第220話 聖女と災厄な嘘つき

「フッフッフッフッ! おかしいったら、ありゃしない。必死に鍵を外そうとする魔女なんて、なかなかお目にかかれないわね。後ろ向きだったけど、笑いを堪えるのに大変だったわ。リーシアちゃんは笑いをとる才能もあるのね。あ〜、楽しい♪」


「ナ、ナターシャさん⁈」



 この場で、1番の味方と思っていた女(?)の言葉に、リーシアの顔は凍りついた。


 リーシアの前に、いつもと変わらぬ雰囲気のナターシャがニヤつきながら少女を見ている。その瞳の虹彩は、ツヤのない紫色に濁り、紡ぐ言葉は少女の心に絶望の影を落とす。



「事前に封絶の腕輪を着けておいて正解はだったわ。創世教と女神教は敵対しているから、アランに危害が加えるかも言われて、まさかと思っていたけど……いきなりラドッグさんに攻撃を加えようとするなんて、いけない子ね」


「いやはや、さすがはアラン司祭のよい人ですね。アナタの機転がなければ、私は今頃どうなっていたことやら。助かりました」


「ナターシャさん、こうなるのを見越して魔女に腕輪を着けさせたのですか? さすがです」


「フフフ、アランに危害を加えられないようにと思っての保険だったんだけど、よかったわ」


「僕のために……ナターシャさん♡」


「アラン♡」



 ナターシャとアラン神父は見つめ合い二人の世界に入るのだが――



「ゴホン、悪いがそこまでだ! 何度もいわせるな。私はお前たちの仲を認めてはおらんからな」



 ――ブーメランパンツにニーソックスだけの変態領主こと、ナターシャパパは、熱い視線の二人をとがめ引き離す。



「もうパパったら、雰囲気を読まないんだから……まあいいわ。こうしてリーシアちゃんを無事に……捉え……られた? あら? 私は何を……たしか私がここに来たのは……リーシアちゃんを助けるために……」



 ナターシャの言葉は言い淀み、頭に手で押さえ何かを考え始めてしまう。



「おやおや、ナターシャさん、戦いとギルドマスターの激務で、相当お疲れのようですね。この魔女を助けようなんて……なにか勘違いさるているご様子ですね。最初から私たちは魔女を捕らえるために、集まったのではないですか」


「私たちは……そうね。そうだったわ。私たちは最初から、この魔女を捕らえるためにここに集まったのだったわね。私ったらそんなことを忘れていたなんて……ラドッグさんのいう通り、少し疲れているわね」



「そうでしたね。僕たちは魔女を裁くために集まったんでしたっけ。それにしてもナターシャさんは働き過ぎです。たまには休まないといけませんよ」


「ワシも勘違いしていた。この娘を助けようなんて……ワシらは魔女を捕らえるためにあつまったのだったな」


「ええ、みなさん思い出していただけたようで、何よりです。クックックックッ」



 ナターシャ達の様子に、満足げな表情を浮かべたラドッグは、鉄格子越しに睨むリーシアを嘲笑あざわらった。



「皆さんに、なにをしたんですか?」


「なにを? 別になにもしておりませんよ。しいてあげれば勘違いしていたことを教えて差し上げたくらいでしょうね。クックックックッ」



 ラドッグの言葉にリーシアは嫉妬エンビーの言葉を思い出す。災厄の嘘つき……三人の認識は、完全にリーシアは魔女なのだと書き換えられていた。


 三人の紫色に濁った瞳を見て、その言葉が真実だと少女は悟る。



「『傲慢プライド』、これがアナタの力ですか? 嘘を本当に変える力……」


「傲慢? 力? はて、なんのことですかな? ……おっと、これ危ない危ない。皆さんもお気をつけください。魔女の言葉に耳を傾けてはなりません。油断すれば言いくるめられ、魂が堕落してしまいますからね」


「どの口が、それを言いますか⁈」



 ラドッグの言葉に、リーシアは怒りをあらわに睨み返す。



「リーシアちゃん、いけない子ね。ラドッグさんにそんな乱暴な声をあげて……それじゃ、自分が魔女だと認めたようなものね」


「うむ。聖女ではなく魔女だと図星を突かれ、正体を現したか?」


「まさか、女神教に魔女が……これは由々しき事態です。魔女の影響がどれほど女神教内に浸透しているのか、調べなければなりませんね。心苦しいですが最悪の場合、教会にいる者を全員裁くことになるかもしれません」


「な⁈ 教会の皆は関係ありません!」


 アラン神父の言葉に、リーシアは声を荒げながら詰め寄る。教会の家族に危害が加わるかもと思い、我を忘れて目の前の鉄格子を握りしめていた。



「おお、なんと好戦的なことか。さすがは聖女の皮をかぶった魔女ですな。ふむ。アラン神父に申し上げます。この魔女は見ての通り、人を憎む大変危険な存在です。すぐにでも異端審問官を呼び、魔女とその関係者に裁きを与えるのが最良かと存じます」


