第170話 絶望を掴み取れ!

「俺の名は予知エルビス! 災厄の中で最悪の存在! 善なる災厄! 人は俺を希望エルビスと呼ぶ!」


 巨大なカラスが流暢に人の言葉で、ヒロに名乗りを上げた。


「予知と希望……エルビス?」


「おうよ! 現在いまを知り、過去かこを学び、未来あすせる。自らの行いを諦めきれず、叶わぬと知ってもなお、その足を前に進ませ、人に永遠の苦しみを与え続ける最悪の絶望だ!」


「最悪の絶望? それは【エラー! 復元に失敗! 深刻な書き込みエラーが発生しました】痛っ! また頭に声が……復元に失敗? 書き込みエラー? 何なんだこれ⁈」


 ヒロは顔をしかめながら、ハンマー投げの選手に頭の中でハンマーをぶん回され、ガンガン頭蓋骨にぶつけられたかのような痛みに耐えていると……エルビスがおかしなものを見たような顔でヒロを見ていた。


「復元の書き込みエラーだと? おまえ何者だ? このS領域にいる時点で、ただの人ではないとは思ってはいたが……システムがバックアップから魂を復元しようとして失敗した? 普通ありえんぞ」


「イツツ……僕にも、よく分かりません。頭の中で声が聞こえるだけで、どうなっているのかサッパリです」


「憤怒の坊やを知っている事といい……おかしな存在のようだな? おまえ名前は?」


 エルビスがマダラ模様の翼をバタつかせてヒロに名を尋ねる。


「僕の名前は英雄ヒーロー本上もとがみ 英雄ヒーローと言います」


「は? 本上もとがみ ……英雄ヒーローだと? おまえ……」


 ヒロはエルビスの反応に、ヒロは既視感デジャブを感じていた。

 ガイヤ標準語で変態ヒーロー、オーク語でロリコンヒーロー……ガイヤの世界において、ヒーローの発音は少しばかりおかしな意味を持っており、ヒロはまた『馬鹿にしているのか!』と怒られる覚悟をするが……。


「ブッハッハッハッハッハッ! ヒィッヒッヒッヒッヒッ! 本上もとがみ 英雄ヒーローって、ブッハッア! 嘘だろ! 本上もとがみ 英雄ヒーロ! アッハッハッハッハッハッ! 腹が、腹が痛いあああああああ! 死ぬ! 死ぬ〜! 止めろ笑いが 止めてくれ! ヒィヒィ…… 本上もとがみ 英雄ヒーローあっはははははははははははっ!」


 大爆笑された!


 狂ったように地面を転げ回り笑い続けるエルビス……笑いで息ができなくなり、笑いすぎにより腹筋が激しい痙攣を起こし、その痛みで地面をのたうち回っていた!


 笑いと痛み……相反する二つの事象に苦しむエルビスの顔は、天国と地獄の両方を一遍に体感する奇妙ブサイク表情かおをしていた。


「あの、なにもそこまで爆笑しなくても……」


 さすがにヒロも気がつき始めていた。明らかにおかしな状況に……キラキラネーム故、怒られるか呆れられるかを予想していたが、ここまで大爆笑されるとは夢にも思っていなかった。


「いや、ぶっはっはっはっはっはっ! 本上もとがみ 英雄ヒーローって、もうダメだ! ひゃっははははははっ⁈……」


 そして大爆笑していたエルビスが、足をピンと伸ばしたかと思うと……急に『パタッ!』と手足を地面に投げ出し笑いを止めてしまう。

 口から泡を拭き、瞳から光が消え失せ濁った目でエルビスはあらぬ方向を見つめたまま、ピクリとも動かなくなってしまった。


「え? ま、まさか……」


 ヒロは恐る恐るエルビスに近づき、手をくちばしの前におき、呼吸を調べると……明らかに息をしてなかった。すぐさまエルビスの胸に耳を当てて心音を聞こうとするが、ヒロの耳には何も聴こえてこない!


「え〜と……死んでますよコレ!」


 完全に息の音が止まってしまったエルビスに、ヒロが驚愕の声を上げ、急いで心臓マッサージを試みる!


「なんなんだこの鳥は! 人の名前で散々笑い転げた挙げ句、爆笑死とかどんだけだよ!」


 元の世界でも、キラキラネームのせいで笑われることは多少あったが、まさか笑い死ねほど笑われるとは想像もできなかった。

 仰向けに死んでいるエルビスの胸を中心に、ヒロが左右の手を重ね、ヒジを伸ばし真上から強く押す。

 胸が4〜5cm沈み込むと力を解放し手を元に位置へと戻す。1分間に100回のテンポで30回、本来ならこのタイミングで人工呼吸が好ましいのだが……。


「さすがに鳥に人工呼吸は……パス!」


 ヒロと言えど、会ったばかりの鳥類に人工呼吸はハードルが高すぎだった!


