第185話 飛ぶ◯◯◯◯

「クソ! やはりまだ体がまともに動かない。この状態で戦えるのか⁈」


「フッハッハッハッハッ! 消えた……エルビスのオーラが消えた! なぜかは分からんが奴の気配も……ならばもう、お前なぞ恐れる必要はない。お前の仲間と同様にあの世に送ってやる!」

 


 エルビスの魂が心の中から消失すると同時に、傷付いた体を支えていたオーラも消え去り、ただ立つことすらできなくなくなったヒロは、草原に片膝をついていた。


 憤怒の触手に囚われ、全身にダメージ負っていたヒロは、エルビスのオーラにより傷の回復を図りながらも、死闘を繰り広げていた。


 外部からエルビスのオーラでヒロの体を補強し、無理やり動かすことで憤怒を圧倒。ついに最後の止めを刺そうとしたときだった。突如、沈黙していたシステムが再起動しヒロのバグったステータスの修復が始まってしまった。


 ヒロの中にいる別の魂の存在に気付かれそうになり、戦いと回復の途中、エルビスはS領域へと一時的に戻っていった。


 エルビスのオーラという補助をなくしたヒロの体は、再び悲鳴を上げ始め、脳内に痛みの信号を送りだす。



「ほう、さっきまでの意味不明な言葉ではなく、まともに言葉が話せるようになったか? エルビスのオーラは消え失せたことといい……奴は確実に、この場を去ったと考えていいか?」


(まずった……言葉が喋れなくなったのは、ブレイブチェンジによるステータスバグの所為せいではなく、エルビスの魂が僕の体に同居していたためだったのか⁈ 憤怒に要らぬ情報を与えてしまった)



 ヒロの不注意で、災厄の希望エルビスが、この場から立ち去ったことを憤怒の悟られてしまう。



(クッ! 思った以上に体が回復していない。完全に破壊された左腕は辛うじて動かせる程度、全身の傷口は塞がってはいるが打撲によるダメージは、ほぼ癒えていない。怪我の度合いが大きいものを優先してくれたようだが……)



 ヒロはダメージからの回復具合を確かめながら、冷静に状況の収集と分析を始めていた。


 憤怒の体を覆っていた触手は、エルビスの攻撃により刈り取られ、依り代にしているカイザーの妻、アリアの体が露になっている。


 触手はエルビスのオーラにより封じられたままで、いまだ再生はできないようだった。



(アリアさんの体にダメージはないな? リーシアの【回復魔法(滅)】が、もう使えないと考えれば、最小のダメージで憤怒を倒さなければならないからな。問題はこの動かない体で、どうやってアリアさんの体に致命傷を与えずに、憤怒にダメージを与えるかだけど……)


 忌々しいものを見るようにアリアの優しかった瞳を、憎しみの色に染めあげた憤怒が、草原にひざまずき、体が動かないヒロを見下ろしていた。



(時間がほしい。考える時間が……頼む、うまく誘いに乗ってくれよ)


 

 ヒロが傷付いた体に走る痛みを無視して、無理やり立ち上がろうとすると、その姿を見た憤怒が口元を吊り上げて、邪悪な笑みをこぼしていた。



(そうだ。散々やられたお前が、痛みに顔を歪めながら立ち上がろうとする僕を見て、いままでの恨みを晴らしたいと思わない訳がない。だとすれば……武器もないお前が取る行動は一つだけ。さあ来い!)



