第10話 策謀
街灯も無い村の夜は、都会の夜とは別物だ。闇の深さがまるで違う。
俺達は気配を断ち、栗林家に近付くと、そっと中を覗き込んだ。
通夜をしている部屋は奥の間で、白い布をかけたテーブルにはろうそく、線香、水、果物、ゆでた丸鶏が乗せられている。そしてその前には遺骨が置かれ、しっかりとした生地の、白地に金で竜の刺繍をした帯のようなものがかけられていた。
それを見て、俺達は一旦そこを離れた。
「やっぱりか。最悪だ」
「何だ、鳴海?」
俺は溜め息を押し殺して説明を始めた。
「『聖竜教』、東アジアから広まった新興宗教だ。まあ、それは日本での俗名だけどな。竜を崇める宗教だ。あの帯が証拠だな。あの丸鶏は竜の代わりで、葬式の後、割いてスープに入れて、皆で食べるそうだ」
「ふうん」
「だけどこれだけならべつにいい。問題は、儀式だ」
「儀式?」
采真は首を傾けた。
「生贄とかか?」
「近いな」
「え、近いのか?」
采真が驚く。
「災害とか飢饉とか、とにかく竜に助けを願う時に儀式をするらしいけどな。竜に戦いを挑むそうだ」
「は?」
「生贄に近いというのはそこだ。竜に挑んで、そうそう勝てるものでもない。だから、生贄なんだ」
「へえ。そんな宗教があるのかあ」
「おい、よく考えろ。魔獣の討伐依頼の割に、目撃談もなく、切羽詰まった様子もない。魔獣は本当に出るのか?
夕食のメニューは、動物を一切使ってなかった。今思えば、出汁も動物は使ってないんだろうな」
あの微妙な味を思い出す。
「つまり、この村の連中は、儀式で竜に立ち向かう役を、俺達にさせようとしているに違いない」
俺が結論を言うと、采真は慌て出した。
「え!?いや、でも、そう!竜がそう都合よく現れるか?」
「采真。竜の好物は?」
「キラー鳥の卵とか」
「キラー鳥が突然船を襲って来たのは何でだと思う?」
「エサに見えた?そんなわけないよな。船とワニだとまるで違う――あ」
気付いたらしい。
「そうだ。キラー鳥の卵が船にあったんだとしたら腑に落ちる。キラー鳥は卵を大事にするからな。
そこで次は、あの箱だ」
采真は顔色を青くした。
「まさか……」
「村の為にキラー鳥の卵を栗林桐吾は取りに行った。そして、反撃でケガをして、命を落とした。そしてそれは遺言として看護師から運び屋に託され、ここに届いた。
そう無茶な推論とは思えないんだよな」
俺は溜め息をついた。
「竜か……」
流石の采真も、竜と戦ってみたいとは言わなかった。
「竜にもよるけど……大抵は精鋭が束でかかるもんだろ?どうする?帰るか、鳴海」
「それで竜が来て村が全滅したって自業自得だけどなあ。まあ、卵をキラー鳥に返したら丸く収まるんじゃないかな?村の儀式はできなくなるけど、自力で何とかしろって事だしな」
「じゃあ、朝になったら村長の家に行くか」
俺達はそう話し合い、方向を決めた。
が、そう上手くはいかないものだ。
朝一番で村長の家に行き、詰め寄ったら、村長は笑い出した。
「そうはさせん。儀式は行わなければならない」
「だったらそちらでどうぞ。俺達を騙して戦わせるなんて問題ですよ。この件は協会に報告させていただきます」
村長は少し考えていたが、うんと頷いた。
「いいでしょう。こちらでやりましょう。来ていただいたんだし、依頼は達成したとしますよ」
嫌に物分かりがいいな。
サインしてハンコを押す村長に俺は胡散臭い目を向けていたが、采真は単純に喜んでいた。
「では、失礼します」
俺達は村長宅を出て、集会所へ戻った。
そして帰りの船の事を訊いて、愕然となった。
「しばらく来ないですね」
「何で!?」
「しばらく祭りがあるから危険だと、往来を禁止してあるんですよ」
「電話で事情を説明して――」
「ああ、それも無理ですねえ」
「何で?」
「電話ケーブルが切れてて、つながらないんです」
「じゃあ、携帯で」
「ここ、電波が入らないんですよねえ」
村人はそう言ってあははと笑い、歩き去って行った。
「やられた。あのクソじじい――!」
村長の余裕は、こういう事だったのだ。
と、それが聞こえた。
「グエエエエ!」
「キラー鳥だ、鳴海!」
「グオオオオ!」
「え?うそ……」
あのシルエットは、疑いようもない。
「だめだ。手遅れだ、采真……」
竜が飛んで来た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます