3.ハロウズの村で
「お客さん、ここらでいいですかい?」
荷馬車が小さな揺れを残してゆっくりと停まり、男が荷台を振り返った。
荷台の幌を押し上げれば、太陽の光が眩しく街道を照らしていた。
街道から細く雑草に覆われた道が脇に逸れるように伸びて、その先には村と思しき集落が見える。
「おじさん、ありがとうございました」
荷台の床に置いていた荷物袋を背負うと、腰の剣を確認してアーシェがお礼と共に荷台から飛び降りた。
それに続くようにジークやエドガーもそれぞれの荷物と共に街道へ降り立つ。
「床が硬ぇし、長く乗っていると腰や尻が痛ぇな」
朝の9時にヴェルークを発ち、14時になる今までずっと荷台に座っているのもつらいものだ。
強張った筋肉をほぐすように、ジークは伸びをしながら全員が降りるのを待っている。
「お代はこれで間違いないですね」
降りる際にセイシェスが、ヴェルークからハロウズまで荷馬車を出してくれた男にシリル銀貨を数枚手渡せば、男は分かりやすいくらいに機嫌よく頷いた。
「毎度!お前さん方もがんばれよ!」
クレールが遅れて荷台から降りたのを確認した男は、そう手を振って上機嫌でヴェルークへ戻るために荷馬車を走らせた。
丁度良くハロウズに行く馬車がなかったため、セイシェスが交渉の末に荷馬車を何とか確保して、無理を聞いてもらう代わりに少々料金をはずんだのだ。
「じゃあ早速行くか。まずは宿の確保だろ?それで一応は情報収集もしておかねぇとな」
「ギルドの話だとあの村から歩きで2時間となれば…あの林の向こうの山か?」
ジークが荷物を背負いなおし、村に目を向ける横でエドガーも村と、その先の山を見やる。
「とにかく、村に行ってみましょ。宿をとって荷物を置かないとなかなか動けないわ」
「そうですね。今日はとにかく村で明日に備えましょう」
昼過ぎの日差しが照り付ける中、雑草を踏みしめながら村への道をたどる。
時折吹く風が僅かに暑さを和らげてくれる。
やがて。
小さな林を背負い、民家が肩を寄せ合うように立ち並ぶハロウズの村に到着するや、外で遊んでいた子供たちが目敏く村の外から来た旅人を見つけ、歓声を上げて駆け寄ってきた。
「すげぇ!本物の剣持ってる!」
「背のでっかい兄ちゃんがいる!」
「お兄ちゃんたちかっけー!」
「お姉さんも剣持ってるー!」
わぁわぁと子供たちに囲まれてアーシェたちも面食らってしまう。
よほど村の外からくる人間が少ないのだろう。
子供たちは離れようとせず、1人の女の子はセイシェスをじっと見つめてローブコートを小さく引っ張った。
「…お姉さん?……お兄さん?」
少女なりに一生懸命考えたのだろう。その言葉にジークは吹き出し、セイシェスを肩で小突く。
「ガキにも間違われてんぞ」
「…お兄さんでお願いします」
苦笑交じりにセイシェスは少女に答えた。
「あのね、教えてほしいことがあるの」
アーシェは興味津々といったように歓声を上げる目の前の10歳くらいの少年に、目線を合わせるように身を屈めて声を掛けた。
「なぁに、お姉ちゃん」
「わたしたち、この村に泊まりたいのだけど宿屋ってどこかしら?」
その言葉に、少年はぱぁっと笑顔になるやアーシェの手を握った。
「宿屋!僕の家なんだ、お姉ちゃんたち、こっちに来て!!」
「ずるいぞ、トビー!おれもお姉さんと手をつなぎたいぞ!」
「お兄ちゃんたちもこっち!トビーのおうちに案内するから!」
女の子もジークとセイシェスの手をそれぞれ両手に掴んで引っ張っていく。
「おい、引っ張るなって!」
「行きますから、もう少し落ち着いて…!」
「お兄さんたちも早くー!」
わいわいと他の子たちもエドガーやクレールの背中を押してくる。
結局、好奇心旺盛な子供たちの案内、ならぬ連行に遭い、トビーの家こと宿屋『小麦亭』へと無事到着したのだった。
・・・・・・・・・
小麦亭は村で唯一の宿屋で、トビーの母親が一人で切り盛りしているようで、にぎやかに騒ぎながら息子とその友人たちが連れてきたアーシェたちに母親である
「あれまあ!こんな村にお客さんだなんて何か月ぶりかしらね。それもまあ、若い子たちばかりで…おばさん困っちゃうわぁ!」
女将は普段ほとんど使用されていないせいか、トビーの木でできた馬や兵隊のおもちゃをカウンターから慌てて片づけながらも、視線はちらちらとエドガーへ向けられている。
そんな視線を感じてか、エドガーはわざとらしく咳払いをして気づかないふりをしているのを見て、ジークが口の端を持ち上げてぼそりと呟いた。
「ひ・と・づ・ま」
「っ!?、ごほっ!」
にんまりとからかい甲斐のあるおもちゃを見つけたように笑うジークにエドガーは盛大にむせたのだった。
「部屋は2階に二部屋あるから好きに使っていいよ。今夜は久しぶりのお客さんだから腕によりをかけて夕食を作ろうかねぇ」
そういいながら腕まくりをした女将が、思い出したようにカウンターに宿帳を広げた。
その宿帳も古びており、彼女の言う通り数か月単位で客がなかったのだろう。
「久しぶりのお客さんで、宿帳を書いてもらうのを忘れていたよ。じゃあここに代表者でいいからサインしておくれ。…あと、冒険者さん、かい?」
はい、と返事をしたアーシェが女将から受け取ったペンでサインをすると、レザーコードに通して首から下げていた身分証を懐から引っぱり出すと女将に提示した。
「わたしたち、ヴェルークから来た冒険者なんです」
「やっぱりね。普通の旅人はそう目立つような武器を持ち歩かないからね。何かの討伐か何かかい?」
「ラファリ鉱山に行くつもりなんです。この村から歩いて2時間らしいので、明日の朝出発しようと思っているんです」
身分証を確認した女将から身分証を受け取ったアーシェが懐にしまいながら返事をすれば、女将は目を見開いた。
「あそこに行くのかい?!」
「あそこ、すげーでかい蛇が出るって裏の家の兄ちゃんが言ってた!」
「おれの父ちゃんも見たって言ってたぜ!」
「お姉ちゃんたち、おっきな蛇を見に行くの?!すっごくすっごく大きいって父さんたちが言ってたよ!」
子供たちも口々に自分たちが聞いた話を話し出す。
やはりギルドで聞いた通り、ラファリ鉱山には大蛇が出るのは本当のようだ。
「気を引き締めて行かなきゃね」
「ああ、あの『銀の竜鱗』のブリジットにがっつりおごってもらわねえといけねぇしな」
「ジーク、おごってもらう気満々なんですね」
「なんにせよ、無理だと見たら大蛇はやり過ごしてもいいだろう。本題は石なんだからな」
「誰一人欠けることなく帰還するのが第一ですよ」
アーシェたちは顔を見合わせて頷きあった。
「兄ちゃんたち、蛇やっつけるの?!」
「ほら、あんたたち!騒いでないで外で遊んでおいで、お客さんが部屋に行けないでしょ」
その女将の一声によって子供たちは再び元気よく騒ぎながら外へ飛び出したのだった。
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