 すると次の瞬間、160センチにも満たない小柄なアリアの足が、ヒロの顔に蹴り飛ばしていた。

 見事な体捌きから打ち出された蹴りは、オーラで強加されており、見た目以上の破壊力を持ってヒロに打ち込まれる。



「クッ!」



 直撃を避けるため、ヒロは辛うじて動く右腕を蹴りと体の間に滑り込ませ攻撃をガードしながら、蹴りの方向に向かって最小の動きで震脚を踏み、派手に蹴り飛ばされた。

 蹴りのダメージを逃し、地面を二転三転と転がることで、ダメージを最小に抑えたヒロは、憤怒との距離を空けることに成功する。


 

(よし! 数メートルだが、距離は稼げた。今の不自然な飛び方を疑問に思え……そのまま警戒していてくれ)


「ふん。もう油断はせん。速やかに殺してやる」



 だがその願いも虚しく、憤怒が足元に転がっていたミスリルロングソードを拾い上げて上段に構えると、右腕に宿る憤怒の紋章から禍々しい黒いオーラが噴き出し、腕を伝って剣へと流れ込んでいく。



(しまった。僕の取り落とした剣を⁈ どうする? この体でアレを受けるのは自殺行為だ!)



 ヒロが頭のスイッチをオンに入れ、スローモーションの世界へと入り込む……だが、長大化した時間感覚の中でヒロは頭の中を解体用ハンマーで内側から殴られたような耐え難い痛みに襲われてスイッチが強制的にオフになる。



(やはり回復しきっていない⁈ スイッチはダメだ。急いで考えろ。奴を倒せなくてもいい。今の状況で時間を稼ぐ方法を考えろ!)



「悪いが、ここから殺させてもらうぞ。武器もない、まともに動けないお前だが、何をしでかすか分からんからな。念には念をだ。我を一瞬でも恐怖させたことを誇りながら、あの世に逝け」


「……」

(ダメージはなくてもいい。離れている奴の気を引く方法は、何か、何かないのか⁈)


 憤怒が上段で構えたミスリルロングソードを、渾身の力を込めて振ろうとした瞬間だった! ヒロの脳裏にスッポンポンの姿がぎった



「なんだと⁈」


「……」

(気殺刃!)



 生きようとするヒロの本能が、それしかないと体を突き動かしていた。


 本来ならば、殺気の溜めと飛ばした殺気の空間固定、そして攻撃開始のトリガーと、最低でも三つの工程が必要な【気殺刃】……憤怒の攻撃が始まった後では、到底間に合う訳がなかった。だがヒロは極限の中で、三つの工程を同時にこなし、刹那の時間で技を完成させていた。


 背後から襲い掛かる殺気に、憤怒は敏感に反応すると、ヒロに振り下ろそうとしていた剣を、背後から迫る殺気へと呼吸を止めながら振り下ろしていた。


 何もない空間を憤怒が切り裂くと、一瞬だけ無防備な背中をヒロにさらけ出した。


 その隙をヒロが見逃すはずはなかった! 

 

 ヒロはうつ伏せの状態から瞬時に立ち上がり、【Bダッシュ】を発動して一気に憤怒へと接近を試みる。

 狙うはアリアの心臓……見様見真似みようみまね、ぶっつけ本番のハートブレイクショットに賭けるしかなかった。


 攻撃が空振りに終わり。狐に騙されたかのような表情を浮かべていた憤怒が、『ハッ!』となると、すぐさま背後にうつ伏せに倒れているはずの、ヒロの方へと顔を向けた。



「しくじった。肝心な時に体が動かないなんて……」



 うつ伏せに倒れていたはずのヒロが、片膝をつきながらそう声を漏らしていた。


 体のダメージコントロールを見誤り、Bダッシュの発動はおろか、立ち上がる事さえできなくなっていた。片膝をついたまま、体中から発せられる痛みにヒロは耐えていた。



「ふ〜、どうやら最後の足掻きだったようだな。また何かやらかそうとしたみたいだが、徒労に終わったようだな」


「……」

(マズ過ぎる。予想以上にダメージが深刻だ。このままじゃジリ貧だ。クソッ! いまので憤怒が警戒してしまった。【気殺陣】はフェイント技で一度タネが割れれば、もう同じ相手には通用しない。どうする⁈ どうすればいい! 考えろ、考えろ、考え尽くせ!)



