第178話 同名異人

「おっ! 意外に早かったな。もっと掛かると思っていたのに? 最近の出来事だからか?」


「かもしれない。検索も『リーシア』と『死』のキーワードで探していたからな。それでも検索に五分を費やしている。急がないと……」



 すると足元にいたエルビスが飛び立ち机の上に着地すると、モニター画面に表示されていた神代文字を読み上げる。



「フムフム……え? リーシア・ハタル(七十七才)⁈ 不倫の男(二十七才)と不貞関係の最中、突如部屋の中に乱入して来た夫(八十才)と口論になる。「人生相談をしてただけ」と語る二人に、夫が「裸で何が人生相談だ!」と逆上し、妻と男に襲い掛かる。不倫の男は、リーシアを突き飛ばし盾代わりにすると、リーシアが惨殺されている間に裸のまま逃走……ヒロ、おまえ最悪だな!」



 エルビスが汚物を見るような視線をヒロに向ける。



「イヤ! 違うから! 僕じゃないから!」


「ウワッ! メインシステムに書き込まれたデータは絶対だぞ? つまりこの死の記述に偽りはないと言うことだ。オレは人の色恋に興味はないが、さすがに歳の差が開き過ぎだろ。リーシアって娘を盾にして逃げるのは、人としてどうかと思うぞ」


「話を聞けや! このリーシア・ハタルって人と、僕の知っているリーシアは別人だよ! 七十七歳って歳の差五十歳だぞ! 歳の差カップルにしても無理がありすぎるだろうが! 第一、憤怒に殺されたのに夫に惨殺の時点で別人だってわかるだろう!」


「やっぱり? いや〜、そうじゃないかと思ってたんだ。いや、オレは信じてたぞ」


「……」



 ジト目の視線を感じたエルビスが、両翼を後頭部で組むと口笛を吹きながら、とぼけた仕草で再びモニターに視線を戻す。



「するとこれは、同じ名を持つ別人の記録か?」


「だろうな。検索はまだ続いている。僕としたことが……同名の可能性を失念していた。クソッ!」


「ん〜、そうなるとリーシアの名を持ち、死を迎えた者は全て検索されるわけか? キーワードを変えて最初から検索をやり直すか?」


「いや、このまま検索を続けよう。いくらガイヤの世界が広いと言っても、リーシアの名が何十人もいるとは思えない。オマケにここ最近に死んだとなると、偶然であったとしても一人ないし二人ぐらいしかいないはずだ。それに……時間も惜しい」



 ヒロが視界の端に映る簡易MAPをチラ見すると、画面で光る緑の光点がひとつ消え去り、代わりに複数の赤い光点がその場に灯る。かなり離れた位置をバラバラに逃走する十体のデコイの内、すでに半数の緑の光点が消えさり、逆に数十に及ぶ赤い光点が簡易MAPの画面内を忙しなく動いていた。



「もうデコイも残り四つ、ガーディアンの数がドンドン増えている。ここが見つかるのも時間の問題だ。もうやり直している時間はない」



 そう話すヒロの顔の右側はシリアスな顔をしながらも、左側の顔はニヤついていた。

 右側はモニターを見つめ真面目な表情を浮かべているのに対し、左側は足元のゲームゴアの画面に釘付けで、ゲームができる嬉しさから、その顔は破顔していた。


 それを見たエルビス……ドン引きである。



「お、おまえ……マジで気持ち悪いな。顔が右と左で表情が違うって、オレも神に生み出されて数百万年経つけど初めて見たぞ」


「『ハイパースレッディング』スキルのおかげか? 二つのことを平行して思考できる便利なスキルだな。しかしなんだって、パソコンのCPU機能をスキルで覚えられるんだ? この異世界OSがインストールされたパソコンを見る限り、概念はあるんだろうけど……とするとこのパソコンの概念は一体だれが?」 



 と、ヒロの脳裏に疑問が過ぎった時、『ビー!』という音が再びスピーカーから鳴り響く。




「よし、今度こそ!」



 ヒロは素早く、モニターに表示された文字を読み上げる。



「リーシア・サブジェクト……?」


 ヒロが表示された名前を読み上げると、その表情を曇らせた。


「どうだヒロ? これがお前の探しているリーシアか?」


「待て、いま確かめる」


 ヒロの指がキーボードを叩くと、画面が上から下へスクロールし、ヒロが素早く表示された内容を確認する。



〈リーシア・サブジェクト(十四才)……神が作りし災厄シリーズのひとつ、憤怒(五百万とんで四才)の一撃により死亡。共闘していたオーク族の若き戦士ムラク(三十五才)がとっさに助けに入るが、間に合わず斬死【勇者計画にエラー発生。新たなる聖女を要請】