「頼むから生き返ってくれ! この状況を知る、唯一の情報源なのに何も聞けないまま死なすわけにはいかない! せめて情報を喋ってから死んでくれ!」


 そして心臓マッサージを繰り返すこと五分……鳥の呼吸は一向に戻らず、心臓の鼓動が戻る気配はない。もはや心臓マッサージでは蘇生できないと判断したヒロは、次の行動に出る。


「これはもう……リーシアのアレしかない!」


 言うや否や、ヒロは心臓マッサージの手を止め、鳥の体に跨る。体の中にある気を練り上げ、胸に置いた手からエルビスの中へと流し込む。ヒロの気が鳥の血管を伝わり、体の隅々にまで浸透し準備は整った。


 あとは溜めた気を心臓に一定の強さで打ち込み、刺激を与えれば心臓が再び鼓動を打ち、それに合わせて血管に流し込んだ気が再び血流を作りだし生き返るとリーシアに教えられている。


 何度もリーシアに生き返らせてもらっているヒロは、見様見真似で覇神六王流の蘇生技に挑む!


「あとは気を、一気に心臓に打ち込んで心臓を動かすだけだ」


 ヒロが目を閉じ、気を集中した手のひらを鳥の胸に置く。何としても生き返らせ、情報を聞き出さなくてはならない。失敗は許されない!


覇神はじん六王流ろくおうりゅう! 爆心ばくしん治癒ちゆこう!」


 ヒロの手から、一気に練り込んだ気が心臓に打ち出されると……気は心臓の手前にまで届かず、手前にある胸骨に当たってしまう!


「あっ!」


 次の瞬間、エルビスの胸骨は粉々に粉砕され、その勢いで砕けた骨が近くの臓器に突き刺さる! 散弾銃のショットシェルように飛び散る胸骨が、エルビスの体の中をズタズタ引き裂いてしまった!


「い、意外と難しいな。リーシアからやり方は聞いていたけど、気のコントロールがここまで難しいとは……砕けた骨が中から外に飛び出ているけど、これはもうダメか⁈ 可哀想に……せめて骨くらいは埋めてあげよう。安らかに眠れ!」


 自らのやらかしを誤魔化しつつ、鳥の死を憐れむヒロが手を胸の前で合わせ合掌していると、突如横たわる死体に無数のモザイクが掛かり、エルビスの体を覆い隠していく。


「まさかコレはアイツの⁈」


 かつて見た光景にヒロはひとつ目の仮面を被った男を思い出していた。

 そしてモザイクが完全にエルビスの体を包み込むと、次々とモザイクは消えていき、最後には何もない地面だけが残っていた。


「どこだ?」


 キョロキョロとヒロは周りを見回すが、エルビスの姿は見えない……すると。


「あ〜、久しぶりに笑ったな! しかし本上もとがみ 英雄ヒーローって……プッ! 何度聞いてもウケる!」


 ヒロは頭上から聞こえてきた声に顔を上げると、そこには腹を押さえて笑いを堪えるエルビスの姿があった。



「やっぱり死んでなかったか。お前は……あのモザイクはなんだ? サイプロプスの関係者なのか?」


「サイプロプス?」


「白いひとつ目の仮面を被ったスッポンポンだ。局部にモザイクを入れた奴なんだが?」


「なんだその変態? 変態ヒーローって名乗るくらいだから、お前の仲間か?」


「知らないのか? 知り合いかと思ったんだが……」


「いくら俺でも、そんなおかしな格好の変態に知り合いはいないな。それよりも本上もとがみ って本気なのか? ププッ!」


「何がおかしいのか分かりませんが、変態ヒーロー

ってだけでよくそこまで笑えますね」


「いや、変態ヒーローだけならまだいいが、本上もとがみ って……プッ! 古代語で紳士って意味だぞ?」


「……え?」


「つまり紳士もとがみ変態ヒーロー!」


「へ、変態ヒーロー紳士もとがみ⁈」


「そう! 変態ヒーロー紳士もとがみ! ぶっはははははははは! なんだよ変態紳士って! 変態に紳士ってヒャッハッハッハッハッハッ!」


「おい、あんまり笑いすぎるとまた死んでしまうぞ?」


「ああ、そうだな。いかんいかん。どうも他人と話す機会がないから、ちょっとした事でオーバーアクションになっちまう。笑い死ぬなんて生まれて初めてだ。まあ死んだとこでバックアップされてるから、概念上の死でもない限り俺たちに意味はないがな」