 憤怒の声に無言で答えるヒロ……片膝をついたまま動けずにいる姿を見ても憤怒はすぐに攻撃に移らず、ヒロの出方を慎重にうかがい始める。



(警戒されている。遠距離攻撃の術がない今の僕が、憤怒の勝つには接近戦しかないのに、こうも警戒されてしまっては……せめてこの距離から、憤怒に一撃を与えられる何かがあれば……)


 ヒロは生き残るために、頭の中に詰まっていた持てる全ての知識と経験を総動員して思考する。


(考えを止めるな。何度失敗しても諦めるな。死が訪れるその時まで抗い続けるんだ! 切り札をもう出し尽くした。もう僕が唯一切れるカードは【気殺刃】しかない。たが、これでは憤怒にどうやったって勝てやしない。実体のない殺気では……)


 

 その時、ヒロの脳裏に種族を超えた親友である、オークヒーロー、カイザーと交わした約束がぎった




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




「ヒロよ、これは我らを助けてくれた友に贈る言葉だと思ってくれ」


「ヒロ、お前が鍛錬に励めば、いつかさらなる高みに登れる可能性がある」


「これは我の予想だが、お前の殺気を飛ばす気殺刃、そして我が教えた闘気……もしこの二つを合わせられたなら、お前は我を遥かに超えた存在になるやもしれん」


「そうだ。お前の気殺刃は、戦いの最中、相手の技を誘導し不発に終わらせるフェイント技であろう?」


「特に戦いに長けた者ほど、あれは引っ掛かる。現に我も見事に引っ掛かった……だが二度目は引っ掛からんぞ」


「それだけに効果は絶大だ。だが……もし我の考えが正しければ、気殺刃はもう一段階、上を目指せるはずだ」


「この二つの技は特性の違う技だが、根本的なところで似ているのだ。初めての相手には有効だが二度目は通用しなくなる。だがもしこの二つの技が一つにできたとしたら……」


「気殺刃の殺気を飛ばす原理は分からん……闘気を同じように飛ばせるかもな……だが、もし我の想像した通りだとしたら、この技を使う者に勝てる相手はおるまい」


「ですが、闘気すら満足に使えない僕じゃ、まだ先の話ですね。気殺刃を使うだけでも手一杯なのに、さらに戦闘中に闘気も操るとなると……考える頭がふたつないと無理な話ですね」




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 エクソダス計画決行の朝、川原で交わしたカイザーとの話をヒロは思い出していた。



(……果たして本当にそんな事ができるのか? ……いや、できる、できないじゃない。やるんしかないんだ! この状況を脱するための切り札がないのなら……いまこの場で作りあげるしかない!)



 ヒロは腹をくくる。心の中でリーシアが憤怒に殺され、目の前に投げ捨てられた光景を思い描くと心の奥底からドス黒い感情が溢れ出してきた。それは触れただけで凍傷になるほど冷たく、感情のない無機質な殺意だった。


 膨大な殺気が体の内から膨れ出すと、ヒロはそれを解き放ち、憤怒に向かって殺気を飛ばす。



「無駄だ!」


 

 飛んできた殺気が体に当たったが、憤怒はそんなものはお構いなしと、何事もなかった顔をして剣を構え直していた。


(よし、殺気は問題ない。あとはカイザーのアドバイスを信じて試すしかない。闘気と殺気の融合……ただでさえ扱いが難しいこの二つを戦いの中で同時に使うなんて不可能に近いが……二つの頭脳があれば……僕の持つ【ハイパースレッディング】のスキルならば可能なはずだ)


 

 ヒロは、ガーディアンとの戦いで得たスキルの詳細を思い出していた。



【ハイパースレッディング】

 異世界のスキル

 意識を二つに分ける事で、並列処理にて同時に二つの思考が可能になる。

 ただし思考を二つにした分、パフォーマンスも半分になり、情報の処理スピードは落ちる。



(闘気と殺気……扱いが難しいゆえに同時に使う事は不可能だったが、このスキルを使えば)



 ヒロは脳が二つに分かれるイメージを、心の中で思い描くと、ハイパースレッディングのスイッチをオンにする。



(これは……僕が二人になっている? いや三人? 別々の思考を三人目の僕が統合するような……変な感覚だが、やれそうだ)

