4.仲間探しは貼り紙で!

 ギルドに設置された待機所、いわばパーティメンバーを探したり、パーティの方針会議をしたり、休憩したりと自由に使えるテーブルが並ぶ一角で、アーシェ、ジーク、セイシェスの3人は作戦会議をしていた。


「パーティなら、前衛があと1人ほしいですね…。アーシェは剣士ですから前衛ですが、1人では少し心配です。私は後衛ですしジークはダガーで応戦もできますし、投擲も得意ですからどちらにでも回れるのでしょうが、私達『刻印なし』では少し厳しいですね」


「まぁな。どっちかっていうとオレの場合奇襲向きだしな。戦士や剣士みてぇに真正面から行くには、さすがに厳しいぜ。あと贅沢を言うなら癒し手もほしいよな」


「じゃあ、わたしたちも貼り紙をだしてみたほうがいいかな…?『前衛ができる人と癒し手を募集しています』って」


 受付の人に聞いたら教えてくれるかしら、とアーシェは入り口傍の受付カウンターを見やる。


 朝から登録に来て、はや3時間。もう昼時になるがギルド内にはほかの支所で登録している冒険者も利用できるせいか、なかなかの盛況ぷりである。


「そうですね。貼り紙で募集をかけてみるのもいいかもしれません。ずっとここで声を掛けるのもなかなか難しいですし…」


 片っ端から声を掛けていくのも非効率的だ。

 それならパーティ募集の掲示板に貼り紙を出させてもらった方が、パーティメンバーを探している人にも目に入りやすいだろう。


「じゃあ、わたしは受付カウンターに行って、用紙とペンとインクを借りてくるわ。あと、書き方も聞いてくる!」


 言いながらアーシェは席を立つと、返事を待たずに掲示板の前を横切るようにしてカウンターへと足を向けた。

 こうしてみると冒険者という者たちは民族や人種だけでなく、様々な種族がいるのだと実感させられる。

 褐色の健康的な肌の色の者もいれば、黄味がかった肌に黒髪黒目の者もいる。人間のほかにもエルフ、ドワーフ、竜族に獣人。


 つい周りに気を取られていれば、目の前の長身の人物が足を止めたのことに気づくのが遅れて、一歩踏み出したアーシェが「あっ!」と小さな悲鳴を上げるのと、その目の前の背中に顔から飛び込んだのはほぼ同時だった。


「ん?」


 振り返ったその人は、明るい金の髪に空の色を映したような鮮やかな青い目の青年だった。


「すまない、大丈夫か?」


 顔を押さえて「すみません」と返すアーシェに、190㎝近くはあろうかと思われるその長身の青年は僅かに背を屈めるようにして心配げに顔を覗き込む。


「急に俺が足を止めたからぶつかったのだろう?怪我はないか?」

「ええ、大丈夫です。…わたしもよそ見をしていたから…ごめんなさい」


 今のは明らかに自分が前を見てなかったからで、申し訳ないのと恥ずかしいのとでアーシェはもう一度謝ると、「気にするな」と言ってくれたその青年に会釈をして足早にカウンターへ向かった。


・・・・・・・・・


 受付で対応してくれた女性を探して、きょろきょろしていれば一番端のカウンターで年配の老紳士といった係員がにこにこ手招きしていた。

 登録したての新人冒険者が困っているように見えたのだろう。

 少しだけ気恥ずかしく思いながら、笑顔で手招いてくれる老紳士のいるカウンターへ行くと、どうぞ、と椅子を進められた。


「はい、いらっしゃい。どうしましたか?」


 ギルドの男性用制服の白いシャツにダークブラウンのネクタイをして、モスグリーンのベスト姿の老紳士は、アーシェが腰かけるのを待って銀縁の丸眼鏡を、くいと持ち上げた。


「パーティ募集の貼り紙を出したいんです。なので貼り紙の書き方と、道具を貸してくれませんか?」

「仲間探しですね。ではこれに募集要項を書いて、またカウンターに持ってきてください。こちらでギルドの確認印を押してから貼り出しますから」


 老紳士は説明しながら、用紙と羽ペン、インク瓶をカウンターへ並べていく。


「書き方に決まりはありませんから、自由に書いてくださって構いませんよ。ただ、内容はわかりやすいほうがいいですね。最後にパーティの名前と代表者の名前を署名してください。名前だけですと仲間になりたい、という人が誰に声を掛けたらいいかわからないと困りますからね」