「概念上の死? バックアップ?」


「ああ、俺らはそう呼んでいる。俺らは世界を構築するシステムの中に生かされていて、常にバックアップが取られている。だから肉体が死んで魂が傷ついたとしても、システムがバックアップから魂を復元して生き返れるのさ」


「生き返る……バックアップ! そ、それは人でも可能なんですか⁈」


「ん? ただの人じゃ無理だな。この世界に魂の数がいくつあると思っているんだ? 全てをバックアップするほどシステムに容量はないからな。せめてこのSフィールドに来られる存在でもなければ、バックアップなんてされてないだろう」


「そんな……じゃあ、リーシアはやっぱり生き返れないのか……」


 ヒロは力なく膝を突くと、少女を助けられない自分に憤りを感じ、握った拳を震わせていた。


「ん〜、知り合いが死んだのか? 可哀想だが、ただの人では死んで蘇るのは不可能だ。マナの流れで綺麗さっぱり魂を洗われて、来世で幸せに生きるのを祈ってやんな」


「……」


 変えられない運命に、ヒロのやり場のない怒りが心を満たす。エルビスが絶望の言葉をヒロに告げると……ヒロは強く握った拳で地面を叩いていた。手の皮が破れ血だらけになろうと、その心は晴れず彼の心に深い闇を落とす。


【対象者の魂に何らかの問題が発生中、メインシステム保護のため、接続経路を遮断します】


 再びヒロの頭の中にシステム音声が流れ、激しい頭痛が起こるが、怒りに身を震わせる彼にはそんなものは些細な事だった。


「さっきから頭の中でゴチャゴチャとうるさいんだよ! メインシステムがどうしたとか、接続を切るとかどうでもいい! 黙れよ!」


 ヒロがイラつき、頭に響いた謎の音声に怒りをぶつけて声を上げていると……。


「んん、メインシステムだと? どういう事だ? まさかメインシステムとアクセスしているのか?」


 エルビスがヒロの言葉に食いつき、驚きの表情を向けていた。


「ああ、バックアップをダウンロードするために、システムがメインシステムと接続したけど問題が発生したから遮断すると言っている」


「まさか本当に? ただの人がメインシステムにアクセスするなんて信じられない……え〜と紳士もとがみ変態ヒーロープッ! だめだ、名前を言うたびに笑いが止まらなくなる。ブハッ!」


「あ〜もう、ならアダ名のヒロならどうだ? みんなからはそう呼ばれている」


 名前を言うだけで笑いが込み上げるエルビスに、ヒロが呆れながら提案した。


「ヒロか、それなら普通だな。よしヒロ、ちょっとお前の記憶を見せてもらうぞ」


「え?」


「S領域では時間の流れなんか、あってないようなものだが、説明されるよりこっちの方がてっとり早い」


 するとエルビスがヒロの返事も待たず、彼の肩に右の翼を置き目を閉じる。


「おい、勝手に記憶を見るな!」


 ヒロ勝手に記憶を見ようとするエルビスから離れようとしたが、体が何かにガッチリと捕まれてしまう。


「か、体が動かない。なんだコレ……コイツの能力なのか?」


「別に俺だけの能力ってだけじゃないな。ここら辺りには俺のオーラが満ちているから、それを使ってお前の動きを封じてるだけだ。オーラが使える奴ならそう難しくはない。すぐに終わるから大人しくしてろ」


「クソッ!」


 ヒロが何とかエルビスから離れようと足掻くが体はピクリとも動かない。

 

「おまえ、本当にメインシステムとつながっているのか。どうやって? メインシステムにアクセスできるのは、創世神かガイヤを管理する女神にしかできないはずなのに……お! これは憤怒の坊やか? うわ〜、相変わらずママ、ママとマザコンしてるな」


 憤怒が懐かしいものを見て、その顔に笑みが溢れていた。


「んで、この憤怒の坊やにやられたのが、お前のか?」


 エルビスが目を閉じながら、空いた左の翼を器用に動かし、小指を1本立てた状態でヒロに見せる。


「まだそう言う関係じゃなかったですが……」


「ふ〜ん、人の感性はよく分からんが、そう言うのが好きって言う奴もいるのか……安心しろ、俺は面白いから否定はしないぞ」


「え? ……どう言う意味ですか?」


「いや……気にするな、俺は人の恋路を邪魔するような者ではない。たとえ報われない恋でも、そっと見守る派だからな」


「報われない? 確かに死んでしまったら、もう僕の思いは報われませんが……」


 なにか噛み合わない二人の会話。


「そうだな、たしかにこの恋は報われないな。異種族ってだけならともかく、まさか同じ性別との恋とは……俺から見てもハードルが高すぎるぞ。変態紳士の名は伊達じゃないな」