 


 ヒロが殺気を維持したまま闘気を練り上げると、今まで同時に使えなかった力が、ヒロの中で一つに混ざり合うのを感じる。



「殺気を飛ばして相手の注意を引くフェイント技か? 人にしては器用だと感心するが……所詮は目眩しの技だ。実害がないのなら無視すればいいだけの話だ」


「……」

(検証している時間がない。少しでも時間を稼がないと……うまく騙されてくれ)



 片膝をついたままの動かないヒロは、チラリと視線を草原の先に見えるアルムの街に向けると、すぐに憤怒へ視線を戻し、闘気と殺気が混ざった気殺刃を憤怒に飛ばした。



「まだ分からんのか? 殺気なぞ、いくら飛ばそうが意味はない。最初の一撃はヒヤリとさせられたが、タネが分かればそんな子供騙しの技など……いや、これは時間稼ぎか?」


「……」

(よし、いいぞ。ただ視線を移しただけだが、勝手に拡大解釈して疑心暗鬼になってくれた。憤怒が勝手に迷っている間に、技を撃ち続けろ!)



 ヒロは闘気と殺気の配分を変え、撃ち出す工程を変えながら気殺刃を再び放つ。



「お前が一瞬見せた視線……あの町に住む者が助けに来るのを待っている訳か? アッハッハッハッハッハッ!」


「……」

(ダメか? 何がいけない? 撃ち出す工程? 二つの気の配分? 速度? 考えろ! 失敗を無駄にするな。トライ&エラーだ!)



 失敗の原因を模索し、瞬時に修正と改善を施した気殺刃を撃ち放つ。



「たとえあの町から、お前を助けるために何万もの人が駆けつけたとしても、脆弱な人が我に勝つなど天地が逆さまになったとしても不可能だ。無駄な努力だったな」


「……」

(なにがいけない? 技のタイミング? 気を撃ち出す角度?  数をこなせ! 一発で成功するなんて夢は捨てろ。無数の失敗の先に成功があるんだ!)



 次々と撃ち込まれる気殺刃は、ひとつとして同じものは存在せず、全方位から憤怒に撃ち込まれる続けると、憤怒はついに鬱陶うっとおしく感じたのか、ヒロに向かって苛立ちをぶつけてくる。



「見苦しいわ!」


「……」

(足りないものはなんだ⁈ 闘気と殺気の量? 構成比率? 撃ち込む場所? クソッ!)



 ヒロもまた憤怒同様に苛立つ。そしてついに憤怒がヒロにトドメを刺すために動きだした。手に持つミスリルロングソードを正眼に構え、右腕に宿る憤怒の紋章から溢れ出した黒いオーラが剣を包み込むと、剣身が漆黒の淡い光を放ち始めた。



「無駄な攻撃を誘わせて時間稼ぎなどさせん。体が動かせないのなら好都合。確実にキサマを一撃で葬り去るために、力を溜めさせてもらう」


「……」

(全力の一撃が来る! いまの状態で憤怒の攻撃受ければタダでは済まない。かと言って、この体じゃ回避はおろか防御すら……なら、やる事はひとつしかない。死ぬ気で技を完成させろ!)


 あらゆる角度から何百もの闘気と殺気を合わせた気殺刃が撃ち込まれていくが、ひとつとして同じものは存在しなかった。


 二つに分かれた脳は、焼けつくような熱を帯びるが、ヒロの思考は止まらない。ただひたすらに、できるかどうか分からない技に、文字通り……命懸けで挑んでいた。


 一回ごとに検証し得られた膨大な量の情報から、新たなる仮説を立て違うアプローチから再び実施検証……次々と失敗の情報が蓄積されていく内に、ヒロの心は挫けそうになる。

 だが、その度に一流の戦士として生きたオークヒーローの……否、友であるカイザーの言葉を思い出す。



『お前の殺気を飛ばす気殺刃、そして我が教えた闘気……もしこの二つを合わせられたなら、お前は我を遥かに超えた存在になるやもしれん』


 

 ヒロは友が残した言葉を信じて、ひたすらに気殺刃を撃ち込み続けていたとき……それは偶然に起こった。オーラを剣に流し込む憤怒とヒロの視線が偶然重なり合ったのだ。



「その瞳……そうだ、油断はせんぞ。キサマには散々騙されてきたからな。もう騙されん! いくらでもその無駄な殺気を放ち続けろ。我は確実にお前を葬るために、力を溜めさせてもらう」


「……」

(気取られた⁈ 次で確実に殺しにくる。急げ!)



