2.鉱山の噂
「ラファリ鉱山は18年前に廃鉱となっているので、今は使われていないため、魔物が棲みついているという話もあります。報告が上がっているものだと、首の一部が赤い、黒い大蛇が出るとのことです。近隣の村の若者たちが度胸試しでラファリ鉱山に入った時に見たらしく、3mとかそういうレベルじゃなかった、と報告されています。なので十分に気を付けてくださいね。…万が一、その大蛇に遭遇し討伐した場合は、討伐の証として首元の赤い鱗を5枚以上持ってきていただければ、別途ギルドから討伐報酬を出させていただきます。ですが、くれぐれも無理をせず、みなさん元気で帰ってきてくださいね」
ベロニカは祈るように小さく右手を胸と額に当てた。
大陸で広く信仰されているヨナデム正教におけるヴェルークの守護聖人アグレイアに捧げる祈りの作法だ。
アーシェは説明を聞くと「わかりました」と頷き、これから取り掛かる初めての依頼に緊張と興奮が沸き上がるのを感じて、小さく拳を握ってゆっくりと息を吐いた。
ベロニカはアーシェたちの持ってきた依頼書にギルドの確認印を押すと、『風の導』と依頼を引き受けたパーティの名称を羽ペンで流れる様な筆致で書きつける。
「それではパーティの代表としてサインをお願いします」
ベロニカから差し出されたペンを受け取ったアーシェはパーティ名の下に自分の名前を書き記した。
これが依頼受注の手続きだ。
「はい。受付完了です。冒険者の身分証を提示すれば宿が幾分安く借りられますから、ハロウズ村で宿泊するときは忘れずに提示してくださいね。それではみなさん、気を付けて!」
激励の言葉に背中を押されてアーシェたちはカウンターを離れて、準備にかかることにした。
宿で武器と必要な荷物をまとめて、ハロウズ行きの馬車を探すか見つからない場合は頼み込んでハロウズまでの馬車を出してもらうしかない。
また、夕食はハロウズの村の宿で摂れるが、今日の昼と、明日鉱山を散策するときに食べられる簡単な保存食も必要だ。
ベロニカが持っていたようなヴェルークとその周辺都市などが書き込まれた地図や、ランタンなどの明かりも必要だろう。
「お!新人パーティ」
段取りを考えていたアーシェの耳に陽気な男の声が飛び込んできた。
声の主を見れば、大柄で屈強な男が親しみを感じる笑顔で片手を上げた。
「お前たちだな、先日パーティを組んだ『風の導』てのは。俺は『銀の竜鱗』のカーティスだ」
いかつい容貌からは想像ができない程、フレンドリーだ。
「私はブリジット。『銀の竜鱗』のリーダーだ。…先日待機所で集まっていただろう?」
大男の隣には、すらりとした細身の女性。年は20代半ばくらいだろうか。灰銀の髪を肩の上で切り揃えた切れ長の目をした美人が、アーシェたちを見つめていた。
「あ、あの貼り紙の…」
斧の刻印以上の魔術師の募集を掛けていた貼り紙を思い出し、言いかけたアーシェにブリジットは女でも思わず見惚れてしまいそうな微笑みを浮かべた。
「そうだ。…聞いたがきみもパーティのリーダーをしているのだろう?同じ剣士で、女でパーティのリーダーを務める身だ。これからよろしく頼む。一応先輩としてきみの相談に乗ることもできるだろうから、遠慮などせず気軽に声を掛けてくれ」
「ありがとうございます!ブリジットさん」
その優しい言葉にアーシェは感激のあまりブリジットを見上げて深く頭を下げた。
「あのブリジットってのは『斧』の刻印以上の魔術師を探してたんだろ?じゃああいつらのランクって…」
「ブリジットが『杖』の刻印だな。つまりは上位の熟練の冒険者だ。カーティスのほうも『斧』だから中堅というところだな」
貼り紙を思い出したのか、ブリジットの刻印が気になったジークにエドガーがそう教えてやる。
「気にするな、アーシェ。私も嬉しいんだ、女がリーダーをしているパーティが少ないからな」
目元を柔らかく緩めたブリジットはアーシェの顔を上げさせると、ぽん、とその背中を激励するように軽く叩いた。
「しかし…ラファリ鉱山かぁ…」
ふむ、とカーティスが腕を組んで小さく唸った。
「知っていることがあれば教えていただきたいのですが」
これから出発する場所の情報を集めたいのだろう、セイシェスがカーティスを見上げていた。
「あそこはなぁ…。確か先々月か?依頼を受けたパーティがあったが、全員帰ってこなくてな。…どんなに時間がかかったとしても7日もあれば十分な距離だし石を持ってくるだけだからそう難しいもんじゃない。それでギルドが主体になって俺たちも駆り出されて大掛かりな捜索をしたんだよ」
カーティスはそこで一度区切ると、その時を思い出したのか軽く息をつく。
「…だがな、それでも発見できなくて、ひと月が過ぎた頃だ。たまたまヴェルークに立ち寄った別のパーティが記憶をなくして森の中をさまよっていた、件の消息不明になっていたやつらを発見したんだ。だからお前たちも、十分に気を付けるんだぞ?」
「…記憶をなくして…?」
カーティスの言葉にセイシェスの紫色の瞳が僅かに見開かれた。
「負傷して、ではなくて?」
「ああ。俺もあいつらの姿を見たが、魂が抜けたみたいになっていてよ。まぁ、ギルドで保護して治療師たちが治療や解呪をしたら7日程度で回復はしたんだが、全員ラファリ鉱山の依頼の記憶だけがまるっと抜け落ちていたらしい。…あのパーティは全員『剣』の刻印だったがな…。お前ら、エドガーとクレール以外は『刻印なし』だろ?十分気を付けろよ」
心配そうなカーティスの言葉に、神妙に頷いたアーシェたちだったが、ブリジットが気分を変えるようにアーシェの肩を組んだ。
「まぁ、鉱山の記憶が抜け落ちただけで、今では何事もなかったように元気に依頼や討伐を受けている。大丈夫、と手放しには言えないが冒険者生命を絶たれたわけじゃないし必要以上に怖気づくのもよくないだろう。ただ、注意を怠るな。そうだ!依頼を無事に達成したらきみたちの祝勝会をしようか!もちろん、先輩である我ら『銀の竜鱗』の全額おごりだ!」
そう言って、ブリジットはアーシェたちを送り出したのだ。
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