「異種族? 同性⁈」


「ん? お前のって、オークの戦士じゃないの? 拙者とか言ってる?」


「違うよ! 僕が好きなのはリーシア! 金髪の女性の方! どうすれば僕がムラクさんに恋する話になるんだよ! このアホカラス!」


「やっぱり? 変態紳士っていうくらいだから、もしやと思ったんだが、つまらないな〜」


「いくら変態紳士でも、雄のオークと恋に落ちてたまるか! どんだけ高いハードルを飛び越えさせる気だ!」

 

「まあまあ、それにしてもメインシステムにアクセスできるなんて……おまえ創世神か女神の知り合いか?」


「創世神は知りませんが、女神の一人とは知り合いですよ」


「女神と? ちょっと待て」


 エルビスが再びヒロの記憶の中に潜り込むと……。


「んん⁈ な、なんでパンドラが⁈ いや似ているだけか? 女神セレス? こいつが?」


「パンドラ?」


 聞いたことがない名称にヒロが反応して声を出すが、エルビスは無視して記憶を貪るように見ていた。


「えっ! おまえ勇者なの? どおりで……そうするとそうか、だからなのか!」


 ひとり納得するエルビスは全ての記憶を見終わると、ヒロの肩から翼を離し、今度は翼を組んでウンウン唸りながら何かを思案し始めた。


 すると全ての記憶を見終わり、もう必要がなくなったのか、ヒロは拘束を解かれ自由になっていた。

 ヒロは立ち上がりエルビスに顔を向けるとそこには……。


「う〜ん、だとすると……いやしかし……でもこれだと……」


 あ〜でもない、こ〜でもないと顔をかしげ、何かを考え込む鳥の姿があった。


「お〜い!」


 ヒロは声を掛けるが返事はなく、考えに没頭するエルビス……手を顔の前でシャカシャカ振っても何の反応も示さない。ヒロは仕方なく鳥が考えをまとめるのを黙って待つしかなかった。


 そしてヒロの時間感覚で三分が経とうとした時、エルビスの閉じられた瞼が急に『バッ!』と開かれた!


「喜べヒロ! おまえの女を助けられるかもしれないぞ」


「本当に! 本当にリーシアを生き返らせられるのですか⁈」


 突然の発言にヒロが食い付いた!


「生き返らせるんじゃない、助けるんだよ」


 言葉の聞き違いか、もしくは言い間違えか? すでに死が確定したリーシアを助けると言うエルビスの言葉にヒロは眉をひそめた。


「リーシアはもう死んでいるんだぞ? 死んだ者をどうやって助けるんだ?」


「その答えは、おまえと女神セレスの魂をつなぐスキル【女神の絆】にある!」


「【女神の絆】? アレッて僕のいた世界の記憶を読み出すために、女神セレス様と魂をつなげているだけのスキルだろ?」


「ああ、普通ならばそれだけなんだろうが、問題はお前と女神の魂がつながることで、女神の持つある権限がお前にも与えられているってことだ」


「ある権限? それって?」


「この世の全てを記憶し世界を管理する場所……メインシステムへのアクセス権だ」


「つまりそこにアクセスすれば、バックアップから彼女を生き返らせられるのか?」


「いや、そこにアクセスしたとしても、そのリーシアとやらのバックアップはあるまい。さっきも言ったが世界に影響を与える存在でもない限り、システムは個人単位でバックアップを取ることはない。おまえは勇者という重要な人物だからこそバックアップされていたんだ」


「じゃあ……そこにアクセスしたとしてもリーシアは……」


「確定した過去を変える事はできない。リーシアと言う女が死んだと言う事実がメインシステムに記録された時点で、もうそれを覆すことはできない……普通ならな」


 エルビスがニヤリと口元を釣り上げて悪魔のような笑みを浮かべた。


「普通なら? それは普通じゃないなら方法があるってことか?」


「そうだ。メインシステムに記録された情報は絶対だ。これはたとえ神だろうと覆らない。だがもしこの情報を書き換えられたとしたら?」


「リーシアが死んだと言う情報を、生きていたと書き換えると言うことか!」


「ご名答だ! おまえは女神セレスと魂がつながることで、この世界のメインシステムにアクセスする権利を手に入れた。そして今、システムとおまえは偶然が重なりメインシステムと直結した状態にある! 今なら俺が手助けすればリーシアと言う女の死をなかった事にできる!」