 気殺刃を撃ち出すスピードはドンドン上がり、一発ずつ撃っていては間に合わないと気を生成する工程を工夫し、同時に気を二つ三つと気殺刃を生成し撃ち出す。


 データの蓄積スピードが飛躍的に上がり、押し寄せる情報に脳がオーバーヒート寸前になるがヒロは止まらない。

 脳が焦げ付いて廃人になるか、タイムオーバーで憤怒に殺されるか……技が完成しなければ、どちらにしてもヒロに待っているものは同じものだった。


 失敗、失敗、失敗、失敗……いくらやろうが失敗の連続……頭の中で、火を掛けたヤカンが沸騰し、中身が吹きこぼれるくらいに脳がオーバーヒートを起こしていた。


 視界は霞み、朦朧もうろうとする意識……だが、それでもヒロは気殺刃を撃ち続けた。

 すでに数えきれぬほどの気殺刃を撃ち続けたヒロ……もはや意識は技の完成にだけに費やされ、それ以外は何も考えられない。


 同時に生成する気殺刃はすでに二十を超え、一秒にも満たない時間に次の刃を撃ち出す……それでも技は完成しなかった。


 

 そしてついにミスリルロングソードの剣身が、凶々しい漆黒の色に染め上げられると、憤怒がゆっくりと剣を上げる。



「さあ、準備は整った。これで終わりにしてやる」


「……」

(僕はなにをしているんだ? こいつは……たしか憤怒、そうだ僕はエルビスに体を貸してコイツと……)



 沸騰し吹きこぼれたヤカンの中身が全て蒸発し、空焚き状態にまでオーバーヒートしたヒロの意識は飛び、記憶が曖昧になる。だがそんな状態になってもヒロの脳は勝手に蓄積したデータを分析し、アップデートした気殺刃を撃ち放ち続ける。もはやそれは淡々と作業を繰り返すだけの意思を持たない、壊れたバグったロボットAIのようだった。




 アリアの華奢な体で、ミスリルロングソードを憤怒が軽々と上段に構えると声を張り上げた。



「我に殺されたことを誇りながら逝くがいい。さらばだ。人は滅びよ!」


「……」

(……エルビスってだれだっけ?)



 ついに限界を迎えた脳が、気殺刃を撃つのを止め沈黙してしまう。ヒロの意識はすでに飛び、もはや思考を停止し無意識に、頭の中で呟いた言葉が記憶から再生される。





『このガイヤの世界では、心の強さが現実に反映されるのさ』


『こうありたい、こうしたいと心に描いたイメージが世界に認められれば、それが現実になるってわけ』


『いいや、普通の奴には無理だぞ。誰にでも出来たりしたら、世界がメチャクチャになっちまう。最低限として、S領域にアクセスできる者か……もしくは果てしなく純真なバカな奴かだな』


『まあ、ようはこのガイヤではイメージを具現化できる程の強い意志と、その思いを信じて疑わない強固なイメージがオーラとなって世界に作用すると思えばいい。いくら憤怒の坊やが絶対防御とかいって無敵を気取っても、オレがガキの考えた幼稚な技と思い描きながら、坊やの思いを上回れば、世界の理が上書きオーバーライトされる。つまり絶対では、なくなるわけだ』


上書きオーバーライト……』




(僕はだれだっけ……僕は何をして……)



