめてレイの野郎、ロンドや陛下とやらからお小言をくらうがいい!

 俺はやけくそでそう考えた。



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