「やはり、これは僕が知っているリーシアで間違いないが……ムラクさん三十五才で若手NO.1は無理だろ。すでに中年の域だから! それにしてもリーシアの後のはミドルネーム? いやファミリーネームなのか? リーシアのファミリーネームについては聞いたことがないから分からないけど……サブジェクトってこれ……まさか英語の?」



 ヒロはかつて学んだ言語の中に、似た言葉がある事を思い出していた。



「『subject』、臣下や崇拝者、被験者って意味だったっけ? 偶然読みの発音が似ているだけ? それとも……」


「ヒロ、どうしたんだ? 何かあったのか?」


「いや、何でもない」



 エルビスの問い掛けに、ヒロは今そんな事を考えている時間はない、後回しだとすぐに思考を切り替える。



「あとはこの死の記述を書き換えるだけでいいのか?」


「ああ、だが書き換える前にもう一度だけ言っておくぜ? メインシステムのデータ書き換えは、神にすら許されない禁忌だ。バレれば確実にこのガイヤと言う世界がお前を危険人物として殺しに来る可能性がある。そうなればいくら勇者といえど、その先に待っているのは地獄だぞ?」


 エルビスの言葉に、ヒロは笑って答える。


「地獄? もうとっくの昔に僕は地獄にいるさ……ならやる事はひとつだけだ」


 迷いなく応えたヒロの瞳に、エルビスはかつて共に旅した女性の顔を思い出していた。


「フッ……なら早くした方がいいぞ。もう時間は十分を経過しようとしているからな」


「分かってる。ちょうど今、最後のデコイがやられたとこだ。ガーディアン達は、まだ離れた位置をウロチョロしていて、この場所に僕たちがいることに、気がついていない」


 簡易MAPに映っていた緑色の光点は消え去り、ウジャウジャと赤い光点がヒロ達の周りを右往左往していた。


「最終ステージもすでに半ば、ぎりぎりメインシステムにも見つからず、書き換えを終えられそうだ」


 ヒロは左目と両足は、いまこの瞬間も止まることなくゲームを進行し続けていた。

 それを見たエルビスがヤレヤレと、ヒロに忠告しようとするが……。


「いや……まあ、もういいか! 言うだけ無駄な気がしてきた。サッサと書き換えちゃえよ」


「ああ、今やる。え〜と、とりあえず死の記述を消してみるか」



〈リーシア・サブジェクト(十四才)……神が作りし災厄シリーズのひとつ、憤怒(五百万とんで四才)の一撃により死亡。共闘していたオーク族の若き戦士ムラク(三十五才)がとっさに助けに入るが、間に合わず斬死【勇者計画にエラー発生。新たなる聖女を要請】



 ヒロは再び表示されたリーシアの死の記述を見ると、文全体消すため、文全体を選択しDELキーを押すが……。



〈エラー! メインシステム保護のため、大幅なデータ削除並びに改変はできません。女神セレスのソウルパスワードでは、一文につき五文字までの改変しかできません〉

 


「なっ⁈ エルビスどういうことだ!」


「あら〜、どうやらデータ保護のために大幅な歴史の改変はできなかったのかな? 知らなかった。ヒロ……メンゴ!」


「ここまできてソレかよ! ……まだだ、一文につき五文字まで改変できるなら」



〈リーシア・サブジェクト(十四才)……神が作りし災厄シリーズのひとつ、憤怒(五百万とんで四才)の一撃により。共闘していたオーク族の若き戦士ムラク(三十五才)がとっさに助けに入るが、間に合わず【勇者計画にエラー発生。新たなる聖女を要請〉


 ヒロはとっさにリーシアの死を表す言葉だけを選択し消去するが……【エラー! 文脈に誤りがあります】



「クッ! ただ死の記述を消しただけじゃ、辻褄が合わなくて元に戻されるのか⁈ すると一文を五文字以内で、無理のない文脈に書き換えれば!」



 焦るヒロ……そんな彼にエルビスが追い打ちの言葉を掛けた。


「ヒロまずい、扉の外から足音が聞こえるぞ」


「こんな時に……」



 そうつぶやくヒロの左目には……最後のボス、宿敵Dr.ピックマンの姿が映し出されていた……こんな時にもヒロの両足は静かにゲームゴアを操作していた。


 ファイナルステージの最終ボスは二段構えであり、一段階はボスの猛攻を避けながらジャンプを用いて、弱点である頭を攻撃すればよいのでそこまで難易度は高くない。

 耐久値が高いだけでボスの攻撃に当たっても死ぬことはなく、ヒロにとっては難なくクリアーできる難易度であった。


 ヒロの右目が視界に映る簡易MAPをチラ見すると、いつの間にか部屋の前の通路を赤い光点がひとつだけ近づいて来ていた。

 ヒロ達がいる部屋の前にまで赤い光点が近づくと、……ヒロとエルビスは息を潜め部屋の閉じられた扉を凝視する。

 

 その間にも、最終ボスにダメージを与え続けるヒロ……ボスの攻撃を華麗に避けながらも攻撃入れ続けること数十発、ついに最後の一撃の前にボスが膝を突き爆散する!