「そうですね。僕も同意見です。すぐに手配したいところなのですが……ナターシャさん、ギルドのパーティーチャットは使えますか?」


「パーティーチャットは、まだ復旧していないわね」


「とすると、一番近くで異端審問官がいる町は……」


「はい。一番近くだと、ここから早馬で一日の距離にある、城塞都市ラングリットになります」


「最短で動いたとして、三日は掛かりますね。急いで手紙を書きます」


「じゃあ、私は冒険者ギルドで、城塞都市にまで最速で行って帰って来れるパーティーを探してくるわ」


「ではワシは、早急に教会にいる関係者を捕らえるように動こう」


「やめてください! 教会のみんなは、関係ありません。だから!」


 リーシアは、教会の家族を捕らえるよう指示する変態領主に、鉄格子の間から手を伸ばす。



「ふん。魔女の言葉に聞く耳はもたん。魔女であることは、その首の証を見れば明白だ。だというのに自分は魔女ではないと、言い張る者が教会は関係ないといわれても、信じることはできん」


「そうね。リーシアちゃんは、教会の孤児院にずっと住んでいたし、なにか良からぬことをしていたかも知れないわね」


「そんな……な、なら、ナターシャさんのスキル『真実の目』で、私が嘘をついているか調べてください」


「私のスキル?」


「そうです。私の言葉が真実かどうかわかるはずです」


「そうね……やるだけムダだと思うけど、リーシアちゃんが魔女だと確信するために調べてもいいかもね。教会の人たちの中に、本当に魔女と関係がない人もいるかもしれないから」


 ナターシャは少女の提案に乗ってきた。リーシアは、できる女(?)の嘘を見抜くスキルに、一縷いちるの望みを賭ける。言葉の嘘を暴くスキルに……だが――



「ダメです! 魔女の言葉に耳を貸しては!」



――リーシアの言葉に、ラドッグは焦りの表情浮かべていた。手を振りながら、慌ててナターシャとリーシアの間に割って入る。



「あら? ラドッグさん、どうして?」


「魔女の言葉に騙されてはいけません。こうやって言葉巧みに忍び寄り、人を堕落させるのが魔女の常套手段なのです。魔女の声に耳を貸してはなりません」



 スキルを使うのに反対するラドッグを見て、リーシアは確信した。ナターシャのスキルで、自分の言葉の真実を調べられると何か不都合が起こるのだと。


 リーシアは慈愛に満ちた目で、ナターシャの目をまっすぐ見ながら必死に訴えていた。すると――



「いいわ。やりましょう」



――ナターシャは突然の提案に乗ってきた。リーシアの顔に希望の光が差し込んだ。



「ナターシャさん! 危ないのでは?」


「ナータ、やめておけ」


「アラン、パパ、心配してくれてありがとう。でも大丈夫よ。リーシアちゃんが何かしようにも、封絶の腕輪をしている以上、なにもできやしないわ。むしろこれでハッキリしてムダな血が流れないのなら、やる価値はある。ラドッグさん、いいでしょう?」



 ナターシャは目の前に立ち、壁となるラドッグに問いかける。


「本気ですか? ……仕方ありません。では、魔女の力を封じた腕輪に問題がないか確認だけさせてください。実は腕輪は機能しておらず、アラン神父の大事な人に危害を加えられたとあっては、目も当てられませんからね」


 するとラドッグは、三人に背を向けながら鉄格子越しにリーシアと向かい合う。



「ゆっくりと手を前に上げなさい。腕輪に異常がないか調べます」


「……」



 リーシアは無言で、鉄格子の間から腕輪で封じられた手を差し出す。すると……



(さて、大きな声を出さずにそのまま聞きなさい)


「⁈」



 腕輪を触りながら、小さな声でラドッグがリーシアに語りかけてきた。突然のことにリーシアは目を見開いてしまうが、ラドッグが影となりナターシャ達には、気づかれていなかった。



(取引といきましょう。私の目的はあなたの中に封印されているエンビーです。他の者に興味はない。そこで提案です。このまま自らが魔女だと宣言して、大人しく処刑されるのなら、教会の者は誰一人として殺さないと約束しましょう)


(アナタの話を信じろと?)


(信じる信じないはあなた次第です。ですがこのまま提案に乗らないのであれば、どちらにしろアナタは処刑され、教会の人間も魔女に関わった者として処刑します)


(……)


(いいんですか? このままでは、教会の神父やシスター、そして孤児院の子どもたちも処刑されますよ? どうせアナタは死ぬ運命なんです。ならば自らを魔女と認め、死んだ方が犠牲は少なく済みますよ)


(……)



 傲慢の言葉が、リーシアの心を真綿でジワジワと締め上げていく。



(意外に薄情ですね。何年も寝食を共にした者だというのに……家族とも呼べる存在が死んでもいいと?)


