51 ワタシの手の及ばないところで流れが決まりかけてる……


 背後で尻尾の毛がブワッと広がって、耳がピンッと張り詰めた。


 相変わらず笑みを浮かべているマグヌスさんから目が離せなくて、目を見開きながら全身から嫌な汗が溢れてくるのを感じた。

 ぐるぐる視界が回ってる気がして、目の前の男性がまるで得体の知れない生物に変わっていくような感覚がじわりと足元からせり上がってくる。


 そうだ、この人たちはこの街を牛耳ってる、とても大きな存在だった。

 ここに来てからは丁重な扱いを受けてるからって、ワタシは所詮、幼女……。


 自分の矮小を痛感するのと同時に、今自分がいる場所が巨大な生物の腹の中なんだって事実が迫ってきて呼吸が浅くなった。


 でも、ここで認めてしまったら、何をされるか分からない。

 もしかしたら、監禁されて自分たちの都合のいい人物だけ魅了させるような道具にされてしまうかもしれない……ッ!


「い、いったい、なんのことを言ってるか……」

「申し訳ありません。イディ様がこの街に入られたときから、すべての行動を監視させていただいておりました。我々は独自の方法でマレビト様を感知する術を持っており、イディ様の権能に関しても、確信を持っております」

「わ、わわわ、わぅわぅ」


 きっと死刑の宣告を受ける直前の犯罪者はこんな気持ちなんだろう。

 全身がガタガタ震えて、言葉が出なくて、考えがまとまらない……。


 自分はこれからどうなってしまうんだろう、漠然とした不安がどんどん大きくなって圧し潰そうとしてくるみたいだ。


「ワタシは……」

「そこまでにしてよ」


 何か言わなくちゃって頭の中を混ぜっ返していると、背後から鋭い制止の声が響いた。


「たとえアーセリアだとしても、イディちゃんを使い捨てるって言うなら私は黙ってない」


 ワタシとマグヌスさんたちを引き離すように、進みでてきたリィルさんが手を広げて立ちはだかった。

 背中越しに見えた横顔からは、アーセリアさんたち以上に何か悲痛な決意を秘めているみたいに感じた。


「……マグリィル。話を聞いていなかったのかな? 私たちは何もイディ様に生贄になってくれとは言っていな」

「同じことでしょッ! アーセムの頂上に登って、霊獣に会ってこいだなんて……死にに行けって言ってるようなものだよ! ……生贄と何も変わらない」


 リィルさんの鋭い視線が、アーセリアさんたちが動くことを許さなかった。少しでも怪しい動きを見れば彼女は躊躇なく殴りかかるだろう。


 それが分かってしまうくらい、切迫した空気がワタシたちの間を流れていた。


「……マグリィルさん。どうやら知識に偏りがあるようですね」


 それまで黙ってマグヌスさんに任せていたアーセリアさんが、徐に口を開いた。


 焦点の合っていない瞳をリィルさんに向けて、緩やかに微笑んでみせる。その姿はさっきまでのドジっ子が嘘みたいに、一族の長としての威厳に満ちていた。


「……どういうこと?」


 しかし、その圧に押されることなく、リィルさんも堂々とアーセリアさんを見下ろした。


 リィルさんは睨み、アーセリアさんは笑う。

 両者の態度は対照的だった。


「マレビト様であるイディ様を、我々の常識の中に押し込めるような考えは不敬だということです。マレビト様とは世の理の外にある御方……。私たちでは耐えられないような過酷な環境でも問題なく活動できるのです。それこそ、アーセリアの樹冠のような聖域だとしても」


 でもどうしてか、アーセリアさんも怒ってるみたいだった。

 二人の視線が空中でぶつかり合って火花を散らす。互いに一歩も譲る気はないと、言葉にせずに物語っていた。


「それだって絶対ではないでしょ。マレビト様はイディちゃんしかいない訳じゃない、今までだってオールグに訪れたことだってあるはず。

 それなのにアーセムの頂上から帰還した人はいないのは、これまでのマレビト様でも訪れたことがないから……違う?」

「いえ、その通りです。確かにこれまでオールグにご訪問していただいたマレビト様の中で、アーセムの頂上に至った方がいるという記録はありません。

 しかし、それはあくまでもマレビト様が赴かなかった故です。誰も試したことがないから誰もできないというのは、いささか浅慮が過ぎるというものですよ」


「命の保証がない場所にイディちゃんに行けって言うのッ!?」

「では貴女は、このままオールグの民が犠牲になるのを黙って見てろと、そう言うのですかッ!?」


 すでに話し合いになっていなかった。

 リィルさんもアーセリアさんも怒りに目を鋭く尖らせて、お互いを切り刻むような視線を投げつけ合ってる。


 今にも言葉じゃなくて拳の応酬が始まりそうな雰囲気なのに、あまりの迫力にワタシもマグヌスさんを含めた他の森人エルフも、息を潜めるみたいに黙ってるしかなかった。


「今さら綺麗ごとを言う資格がないことなど重々承知しています! アーセリアの歴史は血と屍が固まって作られている。そのくらいのこと飲み込めないでを名乗っているとお思いですかッ!?

 どれだけ謗られようと、どれだけ罪に溺れようと! それがオールグのためになるならば……私は喜んで飲み干しましょう」


 その名前がどれだけ重いのか……矮小な一般幼女のワタシには想像もつかない。

 でも、アーセリアさんの言葉には、そんなワタシでさえ体を仰け反らせてしまうような凄みがあった。


「くッ! でも、どれだけお題目を並べたって、そもそもアーセムの頂上に行く方法が確立されていない今じゃ、どうしようも」

「あります」


 焦りからか大きくなったリィルさんの声を、アーセリアさんの静かな一言が断ち切った。


「我々はアーセムの樹冠への入り口を、すでに手にしています」


 揺るがない、絶対の確信が言葉に込められていた。




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