 思わずヒロが無言のガッツポーズを取るが……すぐに顔を引き締め、足の指に力を入れるとすぐさまゲーム画面に集中する。

 ついにボスの最終形態に辿り着いたヒロ……だが彼の行手には、幾多のゲーマーが涙を飲んだ『初見殺し』の難関が立ちはだかっていた。




『初見殺し』……ゲームにおいて前知識なしでは絶対に倒せない敵や、回避不可能な罠の総称のことを指す。

 製作者からの洗礼というプレイヤーも少なくはない。

 

 事前に知らされていなければ、絶対にクリアーできない敵の動きや罠で、初見プレイヤーを絶対に殺しにいく製作者のねじ曲がったクリエーター魂が生み出した怨念とも言うべき所業である。

 なかにはプレイヤーの心をバッキバキに折りにいく初見殺しのゲームも少なからず存在し、そういったゲームは死にゲーと称され、廃ゲーマーたちの闘志を奮い立たせることで有名だった。


 有名所としては『ドランズブォーマー 魂牡威さんの謎』などが上げられ、スタート最初の敵がいきなり初見殺しの最難関であることはゲーマー達にとってあまりにも有名である。始めて数秒でゲームオーバーを繰り返され、精神を破壊されたゲーマーは決して少なくない。あまりにも理不尽は初見殺しに、ゲームソフトをその場で地面に叩きつける人が続出したのは、とても有名な話である。


 ゲーマーの絶対にクリアーしてやるという思いと、簡単にはクリアーさせてやるものかというクリエーターの意地が作り出してしまった難関……それが『初見殺し』だ!



「コイツは、画面の外から高速の体当たりをかましてくるから、素早く攻撃を避けて先に攻撃を当てればゲームクリアー……逆にこちらも攻撃を一撃でも食らったら即ゲームオーバーの上、コンティニューすら不可能。やり直しは絶対に効かない……一発勝負だ!」


 ヒロはその言葉と共に、今まで以上にゲーム画面へ意識を集中する。


 部屋の入り口である扉の前で止まる赤い光点……ヒロとエルビスは緊張から、ゴクリと喉を鳴らす。


 だが、数秒待っても扉を開けて中に入ってくる気配がないまま扉を見守ること十数秒……するとヒロの簡易MAPに表示された赤い光点は、そのまま部屋を素通りして通路を歩き去って行ってしまった。


「ふ〜、どうやらやり過ごせたみたいだな」


 戦いを回避したエルビスは安堵の息を吐き、ヒロに顔を向けると、ヒロの左目が真剣な顔で足元のゲームゴアを凝視していた。


「まだだ、焦るな……勝負は一瞬……画面の変化を見極めろ。全てはこの一瞬のために!」


 その言葉を合図に、画面の外から高速スピードでDr.ピックマンが体当たりを仕掛けてきた! 1フレーム単位でキャラの動きを知覚できるヒロが、素早くコントローラーを操作すると、ゾニッグが華麗に体当たりを回避し、必殺のスピンアタックを繰り出す!

 

 蝶のように舞い、蜂のように刺す! まさにその言葉通り、ゾニッグの攻撃がDr.ピックマンに命中する……そして画面の右に向かって逃走を開始するDr.ピックマン。


 ヒロは逃してたまるかと足の指を素早く動かすと、ゾニッグが前から迫る障害物を避けながら最後の一撃をDr.ピックマンに入れると……ついにゲームゴアの画面に、待望のエンディング画面が表示された!


「いやったぁぁっ! クリアーだぁぁっ! ヒャッホーイ!」


 異世界ガイヤに転生を果たしてから、初めてゲームをクリアーしたヒロは感情が抑えきれず、我を忘れて大声を上げ喜んでしまった。


「アッ! ばか! いま声を上げたら⁈」


「……あっ!」


 エルビスのツッコミに自分が置かれた状況を思い出したヒロ……慌てて口を塞いで声を殺すが……ドタドタと追路を走り戻る足音が鳴り響くと、部屋の扉がバンと乱暴に蹴破らアイツが乱入して来た!


「侵入者は消去デリートする!」


〈メインシステムの安全を守る毎度お馴染み、異世界総合警備保障マルソックのガードマンが現れた!〉

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