第13話 卒業

 久しぶりの登校な上卒業式とあって、ほとんどの者が機嫌がいい。いつも通りなのは俺くらいだ。

 反対に元気のない者もいる。浪人決定者と、就職浪人決定者。それに、西村だった。

 西村は、取り巻きに囲まれていても、笑顔が優れない。そしてそれが、俺と采真の顔を見て、あからさまに険しくなった。

 まあ、その反応はわかる。

「え、何?」

「あいつら、何かしたの?」

 取り巻きが睨んで来るが、冤罪だ。何かして来たのは西村の方だ。

 俺達は何も言う気が無かったし、西村も言う気が無いらしい。

 というか、言えないよなあ、普通。

「なあなあ、鳴海!今日、お袋が赤飯持って来てくれるってさ!」

「悪いな。その内何かお礼をしないとな」

「気にするなよ、んなもん!

 あと、唐揚げとかとんかつとかチキン南蛮とかもあるってさ!俺の好物なんだ。お祝いだからな!」

「見事に肉――というか、フライものばっかりだな。お前、そのうち太るか病気になるぞ」

「若いから大丈夫だって」

 采真は笑うが、わかっているのか?お前、毎年年をとるんだぞ?

「鳴海の好物訊かれたから、もやしって言っておいたぞ。お前好きだもんな!」

「安いからよく使うんだ」

「え?そんな理由?お前の当番の時、もやしの出て来る確率が高いから、てっきりもやしが大好きなんだとばかり思ってた。あはははは!」

 采真が食費を気にせずオーバーしがちなので、そうなるのだ。何せ采真と来たら、特売でも処分品でもなく、マグロの中トロとかノドグロとか牛ステーキ肉とかカニとかを買おうとするのだ。特別な日でもないのに、困ったヤツだ。カニはカニカマ!マグロは切り落とし!ノドグロは高いから別の魚!

 普段買い物しない夫が買い物に行ったらとんでもない物を買って来た――と主婦の皆さんが怒るのをネットで見た事があるが、こういう気持ちなんだろうか。

 嘆息した時、担任が現れて、

「廊下に出席順に並べ。体育館に行くぞぉ」

と言い、俺達は卒業式に出席するべく、廊下に出て行った。


 式は、退屈だった。大して思い出も無い俺は、涙も出て来ない。

 唯一、満点を付けざるをえなくなって悔しがる物理の教師を見て、嬉しさがこみ上げた。

 教室に戻り、卒業証書やら印鑑やら成績表やら紅白饅頭やらを貰い、解散となる。采真はひとしきりクラスメイトに声をかけたりかけられたりで忙しそうで、俺は先に帰る事にした。

 着替えて、いつものように制服をハンガーにかけそうになり、

「そう言えば、もういらないんだったな」

と呟いた。

 制服を改めて見下ろす。3年間、お世話になった。私服がほぼ無くても困らなかったのはこいつのおかげだ。それに、大きめに作っておいて、本当に良かった。

 しみじみと制服に感謝をしていると、1階のドアが開いた。采真が帰って来たのか。てっきりクラスメイトか剣道部の連中と昼ご飯は食べに行くのだと思っていたのに。

 いや、着替えてから行くのかもしれない。荷物も邪魔だしな。

 そう思いながら下に降りて行くと、伯母さんがいた。

「あ、こんにちは」

「ああ、鳴海君。こんにちは。それと、卒業おめでとう」

「え?あ……ありがとうございます」

「こんな近くに越してきてたなんて知らなかったわ。何も力になれなくて、ごめんなさいね」

 困ったように笑いながら言う。

「いえ、そんな。あの、別の賃貸アパートに入る予定だったんですが、そこが火事で全焼してしまって。急遽探したら、ここが事故物件として空いてたんです」

 俺も笑いながら言うと、伯母さんは目を丸くした。

「まあ!お化け、大丈夫なの?私もちょっとだけ興味はあるんだけど、やっぱり怖いわ。

 だめだったらうちにいらっしゃいね。あの人なら、私が何とかするから。ね」

「ありがとうございます」

 社交辞令でもありがたい。

「大したものじゃないんだけど、食べて。残りは冷凍しておけばいいからね」

 そう言って、袋を差し出す。

 受け取ると、ずっしりと重い。

「困った事があったら、私に言ってね」

「ありがとうございます」

 伯母さんがそう言って帰って行くと、俺は袋をカウンターに置いて、中を見た。

 揚げるだけの所まで作ったコロッケ、焼けばいい所まで作ったグラタン、タッパーにはカレー、焼けばいい所まで作ったハンバーグ。

 子供の好きそうな物が詰まっていた。そしてメモには、「揚げる時は170度で。ハンバーグは中火で焼くか、焼いてからレンジで中まで火を通すか、煮込みハンバーグで。中まで火を通してね。カレーは、弱火かレンジで温めてね」と書いてある。

 そして、『1人暮らしのための優しい料理ブック』というレシピ本が入っていた。

「伯母さん……」

 俺は、伯母さんの出て行ったドアに向かって、改めて頭を下げた。

 俺は学校を卒業したんだな、と、それを実感した。




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