 目の前に降って湧いた希望の光……だがヒロは邪悪な笑みを浮かべる希望エルビスを見て嫌な予感を覚えていた。


「……その代償はなんだ?」


「やっぱりタダのバカじゃ、ここまで来られるわけがないか……フッフッフッフッ。教えてやる。メインシステムにアクセスして中の情報を書き換えるなんて、神ですら許されない禁忌だ。それを勇者といえど、人の子がやったとなれば、メインシステムはお前を危険視して抹消しに動く可能性が高い。ガイヤと言う世界がお前を殺そうとするだろう」


「世界が僕を殺す……」


「おまえにとってリーシアと言う女は、世界を敵に回しても助けたい存在か? 自分の命と引き換えにしてでも助けたいのか? よく考えてから答えを「僕はリーシアを助ける!」出せよって、即答を超えてきやがったよ」


 ヒロはエルビスの問いが言い終わる前に答えを出していた。リーシアを助ける……迷いなく答えたヒロの顔は強い意志に満ち溢れていた。

 その顔を見てエルビスは遥か昔に交わした言葉を思い出し嬉しくなっていた。


「少しは躊躇ちゅうちょしろよ! ノータイムどころの話じゃないぞ?」


「別に考えるまでの話じゃない。僕が彼女を助けるのに理由なんていりません。それだけの事です」


「それだけの事って……ブッハッハッハッハッハッ! いいぞ、ヒロ、おまえ面白いな! アイツが死んでから退屈な世界に辟易へきえきしてたが、まだ俺を楽しませる存在がいたか……良し、気に入った。特別に俺が力を貸してやろう。光栄に思え」


「いや、別にいらないかな? メインシステムにアクセスして何をすればいいのか教えてくれるだけで……」


「おい、ここは話の流れ的に手を組む場面だろうが! かあ〜、分かってねえなあ。もっと面白く生きようぜ。ほれ、手を出してみな」


 渋々手を前に出すヒロ……するとエルビスが自分の翼に生えていた羽をクチバシで1本引き抜くとそれをヒロの手に置いた。


「これは?」


「俺とおまえの魂をつなげる触媒だ。それを介して俺が

おまえを手助けしてやる。その羽を握っていればおまえの見聞きした情報が俺にも共有され、俺の声が届けられる」


「握っていればいいのか?」


「ああ、そうだ。メインシステムへのアクセス方法と入り込んだあとの事は、俺が指示して教えてやる。要はリーシアとかいう女の情報を適当に書き換えて、確定した過去を変えてやるだけだ。メインシステムへアクセスさえできれば、そう難しくはない。次にシステムがアクションを起こした時がチャンスだ」


「分かった。それで僕は何をすれば良いんだ?」


「さっき記憶を見た時に、メールとか言うので仲間と情報のやりとりをしている場面を見たが、アレと同じ要領で、リーシアとか言う女の記述を書き換えろ」


「データの改竄かいざんってことか……まるでクラッキングみたいだな」


「クラッキングッてなんだ?」


「今やろうとしている行為を、僕が元いた世界ではクラッキングと言って、悪い行為を指す言葉なんだ。まさかオンラインゲーム会社でクラッカー供からサーバーを守るセキュリティ部門にもいた者が、異世界でクラッキングするハメになるなんて……世の中どう転ぶか分からないものだな。ハハッ」


 ヒロが乾いた笑みを浮かべるとそれを見たエルビスが釣られて笑う。


「クックックックックッ、言葉は分からないが言っている意味は分かるぞ。このガイヤでもおまえのいた世界でも同じさ。この世は予想不可能だから面白いんだろう」


「そうかもな……好きな人を生き返らすために世界を敵に回すなんて想像もしなかったよ」


「今さら怖気付いたか?」


「いや、逆さ! 絶望からリーシアを助けられる希望が生まれたんだ! 災厄の中でも最悪な絶望エルビス、おまえには感謝している」


 その言葉に、エルビスはかつて交わした言葉を思い出していた。


「良いねえ。こいつは面白くなってきた。さあ準備はいいか変態ヒーロー紳士もとがみ、プッ!」


「その呼び方は止めろ。おまえに言われると無性に腹が立つ」


「すまん、すまん。ならば勇者ヒロ、始めるぞ。世界のことわりをぶっ壊す戦いの始まりだ」


「リーシア待っていろ。悪魔に魂を売ってでも、僕は絶対に君を助けて見せる!」


〈絶望の淵で、勇者は一筋の希望を掴み取った〉

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