 確かに、貼り紙を見れば自分たちのパーティ名と代表者の名前が書いてあった。

 おそらく、名前だけだと似たような名前だったり同じ名前だったりで、ややこしいからなのだろう。


「はい。わかりました。じゃあ、これから仲間と書いてまた持ってきます」


 用紙と羽ペンとインク瓶を両手で落とさないように持つアーシェに、老紳士は目元に笑いじわの刻まれた細い目をさらに細めて見送った。


「きみがいい仲間に巡り合えますように。頑張ってください」

「はい!」


 祝福するかのように向けられた言葉に背中を押されて、アーシェはジークとセイシェスが待つテーブルに急いだ。

 幸い、今度はうっかり背中にダイブすることなくテーブルへ戻ると、手にした用紙や羽ペン、インク瓶を並べる。


「お疲れさまでした。…今度はぶつかりませんでしたね」

「みていたの?!」

 セイシェスの言葉にアーシェが思わず座りかけた椅子から立ち上がる。


「ああ、ばっちり。見事に顔から突っ込んでたな」

 悪戯気に笑うジークに思わずアーシェは半目を向ける。

「まぁ座れよ。そしてほら、果実水買ってきたから一息つけ」


 アーシェの半目が可笑しかったのか、笑いながらも宥めるようにジークは椅子を引いてやると、テーブルに置かれた3つの果実水の入ったカップの1つをアーシェの目の前に置いた。


 果実水は文字通り果物の搾り汁をカップに注ぎ、冬の間に魔術で冷気を逃さないよう強化した氷室にため込んでいた硬く氷のようになった雪を砕いて入れたものだ。

 ギルドや氷室を持つような大きな食堂のほか、氷のかわりに大瓶にまとめて作り、流水で冷やしたものは主に街の果物店の店先でも販売されており、その季節の果物を使うため、また地域によってはその地域特有の果物が入っていたりとバリエーションは豊かである。


「ありがとう」


 アーシェは椅子に腰を下ろすと、細かく砕かれた氷でひんやり冷えたレモンとオレンジのシトラスミックスの果実水のカップを手に取った。

 陶器のカップから指先に程よく冷えた感触が伝わり、そのさわやかな香りがする果実水に口をつければ、レモンのすっきりとした酸味とオレンジの甘みがちょうどよく、つい頬がゆるんでしまう。


「…てめぇって顔に出るよな。…じゃあ、さっさと募集の貼り紙を書いちまうか」


 可笑しそうに笑いながら言われて、アーシェは慌てて表情を引き締めて、カウンターの老紳士に聞いてきたことを説明すべく用紙を示した。


「書き方は自由みたいなの。ただ、内容はわかりやすく、あとパーティ名と代表者の名前を署名してくださいって言われたわ。募集に応じてくれた人が誰に声かけたらいいようにって」


 確かに掲示板の貼り紙は、なかなか自由度が高かった。

 きっちり、みっちり事務的に書いてあるものから、砕けた感じに親しみやすく書かれているもの、砕けすぎて、逆に心配になるものまであり、それを全部目を通して印を押すのは大変じゃないだろうかとギルド職員を心配してしまう。


「では、具体的に書くなら『前衛ができる戦士、剣士などのクラスの方と、回復やサポートができる癒し手を募集』ということと、こちらの事も書いた方がいいですね…。『刻印なしの盗賊、剣士、魔術師』と。ちゃんと刻印がないことを明記しておけば、いらないトラブルを防げます」


「だな。あとになって『刻印なし』とは組めねぇと言われても困るしな」


「ええと、じゃあ『パーティメンバー募集中。剣士、戦士といった前衛職の方。サポートや回復ができる癒し手の方を募集しています。こちらは刻印なしの盗賊、魔術師、剣士です。』と。…あとは署名ね」


 セイシェスの言葉をアーシェは丁寧に用紙に綴りながら、最後の代表者の署名で手を止めた。


「パーティ名は未定、と書いていれば、それはそれで結成したばかりというのが分かりますし…代表者…リーダーですか…。…アーシェ、やってみませんか?」


 テーブルの上で腕を組むようにして口元に手をやって、思案していたセイシェスがアーシェに提案するようにその紫水晶のような目を向けた。


「『パーティ名はまだ未定です。代表者…』え?!」


 顔を上げたアーシェに、セイシェスは自分の果実水を一口飲んで続ける。


「ジークも私も表立って動くよりも、サポートに回る方が性に合っているんですよ。それに、用紙を貰ってきてくれたりアーシェはとても積極的に動いてくれていますから」


「オレは代表とかいうのはガラじゃねぇし、セイシェスはどっちかっていうと補佐向きなんだよな。…女がリーダーってのもいいと思うぜ?」


 2人に言われ、アーシェは不安げに眉を下げる。


「わたしだってリーダーなんてやったことないし、無理よ。セイシェスはしっかりしているし、ジークは行動的だし…二人のうちどっちかがやったほうが…」


「やったことねぇのはオレたちだって一緒だぜ?それに、てめぇにリーダーだからって全部の責任を負わせるつもりはねぇよ。全力でてめぇをサポートするぜ」


「もしやってみて、無理だったらまた話し合えばいいことです。ジークの言う通り、なにもあなたに全部の責任を押し付けるものではありません。とりあえずは受付で問い合わせたアーシェにお願いしてもいいですか?」


 セイシェスは穏やかにアーシェに微笑みを向けている。

 2人にそこまで言われたら頷かざるを得なかった。


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