 もはや自分という存在もあやふやになり、発した言葉の答えを探して、ヒロの脳裏に次々と記憶がフラッシュバックする。


 記憶がメチャクチャに浮かんでは消えていく。それは人が死ぬ寸前に見る走馬灯のように刹那の時間に頭の中に浮かび上がる。そして……ヒロの脳裏に少女の姿が映る。



『やっと目を覚ましましたか、変態さん』


『あの……やはり知らない人でした。こんな気持ち悪い動きの人、見たことがないです。人違いでしたので帰らせてもらいますね』


『はい。大丈夫ですよ。前にも言いましたけど、私結構強いですから♪』


『◯◯……助けてくれて、ありがとう』


『お、願いで、す……◯◯、だけでも、にげ、て……』


『◯◯……私はアナタが思っているような、良い子ではないんです。本当の私は、醜くて……汚くて……人を呪っていなければ生きられない、卑怯な女なんですよ』


『◯◯は私の幸せが見つかるまで私とずっと一緒に居てくれるって言いましたが……幸せが見つかった後も……い、一緒に居てはだめですか?』



 少女の顔が浮かんでは消えていく……誰かの名前を少女が呼んでいたが、それが誰なのかも分からない。


 思考が止まり、もう何も考えられなくなると、その意識は真っ暗な空間へと放り出されていた。何もない、何も感じない空間でそれはただ漂ようしかなかった。永劫とも一瞬とも思える時間の中をただ漂っていた時だった!



『ヒロ! 目を覚まさないなら、腹パンチです!』


「……」

(リーシア!)


「なに⁈」



 その言葉が、突然ヒロの頭の中に響き渡ると……ヒロの頭が再起動を果たした!


 記憶と意識が蘇り、ヒロの再び思考を再開すると、闘気と殺気を体内で瞬時に生み出し、無意識の内に目の前にいるものに向かって撃ち出していた。

 

 それは百を超える気殺刃をたった一つに集約し、あるイメージを込めた一撃だった。



 それは偶然、振り下ろし途中の憤怒の剣にぶつかり、剣線を大きくらしたのだ。


 放たれた漆黒のオーラは、跪くヒロの横を通り過ぎると草原にわだちを作りながら、木々が立ち並ぶ南の森へ外れていった。

 


 必殺の一撃を外した憤怒は、何ごとかと手に持つ剣に視線を走らせる中、ヒロは跪きながらも視線を倒れているリーシアに向けていた。


 上半身を起こしたリーシアが、今にも泣きそうな顔でヒロを見ていた。



『ヒロ!』


『リーシア!』



 二人の視線が絡まり、互いにPT機能のチャットで名前を呼びあっていた。


 もはや二人の間に言葉など要らなかった。一瞬のアイコンタクトで状況を判断した二人は、それぞれが成すべきことを瞬時に実行へと移していた。



 ヒロは【魔眼ラプラス】を発動すると、憤怒の動きを先読みして気殺刃を放つ……いや、それはもう気殺刃ではなかった。百を超える気殺刃を一つに合わせ、あるイメージで撃ち出すことで完成した最強の技であった。



「キサマ、いま何をし、な、それは馬鹿な⁈ グァッ!」

 

「ようやくできた……カイザー、エルビス、感謝します」



 片膝をついたまま、この場にいない二人に感謝の礼を述べるヒロ……その右目には希望の紋章が浮かび上がっていた。


 目の前にいるヒロは指一本動かしていないのに、腹部に強烈なダメージを受けた憤怒が、腹を手で押さえながらヨロヨロと数歩後退する。


 一体何が起こったと、憤怒がヒロに視線を向けると、その顔を見て……否、右目に浮かぶ紋章を見て、憤怒は震え上がってしまった。


 

「二人の言葉とリーシア、君の声がなければ、この技は……【飛ぶ腹パンチ】は完成しませんでした。さあ憤怒! 腹筋の準備は十分か? この腹パンチは少し痛いぞ?」




〈少女の呼び声が勇者の窮地を救った時、最強の技【飛ぶ腹パンチ】は、完成した!〉

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