(リゲル……)



 リーシアの脳裏に、教会のみんなが……孤児院の家族が……弟リゲルの顔が過ぎった。



(取引に応じるなら、自分は魔女だと宣言しなさい。『真実の目』とやらで、それが嘘だと看破されても私の力で本当にしてあげますよ)


(……)



 リーシアの顔から血の気が引き、唇が震えていた。それは恐怖かそれとも怒りか……震える唇から言葉が漏れることはなかった。



(時間切れですね。残念です。それでは、さようなら)


 ラドッグの手が離れようとした瞬間だった――


(待って!)


(ん? どうしましたか?)


(わ、私は……私は……私は…………私は………………)



――言葉にできない葛藤が、少女の胸の中で渦巻いていた。


 そしてラドッグの手から離れた少女の小さな手が、力を失い下に落ちていく。――ガシャン! その手が床に着く寸前、封絶の腕輪が地面に当たり、大きな音が響いた。


 その音は、まるで少女が出した答えを否定するかのように牢獄内に響く。


 少女は答えを出せなかった。いや、答えは出ていたのだ。ただそれを口にする勇気がなかっただけだった。


 そんな自分に、リーシアは悔し涙を浮かべながら唇を噛みしめる。しかし、今は泣いている時ではないこともわかっていた。だからこそ――少女は覚悟を決め、顔を上げた。


 その顔を見たラドッグは、満足そうな笑みを浮かべ、ナターシャへ振り返る。



「腕輪に問題はなさそうです。では、ナターシャさんお願いします」


「ええ、それじゃあ、リーシアちゃん、いい?」


「はい……」



 ラドッグと入れ替わり、リーシアと向かい合ったナターシャは、スキルを発動させる。紫かかった青い瞳が、赤くドス黒い色へと変わっていく。


 ナターシャのまっすぐな視線が、リーシアの深く澄んだ瞳の奥を覗きこんだ。



「単刀直入に聞くわ。リーシアちゃん、アナタは魔女なの?」


「……はい」


 ナターシャの問いに、一呼吸置いて答えたリーシアの顔は無表情であった。その目には生気が宿っておらず、人形のように無機質な表情だった。



「あら? どういうこと?」


「おや? どうされましたかな?」


「リーシアちゃんの答えが……」


「答えが? まさか彼女が魔女でなかったとでも? 勘違いされてはいけませんね。魔女の紋章を持つ者が、魔女でないわけありませんよ」


「紋章を持つ者が……魔女のわけが……そうね。紋章を持つ以上、リーシアちゃんは魔女でないわけないのに……私ったら、どうしたのかしらね」



 ナターシャは、言いかけた言葉を飲み込み、ラドッグの言葉に賛同していた。リーシアは魔女であると……。



「それじよゃあ、リーシアちゃんは、自分が魔女だと認めるのね?」


「私は……魔女です」



 その答えに、ラドッグは満足げに頷いていた。


「教会関係者や、孤児院に住む子どもたちにアナタは、なにかした?」


「……なにもしていません」


「アルムの町の人には?」


「誰にも……なにもしていません」


「そう、わかったわ」


「……」



 ナターシャは目を閉じながら小さく呟くと、ゆっくりと目を開け真っすぐにリーシアを見つめる。その瞳の色は元の紫がかった青い瞳に戻っていた。



「リーシアちゃんの答えに嘘は……なかったわ。彼女は魔女よ。そして教会や孤児院の子どもたちには、なにもしていなかった」


「うむ。お前のスキル『真実の目』は嘘を暴く。お前がそういうならば問題はあるまい。教会や孤児院に住む者の疑いは晴れた」


「ナターシャさん、彼女は魔女であると証明されたわけですね」


「ええ、アラン……リーシアちゃんの告白は真実よ。彼女は自らを魔女と認めた」



 ナターシャは悲しそうな目で、うつむき項垂れる少女を見ていた。



「ならば、いそぎ異端審問官を呼び寄せましょう。魔女は悪、一秒でも早く裁かねばなりません。ラドッグさん」


「はい、アラン神父、急ぎ手配いたします」


「では、ワシは魔女を処刑するにふさわしい舞台を早急に用意しよう。魔女は公開処刑せねば」


「……」



 力を封じられ、教会の家族を人質に取られたリーシアは、自分を処刑するための算段をただ黙って聞くことしかできなかった。



「さあ、聖女の皮を被った魔女の処刑を急ぎますよ」



 ラドッグの言葉に四人は、慌ただしく留置場を後にする。あとに残された魔女は、ただ呆然と立ち尽くすしかないのであった。



〈聖女の優しさが偽りの嘘を吐かせ、真実をねじ曲げる力の前に敗北した。災厄の嘘が、少女を絶望の淵に追い立てる〉

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