32 勝敗は始める前から決まってるのさ


 腕を広げて天を仰ぎ、悪の科学者みたいなマッドな笑い声を上げる。

 その声は、まるで子供が自慢の玩具おもちゃをお披露目するみたいに興奮で上ずっていた。


「ミスリル鋼で表面を加工して魔力抵抗値を限界まで引き上げ、芯材に緋緋色金ヒヒイロカネから精製した青生生魂アポイタカラを使用することで命令系統の伝達速度を従来の十倍にまで引き上げた最新モデル! 小手先の技でどうにかできるものではなぁい!!」


 なんて堂に入った悪役ムーブ……安心感すら覚えるね。


 ノノイさんも急に演説を始めたバハートに、なんだか居た堪れなくなって可哀相なモノを見つめる目つきになってる。


「それ、アンタがさっきから混ざりモノだなんだって馬鹿にしてる、岩人族ドワーフ徒人族ヒュームの合作でしょうに。分かってて無視してるんでしょうけど……はぁ。身勝手もここまでくるといっそ清々しいわね」

「なんとでも言いなさい。貴女こそ分かっているのでしょう? 貴女の魔術が通用しないことも、魔動人形ゴーレムを相手に素手どうにかできるものではないことも」

「まぁね、私は戦士じゃない。魔動人形に殴りかかっても返り討ちに合うのが関の山。魔術もそこまでガチガチに対策されたら、手持ちの札でその装甲を抜くのは一苦労でしょうね」


 そんなことを言いながらも、ノノイさんの目は欠片も諦めていなかった。


 ワタシを下ろすと、改めて手にした魔導書らしきものが独りで開いて、ページが凄い速度で捲れていく。

 きっと、この魔動人形ゴーレムをどうにかしなくても、この窮地を切り抜けるだけの策が彼女の中にあるんだ。


「ノノイさん、何をすればいいんですか?」


 二人の陰に隠れながら、なるべく小さな声で問いかけた。

 ワタシにできることなんて高が知れてるけど、それでもここまできて縮こまってる訳にもいかない……というか縮こまってたら死にそう。


 なんとしても逃げ道を確保しなきゃ!


「何がよ?」

「何がって……この絶体絶命の窮地を脱する一発逆転の手ですよ。あるんですよね?」


 前を向いたまま返してくるノノイさんに首を傾げながら訊く。

 こんな状況でも、みんな無事に乗り切れるだけの策があるからこそ、無駄にでっかい態度を取っていられるんだよね?


 ワタシの問いに、ノノイさんの口角がニィッと上がってく。


 余裕の笑み……なんだ、やっぱり策があるんじゃないですか。なんで勿体ぶって、


「ないわよ」

「……へ?」


 思わず声が大きくなっていた。


 ちょっとワタシの耳はおかしくなってしまったのかもしれない。

 いや、やっぱりこの犬っ娘の体になってから日が浅いからね。

 調子が悪い日だってあるよ、うん。


 とりあえず、一回深呼吸……ス~ッ、ハァーッ……ヨシ!


「えっと、聞き間違いだと思うんですけど……なんて言いました?」

「だから、一発逆転の手なんてないわよ」


 ははぁ、なるほどね。逆転の手はないと……。

 それでも強者っぽい笑みが消えることはなくて、なんなら深めちゃうと。

 いやぁ~、さすがです……すごい女だ。ハッハッハ……。


「ないんですかぁ!?」

「ないわよ。そもそも私たちだけでどうにかできるんなら、こんな状況に陥る訳ないでしょ。敵に囲まれるとか、わざわざ自分を窮地に追いやるなんて。それってだいぶ間抜けよ?」

「そうでしょうとも! でも、そうじゃなくて。どうするんですか、この状況!?」


 ワタシが四足歩行で助かったな、おい。

 知的生命体として二足歩行になってたら、掴みかかってるところでしたよ。


 でもその分、土下座にはすぐさま移行できるから、なめんなよ?

 見せてやってもいいんだぜ? ワタシの本気を……!


「うるさいわね。ちょっとは黙ってなさい」

「はいッ」


 土下座なんてするまでもなかったね。ふふふ、涙出そう。


「というか、アンタは他人ひとの話を聞きなさいよ」

「へっ?」


 チラッと肩越しにノノイさんが視線を送ってくる。その目はすでに勝負がついているとでも言うように、弧を描いていた。


「言ったでしょ? 時間稼ぎは終わってるって」


 ちょっと楽しげな彼女の声は、初めて聞く声音をしていた。


「さぁ、魔動人形ゴーレムよ! その力を以って、あの忌々しい混ざりモノたちに罰をくれてやりなさい! ああ、安心してください。殺しはしませんよ。貴女方にもまだ利用価値がありますからね。特に岩人族ドワーフの女は好事家こうずかに高く売れ」


 ――ゴガシャァア!!!


 倉庫だった廃墟にキラキラと眩い破片が舞っている。


 哀れ最新型魔動人形ゴーレムは、なんの成果も残せないままスクラップになってしまった。


「な、な、なぁあああぎぇぐッ!?」


 バハートの悲鳴は襲撃者の手が喉を締め上げられ、物理的に止められてしまう。


 ワタシには何が起こったのか、よく分からなかった。

 気づいたときには、目の前で凄く大柄な人が片手でバハートを宙吊りにしていた。


 いや、人……なのか?


 それは今までこの街で出会ってきた存在の中でも、一際大きかった。


 二メートルは間違いなく超えてる長身に、軽く一〇〇キロはあるだろう巨漢。

 でも太ってるようには見えない、分厚い筋肉の上に適度な脂肪をまとっているような印象を受ける。というか、全身の筋肉のつき方が人のものとは明らかに違ってる。


 そして何より、その人は――緑色の肌をしていた。


「おい――オレの妻に何をしてる?」




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