第2話 抗争の街

 市長のコンドルは悩んでいた。

 この街は一見すると平穏そうに見えるが、その裏ではギャングやマフィアが血で血を洗う抗争を続けていた。最近では郊外で先住民が土地を奪われた事に抗議活動をしている上に強盗団が相次いでいた。

 警察もあるが、その力は微力であり、尚且つ、警察官の買収も多く、あまり役に立っているようには思えなかった。

 コンコン

 扉をノックする音が部屋に響き渡る。

 「何だ?」

 市長がそう声を掛けると扉の向こうで秘書のアンが不安そうに答えた。

 「市長、エヴァンス様です」

 「そうか・・・通せ」

 市長がそう答えると扉が開き、革のロングコートを来た中年の男と二人の屈強な男が入って来た。

 「やぁ、市長!元気か?」

 彼は親しそうに市長に挨拶をする。

 「あまり元気じゃないよ。それより、何の用かね?」

 「俺と市長の仲だろ?」

 「そんな仲になった覚えはないよ。言っておくが、私は誰の肩も持たないぞ。命が惜しいからな」

 市長は嫌そうな顔でエヴァンスに言い放つ。

 「ちっ・・・まぁ、良い。今度の鉄道の整備事業。俺の所で受け持つぜ」

 「それはちゃんとした入札でやる」

 「ふざけるな。いつもロベールの所だぞ?」

 エヴァンスは派手に応接セットのソファを蹴る。

 「仕方が無いだろ。あっちの方が信頼が出来る。それに安い。お前さん所は雑で高い。鉄道は事故があっては困るんだ。信頼が出来ない所には発注が出来ない」

 「はぁ?うちが信頼が出来ないだと?」

 「あぁ、そうだ。それにあんたに加担したら、もう一方がどう出るか・・・私の安全を考えても、ロベールさん所に発注する方が良いんだよ」

 「ふざけるな。そうかい・・・マルコんところが無くなったら・・・この街のシャルルが持っている利権は全て、俺らが貰っても良いだよな?」

 「やめろ。戦争でもする気か?」

 「はっ・・・いつかは決着を着けるつもりだ。それにロベールの野郎・・・親は皆殺しにされた癖にあのガキがちゃっかりとやってやがる。一家皆殺しだった方が良かったな」

 「おい、今のはお前さんところがロベール夫妻を殺したと言っているように聞こえるが?」

 市長にそう言われて、エヴァンスはお道化るように笑い出す。

 「おいおい。そう願っただけさ。俺は知らないぜ?マルコかも知れないし・・・状況から、強盗団かもしれない。街の郊外で汽車に乗っているところを襲われたんだ。連邦捜査官だって・・・解らなかったんだろ?」

 「ふん・・・兎に角、下手な事をしてみろ・・・連邦捜査官だって・・・容赦はしないぞ?」

 「ちっ・・・解っている。だが、俺らにも意地があるからな。コンドル。覚えてろよ。必ず、この街は俺の物にしてやるからな」

 そう吐き捨てると彼らは去って行った。それを見送った市長は深い溜息をつく。

 幸いにもこの街の多くはロベール家が利権を牛耳っている。彼らは街が出来た頃から正しい働きをしてきた。その為、多くの市民は幸せに暮らしてきた。だが、ゴールドラッシュで流れ込んだ荒くれ者や欧州から流れついた移民。第一次世界大戦で多くの若者が欧州の戦地へと送られた事から、街の治安は悪くなる一方だった。

 今のエヴァンスは荒くれ者を集めて、組織化したエヴァンス一家と言うギャング団の親玉である。高利貸しや賭博、密造酒などで稼いでいる連中だ。それと似たようなのがイタリアからの移民であるマルコ一家である。最近では更に中国からの移民達がマフィアのような組織を作り始めている。

 彼らは自らの縄張りを拡大させる為に常に抗争を続けていた。毎日、どこかで誰かが死んでいる。無論、それが一般市民でなければ、警察も捜査をしようともしない。警察内部に買収された輩が居るのもそうだが、報復が怖いからでもある。

 警察官と言えどもただの人だ。常に命が狙われるような状況に耐えられる者など居ない。

 

 とある酒場。

 ここでは昼間から、飲んだくれる者が多く居た。

 二階は売春小屋となっており、エヴァンス一家の大事な資金源の一つだった。

 その前に一台の自動車が止まる。中から白い背広の男達が下りて来る。手にはドラムマガジンのトンプソン短機関銃やトレンチガン。リボルバー拳銃。

 「やれ」

 一人がそう呟くと、一斉に銃弾が酒場に撃ち込まれる。

 窓ガラスが割れ、木製の扉が穴だらけになり、飛び散った。

 壁を貫通した弾丸が中に居た男達を穴だらけにしていく。

 ウェイトレスの娘の顔面が壁を貫通する時に潰れた弾丸で穿たれ、大きな穴が開いた。

 悲鳴と怒号が飛び交う酒場。

 僅か数分の射撃は止み、男達は笑いながら車に乗り込んだ。

 それは報復だった。

 昨晩、マルコ一家が仕切るカジノに火炎瓶が投げ込まれたからだ。

 幸いにもボヤで済んだが、それで許す程、マフィアは甘く無かった。

 相手は解っている。

 だから報復する。

 やる時は徹底的にだ。

 マルコ一家は酒場以外にエヴァンス一家が仕切る幾つかのホテルや事務所を襲った。30人以上の負傷者が出た。

 この事により、エヴァンス一家とマルコ一家は抗争状態に陥った。それまでも小競り合いで多くの死傷者を出していたが、それでも大規模な抗争は互いの力を大きく低下させると思い、留めていた。

 そして、この抗争は街の利権を牛耳るロベール家も巻き込まれる事になる。


 レイは新聞を溜息をつきながら読んでいた。

 「ついに抗争が本格的になったみたいだよ」

 それは茶を注ぐイブキに向けての言葉だった。

 「左様でありますか」

 イブキはそう答えるだけだった。

 「困るよね。うちの事業にも影響があると」

 「ならば・・・私兵を増やして、警備に当たらせるしかないかと」

 「私兵か・・・その為に代々、警察に多額の投資をしてきたと思うけど」

 「警察は所詮、公の物であります。幾ら私財を投じたところで・・・思うようには動いてくれません」

 「なるほど・・・それは手痛い。確かに各事業毎には警備の者を雇い入れるようにしている。だが、それを組織化して、我が家の私兵にするとなると・・・ギャングとやっている事は同じな気がして・・・」

 「この国は自分の身は自分で守るとしています。体裁をお気になさる前にまずは自らの身を護る手立てを用意すべきかと」

 「イブキは手厳しいな」

 レイは笑った。

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